第92話

「……思ってたのと違うんだが」


 通りの角から出していた首を引っ込めて、背後のマルタンを睨む。


「あたしだって、酒場だって聞いてただけで、こんな所だとは思ってなかったわよ」


 バツが悪いのか、マルタンは唇を尖らせつつ視線を逸らした。


「継ぎ接ぎだらけっすね」

「大きな建物なのである」

「美しくありませんわ」


 と、そのような感想が並ぶような建物である。


 一応入口は酒場のようになっていたが、無茶な増改築を繰り返して、キメラという言葉がお似合いの建物になっている。ニ、三階建てで、そちらは安宿か集合住宅にでもなっていそうだが、継ぎ目が曖昧で、見ていると目が錯覚を起こしそうになる。奥行きも無駄に広く、後ろの方には倉庫やら廃屋やらちゃちな神殿やらが半ば溶け合うようにくっついている。

 つまりはそれだけ広く、中はきっと迷路のように入り組んでいるはずである。


「奇襲をかけるには最悪の条件だな」


 げっそりと呟く。

 奇襲というからには、相手がぼんやりしている内に攻め込んで、事態を把握させる間もなく無力化するのがセオリーである。

 この規模では、一網打尽は無理だろう。そもそも、酒場に集まっているかも怪しい所だ。かなり荒れそうな予感がした。


「どうすんだよ?」


 マルタンに聞くと、渋々という風に返してくる。


「これじゃあ、全員で正面からってわけにはいかないわね。あたしは後ろから攻めるわ」


 まぁ、そうさせるつもりで聞いたのだが。


「一人で大丈夫か?」

「貸してって言ったら、誰か貸してくれるわけ?」


 皮肉るように言われて考え込む。別にライズは一人でも構わないが、ペコとマルタンでは脳筋コンビ過ぎて不安が残る。キッシュではついていけないだろうし、ラビーニャでは同行させる意味がない。そうなると――


