第二章/接触 [遭遇]第1話‐5

 クラクラする頭を片手で抑えながら、マコトは自分の身体を見る。光の〈波〉に[ストレリチア]ごと飲み込まれたが、身体には何処も外傷は無く、軽い眩暈に襲われている程度だ。警報も、もう止んでいる。

‐それよりも・・・‐

マコトは〝くじら〟が居なくなった虚無の空間を映している映像を睨みつけた。[ストレリチア]・・・技州国は〝くじら〟を攻撃した。信じられない様な事態に、悲しみと怒りが湧き上がってくる。理由等を考えて落ち着こうとするも、感情が押さえられない。マコトは安全帯のフックを急いで外し、ポケットから端末を取り出して地図アプリを立ち上げながら、フラフラと覚束ない足取りで部屋の扉へ向かった。そのまま廊下に出たマコトは、地図アプリを頼りに艦橋に向かって走り出した。まだ体調が完全に戻っていない為、最初は眩暈からふらつきながら走っていたが、時間が経つにつれ徐々に体調が戻ってきて歩調が安定し始める。息を切らしながらもマコトは艦橋への扉へ到達した。扉は他のものより大きく、マコトの二倍位はありそうだった。不思議な事にここまでの間で誰とも会っておらず、艦橋の入口も警備員が一人も立っていない。まだ緊急事態なのだろうか?そんな事は関係ないと、マコトは扉の前へ立つ。開かない扉。知ってはいたがロックが掛かっているのだろう。マコトは片手で支える様に扉に手をつき、もう片方の手で拳を作ってドンドンと扉を叩き始めた。

「すみません!開けてください!聞きたいことがあるんです!」

誰も居ない廊下に扉を叩く音が響き渡る。マコトは諦めずに何回も叩くが扉は沈黙を保ったままで、次第に手が痛くなってきた。

「開けろっ・・・!」

全体重を乗せて、思いっきり拳を振り下ろす。その瞬間、不意に扉が開いた。支えがなくなったことでバランスを崩し、マコトはそのままの勢いで前に倒れて床に顔をぶつけた。「痛ぅ・・・」と顔を押さえ、よろめきながら立ち上がる。その様子を、艦長席の傍で会話していたアキレア‐とその取り巻き‐とラファエルが見ており、艦橋のスタッフも何事かとマコトに注目している。

「ククク・・・マコト。血相を変えてどうしたの?」

アキレアは必死に笑いを堪えながら尋ねた。それを見たラファエルは首を振りながら溜め息を吐く。

「アレはどういうことですか?」

マコトは鼻から血が出ていない事を確認すると、アキレアを睨みつけながら語気を強めて尋ねる。

「アレって?」

「何で〝くじら〟を攻撃したって事だよ!」

マコトは声を荒げた。あまり大声を出すことのない自分が、これまでに大きな声を出せた事にマコトは驚く。だが、慣れていないから最後の方は少し掠れてしまっていた。

「何でって・・・見て分からなかった?」

悪戯っぽく笑みを浮かべるアキレアにマコトは痺れを切らし、アキレアに詰め寄ろうと近づこうとした。一歩踏み出す。次の瞬間、全身に痛みが走ったと同時にマコトは地に伏せられていた。一瞬の出来事で何が起こったのか分からなかったが、マコトは思い出し、自分を地に伏せた相手を見る。アレックスが無表情で睨みながらマコトを押さえつけていた。

「全く・・・説明しなければ納得できないのかしら?」

アキレアは溜め息を吐いた後、腕を組んで口を開いた。

「私たちの目的は〝禁書〟に記載されていた対象・・・貴方のいう〝くじら〟ね。それの実在証明、及び捕縛よ。そのためにこの数か月間、準備してきた。」

「そんなの・・・」

マコトは呟くが、それを遮るようにアキレアは続けた。

「マコト、〝アレ〟は貴方の考えている様な絵本の中の生物ではないわ。未知のエネルギー体で、それを解析出来れば技州国は栄光を取り戻し、人類の科学は飛躍的に進歩できるの。」

伏せられたままマコトは顔を上げ、アキレアを見上げた。アキレアはマコトを見下している。青い、人形みたいな目がマコトを見つめていた。その目は自分を押さえつけているアレックスのものよりも、冷淡で冷酷、そして軽蔑。まるで酷く退屈で、粗末なものを様な目。その眼差しにマコトは戦慄を覚えた。

「本当は解っていたんでしょ?」

「っ!・・・・」

アキレアの指摘に、マコトはぎゅっと口を紡ぐ。確かに、ただの観光とは考えられなかった。何かしらの目的はあるだろうし、リリィ言っていた「非実在の証明」も目的の一つであったが、他に何かあるのだろうと薄々感じていた。だが、マコトは〝あえて〟それは考えない様にしていた。頭いっぱいに「この艦に載っていれば〝くじら〟に会える」ということを考えていた。アキレアは端末を取り出し、どこかへ連絡をし始める。何を話しているか上手く聞こえなかったが、マコトには凡その検討はついていた。2、3分後に艦橋の扉が開き、二人の保安員が入ってきた。アレックスはそれを確認するとマコトの拘束を解き、代わりにやってきた保安員たちがマコトの腕を掴み、立ち上がらせた。マコトは抵抗せず、大人しく保安員たちに身を任せる。そのまま保安員に掴まれている状態で、マコトは艦橋の外へ連れて行かれた。

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宇宙のくじら 桜原コウタ @Johndoe999

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