五章

第89話

「痩せねぇな」

「痩せませんわね」

「ていうかむしろ太ってないっすか?」

「なんでであるか!?」


 冒険者の店にキッシュの悲鳴が響き渡る。

 あれから暫く経っていた。


 一日二日で元の体重に戻るとも思っていないが、これだけ太ればある程度の変化はすぐに出ると思っていた。それなのにキッシュは一向に痩せる気配がなく、むしろ余計に太っているようでさえある。


「どういう事だよラビーニャ」


 と、責任者の自称聖女に尋ねる。

 全員参加のダイエットは初日だけで、以降は二手に分かれている。ライズはペコの修練を見守り、ラビーニャはキッシュのダイエットに付き合う形である。


「わたくしが聞きたいくらいですわ。毎日ちゃんと運動させてますし、水も沢山飲ませて、食事制限も行ってます。これで痩せないなんて事は有り得ませんわ」

「けど現に太ってんじゃねぇか」

「ふぐっ!?」


 キッシュが膨らんだ胸――全体的に贅肉がついただけだが――を抑えて苦しそうに呻く。

 デブや太るといった直接的な表現は控える事になっていた――と言われても、いきなり徹底も出来ないが。


「――じゃなくて、余計にわがままになってんじゃねぇか」


 一応言い直してみるが、だからどうしたというような感じである。


「隠れてなんか食ってるんじゃないっすか?」


(まぁ、それ以外には考えられないが)


 流石に本人の前で肯定するのも憚られ、ライズは曖昧に肩をすくめて見せた。


「たたた、食べてないのである……」


 案の定、キッシュは露骨にキョドって目を泳がせている。


「ほら」


 それ見た事かとペコ。


「それは関係ありませんわ。食べていると言っても、わたくしの目を盗んだ気になってちょっとしたお菓子を齧っているくらいですし。その分はちゃんと余計に運動させていますもの」

「き、気づいてたのであるか!?」


 平然と言ってのけるラビーニャに、キッシュが目を丸くする。


「わたくしもダイエットの大変さは理解していますわ。たまにご褒美もなければ心が折れますし、その程度の間食は端から計算の内ですわ。見逃しておけば罪悪感でダイエットにも身が入りますし、効率的でしょう?」


 種明かしをする奇術師の顔でラビーニャが告げる。


「こわ」

「流石ラビーニャ、狡賢いっすね」

「頼もしいはずなのに複雑な気分なのである……」

「そこは素直に賢い聖女様最高と褒め称える所だと思いますけど」


 ジト目になってラビーニャが呻く。その通りではあるのだが、周到すぎてむしろ怖い。


「しかし、間食が原因じゃないとするとなんでわがままなんだ?」

「病気なんじゃないすか? わがまま病的な」

「それならまだ邪神の呪いの方が説得力がありますわ。飽食の邪神の呪いでわがままになったとか」


 ペコもラビーニャも、とりあえず言ってみただけで、本気でそのような事を思っているわけではないようだが。


 半泣きのキッシュを前に三人で腕組みなどしつつ首を傾げるが、食ってもいないのに太り続けるという異常事態を説明できるような案が浮かぶはずもなく――


 ――なんとなく視線を下げると、足元では饅頭サイズのモモニャンが豪勢な夕食をがっついていた。


「お前は気楽でいいな」


 手を伸ばすと、モモニャンが食事を中断して撫でられにくる。見た目はキモいが、慣れれば可愛い仲間である。


「しっかし、モモニャンもよく食うっすね」


 足元を覗き込んでペコがつま先を近づける。足クサを警戒してか、モモニャンはビクリと距離を取ったが。


「ダイエットで食べられない分、せめてモモニャンには沢山食べさせているのである」


 血を分けた家族のような存在だからだろう。普通なら嫉妬の一つでもしそうな所だが、モモニャンに向けられたキッシュの眼差しは、なんらかの救いを見出すような穏やかさがある。


 そんなキッシュをライズも微笑ましく思うのだが、どういうわけかラビーニャは、疑うような表情で眉を寄せていた。


「……これ、モモニャンが食べた分キッシュが太ってるんじゃありません?」


 ピシリと。

 そんな音が聞こえた気もしないではない。


「……ありそうな話だな」

「他に考えられねぇっす!」

「モモニャン!?」


 ガビン! とショックを受けてキッシュが叫ぶと、モモニャンも察したのか、饅頭型の身体を大きく膨らませ、残った料理を一呑みで食べ切り、逃げるようにキッシュの影の中に飛び込んだ。

 がっくりと、キッシュが項垂れる。


「吾輩の努力はなんだったのであるか……」

「明日からはモモニャンも一緒にダイエットですわね」

「てぃりりり!?」


 素っ気なくラビーニャが言うと、影から顔を出したモモニャンが悲鳴をあげた。

 なんにせよ、とりあえずは一件落着といった所だろうか。


 そんな事を思っていると、エプロンで手を拭いながら、太鼓腹の店主がのそのそと近づいてくる。


「そういやライズ、昼間にユーティア神殿の使いが来て、明日の朝早くに顔を出せと言ってたぞ」


 ひと月以上も世話になれば互いに情も湧く。親しげという程でもないが、最初の頃よりは扱いもマシになっていた。


「――それはいいが、用件は聞いてないのか?」

「ナイショで仕事でも頼みたいんだろう」


 さして興味もないのか、それだけ言って親父はカウンターに戻っていった。それこそ、神殿のような真っ当な取引先はきちんと仲介料を払うだろうから、親父としても文句はないのだろう。

 適当に肩でもすくめておくと、待ってましたとばかりに手を揉みながらペコが言ってくる。


「ついに来たっすね」


 なにがとは言わないが、わざわざ呼び出してくるような相手はイスミールくらいしかいない。となれば、前々から仄めかされていた魔王論者狩りでも依頼されるのかもしれない。


 ラビーニャの集めた情報でも、魔王論者達との抗争は激化しているという話である。報復テロもそうだし、連中に攫われたと見られる行方不明者も増え続けている。夜の見回りも強化され、ヒリついた空気が街に漂い出している。よそ者としては肩身が狭く、ラビーニャも賭場が閉まるのが早くなったと愚痴っていた。


「喜ぶような事でもねぇけどな」


 お気楽娘に苦い笑いを向ける。

 言った所で意図が通じるわけでもないのだろうが。


 魔王論者狩り。

 見も蓋もない言い方をすればだ――

 ――それはただの、人間狩りである。

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