「――作戦変更だ。ペコはキッシュ達と組んで後ろから。俺はマルタンと組んで正面から攻める」

「えぇぇぇええええ――」


 どでかい不満が上がった所で、全員の手がペコの口を塞いだ。


「騒ぐなっての!」


 押し殺した声で言うのだが。

 ペコの目はお気に入りのおもちゃを取られた子供のようではあった。

 手をどけると、それこそ不満たらたらに言ってくる。


「今更ズルいっす! ライズさんの相棒は自分っすよ!」


 そんな話は初耳だが――ペコとしては、ずっとそんなつもりで頑張っていたのだろう。

 だからどうしたという話ではあるが。


「仕方ねぇだろ。マルタンに人をつけるなら、こうする以外に手がねぇ」

「べ、別に、冗談だから――本気にされても困るんだけど」


 と、言葉通りに困った顔で言ってくる。


「いや、これでいい。リスクの高い正面に戦力を集めた方がいいだろうし。爺さんとの約束もあるしな。一人にさせて死なれたら、俺が殺されそうだ」

「約束?」

「こっちの話だ」


 それでマルタンの相手は打ち切る。


「ペコも、気持ちは嬉しいが、俺の相棒を気取るなら、それこそ俺の代わりに二人を守ってやってくれ。それとも、俺が後ろを守ってやらなきゃ不安か?」

「んな事ねぇっす! ライズさんがいなくたって、自分はちゃんと戦えるっす!」


 ムッとして言い返してくる。安い挑発で済んだのだから安上がりだが。


「そういうわけだから、ペコを頼むぞ」


 と、むしろそちらが本命な気分で、キッシュとラビーニャに告げる。


「任せるのである!」

「おチビが二人では荷が重いのですけど。ライズこそ、いつものように惚れられないよう気をつけなさいな」


 性悪女が性悪の笑みで言ってくる。


「どういう意味よ?」

「気にすんな。その女は虚言癖があるんだ」


 マルタンを適当に誤魔化すと、三人娘を裏手に向かわせる。


「俺達が先に入る。騒ぎが聞こえたら十秒数えて突入だ」

「ラジャーっす!」

「行ってくるのである!」

「それじゃあ、ごゆっくり」


 ニヤついた顔で手など振ってきたラビーニャには中指を立てておいたが。


「それじゃあ行くか」


 マルタンに告げると、疑わし気な目線を向けて来る。


「やけに手慣れてるじゃない」

「――まぁ、冒険者だからな」


 咄嗟に誤魔化したが目は泳いだ。マルタンも、見逃した様子はない。


「――裏切ったら、後ろから斬るわよ」

「役割的にはそっちが前衛だと思うが、まぁいいさ」


 スパイがいるという話である。イスミールがなんと言った所で、命を預けるのはマルタンである。どこの馬の骨とも知れない冒険者を信じろというのも無理な話だろう。

 ライズが歩き出すと、マルタンが止めてくる。


「なにしてんのよ」

「望み通り先行してやるよ」

「――別に、本気で言ったわけじゃ」

「まぁ見てろ。どのみち嫌な予感はしてるんだ」


 確証があるわけではない。虫の知らせですらない。経験と用心と、あとはまぁ、散々騒いだ割には静かすぎる。


「魔弾よ」


 離れた位置から、入口の扉に向かって魔弾を撃ち込む。疑似的な質量を伴った魔力球が粗末な木造の扉を吹き飛ばすと同時、仕掛けでもしてあったのか、入口が火を吹いた。


「罠!?」

「筒抜けらしいな」


 ぎょっとするマルタンを振り返って肩をすくめる。

 この分では店の中で大勢待ち構えているのだろう。

 ライズは入口ではなく、そこから数メートル離れた壁に向かって駆けだした。


「爆ぜろ!」


 迫りくる壁に向かって指向性の爆圧をぶつけ、人一人分通れる程の穴を穿ち、そのままの勢いで店内に飛び込む。


 中は見た目通りのボロ酒場である。入口の周辺には横倒しになったテーブルやら椅子がバリケードの様に積んであった。その横に出た形である。


 真昼間の集会である。魔王論者だからと言って特別な格好をしているという事もなく、ほとんどが普通の街人の恰好をしている。というか、実際そのようなものなのだろう。


 中には冒険者風に武装した者もいたが。あとはまぁ、それぞれ刃物やらボウガンやら怪しげな小瓶やらを構えている。顔はあり合わせの覆面で隠しており、そんな連中がざっと十人程、カウンターやバリケードの影に身を潜めていた。


 顔は見えなくとも、目が唖然としていた。自分一人ならその間に派手な魔術でも放って戦意を削ぐのだが、マルタンもいるので慈悲のつもりで警告する。


「見ての通りの魔術士だ。怪我をしたくなけりゃ大人しく――」


 無駄なのは分かっていたが。

 ボウガンがこちらを向き、小瓶が飛んでくる。


「魔壁よ」


 飛び出した矢を半球状の力場が弾く。小瓶は力場に当たった衝撃で砕け、中身が床にこぼれた。ジュッ! と熱した鉄板に肉を乗せたような音共に、刺激臭のする白い煙が立ち上る。酸の類だったのだろう。


 タイミングを合わせて、室内で振り回しやすい小ぶりの剣を持った剣士が二人駆け寄って来る。


 同時にマルタンが入口から飛び込み、強化した身体能力でバリケードごと裏に潜んでいた数人を蹴散らす。


 マルタンは一々警告などせず、鞘ごと剣を振り回し、手近な魔王論者をぶちのめしていく。マルタンの実力は分かっているので心配もない。

 そちらは任せて、ライズは向かってくる二人に集中した。


「魔弾よ!」


 手早く術を練り上げて二発。一人は避けたが、もう一人はまともに食らった。普通なら反対の壁まで吹き飛ぶ所だが。


「――はぁ!」


 と、足を踏ん張って耐えて見せた。神官が鎧の加護でも授けたのだろう。


(つまり、邪神官がいるわけだが――)


 魔王論者の集会なのだから、いてもおかしくはない。というかまぁ、普通にいるだろう。視線を流してもそれらしい人間は見当たらないが。

 と、そんな所で魔弾を避けた白い覆面の剣士が斬りかかって来る。


(まぁ、殺す気でくるよな)


 向こうも捕まればただでは済まないから当然なのだが。なんだかなぁという感じである。


(俺が相手で感謝しろよ)


