第91話
御託を並べた所で、請ける事になるのは分かっていた。魔王を倒して勇者になる事を目的とするのなら――そして、そこに至る為の運命の女神の導きとやらがあるというのなら。
魔王論者の暗躍するこの一件は、ある意味望む所ではあるのだろう。
ペコ達には、シフリル達を助ける為に命を懸けて貰った恩がある。
その恩に、己の人生と命を懸けて報いる覚悟は既に決めている。
けれども、報い方くらいは選ぶ気でいた。
と、突っ張った気になっても、なにをどう選べばいいのやらという感じではあるのだが。
ともあれ仕事は受けて、今はイスミールの用意した馬車で移動している。
イスミールの乗っていた装甲車などでは勿論なく、ユーティア神殿が所有するそれらしい飾りのついた高級車とも違う。馬屋から借りた、ちゃちなオンボロである。
奇襲を行う為、目立たぬようにという配慮だが。魔王論者が集会を行うアジトとやらは、貧民街の安酒場らしい。そんな所に馬車で乗り付ければ怪しまれそうだが、ぞろぞろと徒歩で行くよりはまだマシなのだろう。
魔王論者狩りは二チームで行うそうで、制圧部隊がイスミールの懐刀ことマルタンと日の出の一団で、仲良く―という空気でもないが――同じ馬車に押し込まれている。
もう片方は取り逃がした魔王論者を捕まえる為の後詰めで、戦力としてはあまり期待できない。信用の出来るユーティア神官で固められ、問題の酒場を囲むように布陣するらしい。まぁ、こちらについて特に考える必要もないのだろうが。
制圧部隊にしろ、この場でいきなりマルタンと連携が取れるわけはないので、お互いに好きに動くという事で話がまとまっている。
あとはただ、目的の場所につくのを待つばかりである。
「まぁ、こっちはいつも通りだな。俺とペコが突っ込んで、ラビーニャは後衛で援護、キッシュはその護衛だ。行動は二人一組で、落ち着いて一人ずつ無力化する。今回は人間が相手だが、多少の怪我はラビーニャが癒すから気にする必要はねぇ。そっちはモモニャンがいるから、殺さずに無力化するのはそう難しくはないだろうが。魔封環の使い方は大丈夫か?」
この仕事を請けるにあたって、イスミールからたっぷり借り受けている。魔術士やら邪神官やらがそう何人もいるとは思えないが、見た目で判断できない以上、全員にかけておいた方が安全だろう。
「ばっちりなのである!」
キッシュが肩から下げた鞄を叩くと、ぎっしり詰まった金属製の手枷がガチャリと返事をした。まぁ、魔封じの仕掛けがしてある以外はただの手錠なので、難しい事もないのだが。
「くれぐれも無理はするなよ。ヤバそうな相手がいたら俺を呼べ。基本的にはそっちの仕事は戦う能力のない連中の捕縛で、戦闘はこっちが請け負う」
こっちというのは当然、ライズとペコチームである。
いくらモモニャンが強いと言っても、主人のキッシュはただの太ったチビ助だし、ラビーニャも荒事が得意なタイプではない。一般人を片っ端から捕まえてまわるくらいは平気だろうが、不確定要素の大きい対人戦を任せるには不安がある。
そちらについてはライズの得意分野でもあるし、ペコも一応、修練場で対人経験を積んでいる。適材適所というわけで、役割を分担した。
どの道ラビーニャがついていれば、そちらは問題ないだろうが。
心配なのはペコである。
「やっぱ殺しちゃダメっすか?」
と、お菓子をねだる子供のような気軽さで聞いてくる。
「ダメに決まってるのである!」
なにを言っているのかとキッシュは呆れるが。
「ダメな事くらい自分だって分かってるっす。でも、どうしようもない時ってあるじゃないっすか」
上目づかいでこちらを見上げ、不安そうに言ってくる。
(つまりこいつは、なにかの拍子に殺しちまって、俺に嫌われるかもしれないって事を心配してるわけか)
