第88話
「忙しいっす! ――うぎょぁ!?」
ペコがよそ見をした隙に、足を払って転がしておく。
「なんか用か?」
別に相手をしてやる義理もないが、無碍にする理由もなく。と、そんな心地でライズは聞き返した。
怪しく見えたのにはさして理由もないのだろう。いきなり話しかけてくる知らない人間は、大体みんな怪しく見えるものである。
それを差し引いても怪しく見える所があるとするなら――なんとなく嫌味を感じる程度には、相手が色男だったからかもしれない。
年頃はライズと同じか少し上といった所だろう。僅かに光沢のある灰色の髪を上品に流した、いかにも女にモテそうなイイ男である。不思議な魅力があり、わけもなく只者ではないと思わされる――そんな気配。カリスマという奴なのかもしれない。
そんな男が、親友にでも向けるような、人懐っこい笑みを浮かべている。
「いやぁ、随分お強いようですから、つい見惚れてしまって。そちらの可愛いお嬢さんは妹さんで?」
世間話でもしたいのか、どうでもいいような事を言ってくる。まぁ、公園で暴れていれば、そんな風に声をかけられる事もあるだろう。
「ナンパならやめとけ。見ての通りのお転婆だ」
そんなわけもないだろうが、それこそ世間話のつもりでお道化て見せる。
「なんすライズさん、嫉妬してんすか?」
うっしっしと、表せばそんな音が聞こえそうな薄ら笑いでペコが言ってくる。
「生憎、ロリコンの趣味はねぇな」
「十六歳はロリコンじゃねぇっす!?」
「見た目の話だろ」
「か~! ライズさんはなんっにもわかってねぇっす! 自分みたいなのをロリコンとか言ってたら世のロリコニストに鼻で笑われるっすよ!」
(なんだよ、ロリコニストって)
と、思うが。別にペコも考えて喋っているわけではないのだろう。だからまぁ、考えるだけ無駄である。
「ロリコンってのは! キッシュみたいな――」
と、まだ息が整わないのか、ぶひぶひと太く喘ぎながらひもじそうに親指をしゃぶるキッシュをペコが指さす。
「まぁ、アレは厳密には合ロリっすし、今は別のジャンルになっちゃってる感じもするっすけど」
「しらねぇよ」
文字通りに知った事ではなかったが。
見知らぬ男は愉快そうに腹を抱えた。
「失敬。随分仲がよろしいようで。その様子だと、皆さんは冒険者の一団で?」
やり取りで大体察したのか、そんな事を聞いてくる。
「まぁ、そんな所だ」
「運命の女神ダイアースの啓示によって導かれた勇者のパーティー! ライバーホルンを滅亡の危機から救った日の出の一団とは自分達の事っす!」
珍しい機会に自慢でもしたいのか、得意気にペコが胸を張る。
「ダイアース神の啓示を! それは素晴らしい! しかも勇者のパーティーとなれば、これはまさしく渡りに船、運命の女神のお導きに違いありません!」
大袈裟に感動すると、男は服の胸元から三つのサイコロが連なった聖印を引っ張り出して見せた。
「あんたもダイアース教徒か」
「えぇ。旅の商人などをやっております、ケテルと申します。実はわけあって、護衛をして下さる冒険者の一団を探しているのです」
薄っすらと困った笑みなど浮かべて男――ケテルは言ってくるのだが。
そんな話を聞かされれば、嫌でもラビーニャから聞いた話を思い出す。
「冒険者を雇いたいなら冒険者の店に依頼を出せばいい。なんでわざわざ、こんな所で油を売ってる珍妙な一団に声をかける」
一転、藪睨みになってライズは聞いた。返事によっては、こいつを魔王論者の手先としてイスミールの前に突き出す必要がある。
――が、男の反応は予想外のものだった。
「よくぞ聞いてくれました! これにはもう、海より深く、空より高いわけがありまして!」
と、胸元からハンカチなど取り出すと、大袈裟に泣くような小芝居までして言ってくる。
「実はこの街では、我らが女神ダイアースは邪神の如く嫌われているのです。曰く、かつてこの地に栄えた名の失われし宗教国家、それを襲った邪神たる魔王と、神々の寵愛を受けた聖人勇者団の死闘において、どうやら女神ダイアースはなに一つとして活躍をしなかったそうで。それどころか人と邪神、どちらが勝つか賭け事をして楽しんでいたとまで言われているようなのです。勿論そんな話は、根も葉もない事に違いありませんが、言った所でどうにもなりますまい。そういう訳で、その使徒である我々ダイアース教徒も肩身の狭い思いをしているわけで。おまけに近頃では、かつてこの地を襲った邪神を召喚せし魔王論者の末裔だか残党だかが暗躍して、人攫いのような事をやっているそうで。私のように外からやってきた木っ端商人は冒険者の店からも信用を得られず、護衛を探すのに難儀しているというわけなのです……」
詩人の如く謳いあげると、ケテルはヨヨヨと泣き崩れるような真似をして見せた。
そう言われれば、ライズ達も一度、ダイアース教徒を連れているという理由で冒険者の店を追い出された事があった。
こちらは運よく――と言っていいのかは微妙な巡り合わせだったが――ユーティア神殿の大神官、イスミール直筆の紹介状を手に入れて事なきを得たが。
そうでなければ、今でも仕事にあぶれていたかもしれない。
「そいつは災難だな」