 と、そんな事を思いつつ突き出された剣に向かって踏み込む。

 指一本の隙間で避けながら、密着した相手の胸に触れる。

 鎧の加護だろう、厚さ数センチ程の魔力の層がねっとりと指に絡む。

 ちょっとした魔術は勿論、刃物による攻撃もある程度は防ぐのだろうが。

 だからと言って、余程慣れた相手でなければ反射的に身体が動く。


 ギョッとして相手が身を引いた瞬間に掌を打ち出せば、呆気なく吹き飛んで胃液を吐きつつ悶絶した。王打である。内蔵を潰す程ではないが、それでも暫くは立てないだろう。


 魔力も込めずそんな事をする人間を前にすれば、並の相手なら恐怖を覚える。

 魔弾を弾いた方――なんのつもりか、花柄の手拭いを顔に巻いた剣士は、呆気に取られて足を止めていた。


「まだやるか?」


 やめておけという意味だったのだが。


「――な、舐めるな!」


 挑発と受け取ったのか、花柄の剣士が叫んで斬りかかって来る――が、明らかに腰が引けていた。

 あっさり身を引いて避けると、残した足で転ばせ、床に投げ出された手首を踏み砕く。


 仲間が倒れた事でカウンターに潜んでいたボウガン持ちが矢を放ってくる――のは見えていたので、一発目を頭を低くして避け、その流れで倒れた花柄の剣士を担ぎあげる。


「仲間に当たるぞ」


 だからどうしたという程の外道でもないようで、ボウガン持ちは矢を撃つのを躊躇った。

 そこに、抱え上げた花柄の剣士を投げ込み、追いかけるようにカウンターの中へと飛び込む。


 花柄の剣士の下敷きになりながら、ボウガン持ちが武器を向けて来るが、鉄板の入ったブーツの底で受け、そのまま手ごと踏み砕く。


 顔を上げるまでもなく注意は向けていたが、他の魔王論者は既にマルタンが歯向かう気も起きない程にぶちのめしていた。


 骨の何本かは叩き折られ、鼻血など流しつつ床で呻いている。


(随分優しいじゃねぇか)


 と、そんな言葉が浮かぶが、皮肉を言ってわざわざ怒らせる事もない。


「こいつらは任せるぜ」


 適当に縛っておけという意味だが。

 掌を振って奥へと向かう。


「――なんであたしが!?」

「そいつらが逃げ出して困るのは俺じゃねぇからな」


 言い終わる頃には裏口を抜けている。

 実際その通りなので、マルタンも追いかけては来なかった。


(別に、魔王論者に肩入れするわけじゃないが)


 逃げ出す時間を作ってやった形にはなる。

 魔王論者の集会といっても、ほとんどはその辺の街人だろう。

 扇動している邪神官さえ捕まえてしまえば、そう過激な事はすまい。

 イスミールの言う正当な裁きとやらも胡散臭く、非戦闘員まで追いかけて捕まえる気にはなれなかった。

 と、そんな気まぐれを起こしたのは、予想以上に大した事のない連中だったからだが。


(わざわざ俺達やマルタンを引っ張り出すような相手か?)


 イスミールの方でも情報が錯綜していただけかもしれないが。アンナバウムの神殿勢力を相手に抗争を仕掛けているという割には、ちゃちな相手である。


(ラオイエの爺さんが気乗りしないのも分かる気がするぜ。どうも――きな臭い)


 なにがとは言えないが、嫌な感じがする。

 それこそ、他人の都合で操られているような気分である。

 実際その通りではあるのだろうが。


 ともあれ、迷路じみた通路を適当に歩き回る。途中何度か逃げ惑う魔王論者とすれ違ったが、襲ってこない相手は無視した。襲われればその限りではないが。

 不意に建物が揺れた。

 ペコ達が暴れているのだろう。

 方向はなんとなく分かるのだが、薄汚い壁が邪魔をしていた。


「……めんどくせぇ」


 勝手に上がり込んで暴れている時点で、細かい事を気にする必要もない。


「爆ぜろ」


 目の前の壁を吹き飛ばし、ライズはまっすぐ騒ぎのする方へと歩き出した。

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