それこそ、呆れるような話である。あるいは、感心するべきなのかもしれないが。ペコの中では、殺す事についての葛藤は特にない。予想通り、必要なら躊躇せず殺すだろう――少なくとも、本人はそれが出来ると思い込んでいる。
そうなれば後は、ライズの機嫌次第という事なのだろう。
正しいと言えば正しいし、間違っていると言えば間違っている。それについてはお互い様で、物の見方次第という事なのだろうが。
「これだけはハッキリさせておくが、俺にとって大事なのは、どこの誰とも知らない魔王論者の命じゃなく、仲間であるお前らの命だ。だからまぁ、正直な話、殺した所でどうって事はないんだ」
言ってやれば、ペコは露骨にホッとして見せた。
「――その上でだ。殺さないで済むならその方が良い。理由は幾らでも並べられるが――まぁそうだな。ペコでも納得出来そうな話をするなら、その方が難しいからだ。それは分かるよな?」
「まぁ、そうっすね」
異議もなくペコは頷く。腑に落ちない様子ではあったが。
「人間を無力化しようと思ったら、殺しちまうのが手っ取り早い。殺しちまえばそれっきり、二度と歯向かってくる事もない。それに、人間なんか全身弱点だらけだからな。殺さない方がよっぽど難しいわけだ。難しい事が出来るって事は、それだけ強いって事だよな?」
ニヤリとしてやると、ようやく納得がいったのか、ペコはポンと手を叩いた。
「それはそうっすね!」
「強くなりたいのなら楽はするな。それこそ勇者になろうってんなら、その辺の三下くらい、殺さずに止められなきゃ話にならねぇだろうさ」
「うっす! 頑張るっす!」
上っ面の説教だったが。深い話をすればキリがない。今はとりあえず、こんな所だろう。
「はっ! なによそれ! 遊びにでも行くつもり? これは訓練じゃないの。実戦なのよ? そんな甘い事言ってたら、後悔する間もなく死ぬわよ!」
前の席に座るマルタンが鼻持ちならないという様子で言ってくる。
気持ちは分かるつもりだが、だからこそ同意は出来ない。
「私怨がなけりゃその通りだと頷くところだが。君のそれは相手が魔王論者だから言ってるんだろ。親の仇が憎いから殺す。ただそれだけの話だ」
スザン神殿からユーティア神殿に宗旨替えしたのも、恐らくはそんな理由だろう。
マルタンの殺気が膨れ上がる。身を乗り出すと、マルタンが胸倉を掴んでくる。
「ペコが魔王論者に殺されても、同じ事が言えるわけ?」
痛い所を突かれて、力なく笑う。
「いいや。ひとり残らず皆殺しだ」
その言葉には、仲間達も驚いたようだったが。
自分でも驚く程に、自然と出てきた言葉だった。予想ではなく、確信ですらない。ただの事実なのだろう。他人事のように実感する。
「けど、仲間を魔王論者に殺されたからって、全ての魔王論者に報復しようとは思わんね。君だって、威勢のいい事を言ってるが、本気でそんな事をするつもりじゃないんだろ?」
魔王論者と言った所で、大半は普通に街で暮らしているような人間だろう。その悉くを始末するような狂犬であれば、イスミールもそばに置いたりはしまい。と、そんな理屈をこねるまでもなく、マルタンはそんな女ではないという予感があった。
あのラオイエの孫だから、というわけではないが。彼女自身、迷っているのだろう。むしろライズは、自分と似たような匂いを彼女に感じていた。まぁ、昔の自分だが。
実際マルタンは、かなり気勢を削がれたようではあった。
言い返そうとして言葉に迷い、喘ぐように空を呑む。
それでもなにかを言い返そうとして、不意に馬鹿らしくなったのか、力なく溜息をついた。
「――まぁね。けど、そうするべきだと思ったら、あたしはやるわよ」
決意とは裏腹に――彼女の瞳が不安げに揺れている事に気付いて、ライズはふと思った。
もしかするとこの女は、まだ一人も殺した事がないのではないか――と。
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