「自分達でよかったら力になるっすよ!」
身に覚えのある話を聞かされれば、他人事とも思えない。
あっさり二人で同情すれば、ケテルはそれこそ、神の助けを得たとばかりに表情を輝かせた。
「ありがたい! これもダイアース神のお導きでしょう。皆様に女神の加護があらんことを!」
と、空に向かって両手を広げて感謝をしてくるが。
「お待ちなさい」
止めてきたのはラビーニャだった。
騒ぎで起きたのか、眠そうな顔で尻を掻きながら近づいてくる。
変な寝方をしていたのか、左の頬にはシートの後がくっきりと線になって残っていた。
「交渉役のわたくしを差し置いて、勝手に仕事を決められては困りますわ」
そんな役職に任命したつもりもなかったが――口に出して言わないだけで、ほとんど事実でもある。つまりはまぁ、ラビーニャの言い分はもっともではあった。
「お前と同じでダイアース教徒なんだとよ。困ってるらしいし、助けてやろうぜ」
「そーっすよ!」
情が湧いたと言われればそれまでだが。話してみれば、思ったよりも嫌味のない、愉快な男である。ラビーニャも同じ宗派の人間を無下にはしないだろうが、足元を見て報酬をぼったくりそうな予感はしたので、庇ってやるような気持ちで対峙する。
「だからですわ。わたくしが言うのもなんですけど、基本的にダイアース教徒なんていうのはロクデナシしかいませんし。それが商人となれば猶更ですわ」
ラビーニャはまるっきり疑った顔でケテルを眺めている。それこそ、舐めるようにといった感じだが。
言われたケテルも文句はないらしく、苦笑いなど浮かべている。
「それはまぁ、ごもっともなお話で。勿論、お嫌でしたら無理にとは言いません。出来れば、お知り合いの冒険者の方などご紹介していただければ助かりますが」
そんな事を言われると、ますます助けてやりたくなるライズだった。
「お前と違って物凄く真っ当だぞコイツ」
「そーっすよ! 悪い奴には見えないっす!」
「わたくしだって、この程度の猫ならいつでも被れますわ。大体、こんな顔のイイ男が真っ当な人間なわけないでしょうが! こういう、一見して誰にでも好かれそうな人たらしがいっちばん危険なのですわ!」
世間知らずの馬鹿を相手にするように言い捨てると、ラビーニャはケテルを睨みつけた。
「冒険者を雇いたいなら、ダッバワラーの髭亭においでなさい。わたくし達の居る時でしたら、店主に話を通して差し上げますわ」
それが精一杯の譲歩という事らしい。
まどろっこしいが、確かにそれで済むなら、わざわざモグリの仕事を請ける必要もない。
「おぉ、同志よ! それで充分、いえ、むしろそちらの方が助かります! 必ずや近日中に、お邪魔させて頂きます」
感極まってラビーニャの手を握りしめると、ケテルはスキップなどして去って行った。
遠ざかる背中に、ラビーニャはほぅっと熱っぽい吐息を向ける。
「稀に見るイイ男でしたわね。危うくわたくしも流される所でしたわ」
口惜し気にうっとりと、物欲し気に指まで噛んで言ってくる。
「そーっすか? 自分はあそこまで顔が良すぎる男は無理なんすけど。現実感ないっていうか」
「まぁ、へちゃむくれのペコにはライズくらいの顔がお似合いですわね。おーっほっほっほ」
「そんな事言って、後で欲しくなってあげないっすよ」
ラビーニャに舌を向けつつ、さり気なく腕を組もうとしてくるペコの手を払い落す。
「そーいうのを世間じゃセクハラって言うんじゃねぇのか?」
「言うのは勝手ですけど、裁判官が相手をするかは別ですわね」
「うぇっへっへ、その手の事案は女の方が有利なんすよ」
「だからやめれっての」
いやらしい感じでワキワキさせた手を向けられて距離を取るが。
勿論ペコも本気ではなく、いつも通りにじゃれているだけなのだろう。
「ほらキッシュ! いつまで寝てるつもり! ダイエットを再会しますわよ!」
パンパンと手を鳴らしてラビーニャが言う。
「うぅ、まだやるのであるかぁ……吾輩、お腹空いたのである……」
不満はタラタラ、のそのそと起き上がりつつ、ダイエットを再開する。
ライズとペコも適当に付き合いつつ、平和な休日が過ぎていく。
その後ケテルが店に来る事はなかったが――
――そんな事は、過ぎ去る日常に埋もれて、誰も気にはしなかった。
†
「いやはや、惜しい所で邪魔されました。全くこれだから、性悪女神の使徒は侮れない。同じ穴のムジナとでも言いますか、まったく厄介な相手ですよ」
公園を出て、男が呟く。
言葉程は嫌そうでもなく、むしろ楽し気ですらあったのだが。
「日の出の一団と言っていましたか。ダイアースの啓示を受けたというのが本当であれば、えぇ。運命が私達を引き合わせる事でしょう。恐らくは、その時は近い。彼らが本当に、勇者へと至る可能性を持つ者達なのであればですが」
寝かせた樽の熟成でも待つような心地で言うと、男は不意に口元を歪めた。
「それにしても彼女、イイ女でしたねぇ。また会う事があれば、是非とも味見をしたい所です」
ペロリと口元を舐めつつ。
魔王を目指す男は、群衆の中へと紛れて消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます