第一幕/出立 [家出]第2話‐2
巨大な人造の鳥。首元には奇怪な箱状の装置が付いている。オリバーはそれを見上げ、溜め息を吐いた。資料に記載はあったものも、よもやこれほどまで巨大だとは。「百聞は一見に如かず」とはよく言ったものだ。そして、〝コレ〟を隠し通してきた研究施設。オリバーはあちこち痛んでいる滑走路を見る。一見古びた施設だが、その設備は今でも問題なく稼働するようなものばかりだと報告を受けた。資料によれば、この研究施設は元々技州国建国以前にあったものらしい。当時はかなりの規模を誇り、新型兵器の開発やテストを行っていた。建国後にも開発された新技術のテスト等で使われていたが、国内に小規模ながらも優秀な研究施設が増えていくにつれどんどん廃れていき、最終的には議会によって閉鎖が決まった。前国家元首は此処の研究施設の元研究員で、最後の最後まで閉鎖に異議を唱えていたが、現国家元首のラルフ・ローゼンバーグの説得によって渋々閉鎖を承諾した。のだが、十五年前、某国の提案・協力により、極秘裏に地下に格納庫を作り、この巨鳥の開発が行われていた。
「ふぁぁぁ・・・隊長、すごいですね・・・一体どれだけのお金と時間を掛ければこんなものが作れるんでしょう。」
オリバーが乗っている装甲車の操縦手が呑気に欠伸をしながら感想を漏らす。オリバーは肩を竦めつつ腕時計を見た。勧告から十分が経過している。対象には未だ動きが無い。
‐仕方ない、か・・‐
オリバーは右耳に装着している通信機に指を当てる。こうやって間誤付いている暇など自分達にはない。そう思い、隊員に巨鳥への突撃指示を出そうと口を開いた。その時、低い地鳴りが鳴り響き渡る。咄嗟に身構える査察部隊員達。オリバーも通信機から手を放し銃座のへりを掴みつつ、地鳴りの原因を睨みつけた。
「対象が動き出しました!いかがいたしましょう?隊長」
通信機から包囲している査察隊員から連絡が入る。巨鳥の速度はノロノロとかなり遅いながらも、低い音を出しつつ少しずつ、だが確実に前進しており、進路を遮って停車しているオリバーの装甲車に近づいてきていた。
「強行突破ときたか・・・」
オリバーはそう呟いた後、再び通信機に指を当てた。
「各員、発砲を許可する。」
隊員達に指示を出しつつ、オリバーは巨鳥の弱点になるような箇所を探す。ふと、翼から微かに蒼い光が漏れ出している事に気が付く。
「翼の部分を重点的に攻撃しろ。恐らく排気口にあたる部分はそこにある。」
指示を受けた隊員達は銃口を翼に向け、一斉に発砲した。少し離れたところに止まっている五台の装甲車群も、巨鳥に向かって機銃を斉射する。翼に集中砲火を浴びる中、巨鳥はそんなことを気にする様子を見せず‐少しずつだが速度を上げ‐前進を続けている。
「チッ、だと思ったよ。」
銃弾が着弾している翼を双眼鏡で観察しつつ、舌打ちするオリバー。銃弾は翼から漏れ出ている蒼い光に遮られて全て弾かれていた。
「E動力炉を積んでいたか。だろうと思ったが・・・」
だが、あれ程の大きさのものを動かすのに現存するE動力炉では出力が足りず、必ず別なエネルギーの補助動力が必要になるはずだ。そうすると、混ざり物が生じて排出光も薄くなり、小銃や機銃の弾数発程度なら貫通して排気口に届くはず。オリバーはそう推測していたが・・・
「これだけ撃っても効果無し、とは。補助動力なしのフルでE動力を使っているのかよ。無茶苦茶だな。」
オリバーは双眼鏡を下し、口に手を当てて考え込む。国家元首直々に渡された極秘資料によれば対象の動力はオリバーの推測していた通り、[E動力の他に別なエネルギー動力を組み込んでいる]と記載されていた。しかし、現実では[対象の動力はE動力のみ]と相違している。一応、そういったプランがありはしたのだが、開発が難航して頓挫したとの情報がある。現存する最大のE動力炉は巡洋艦を単機で動かせるかどうかの出力で、それを搭載しても決して航空戦艦を動かせるようなものではない。となると、独自でそれ以上のE動力炉を開発して積み込んでいるとしか考えられない。だが、そんなものを開発できるのは一から十まで前国家元首が関わっていないと不可能と国家元首に聞いたのだが・・・。考えるのは無駄だと、オリバーは首を振り通信機に指を当てる。
「各員、発砲止め!ただちに目標から離れろ!繰り返す、目標から離れろ!」
オリバーから指示で査察隊員達は発砲を止め、蜘蛛の子を散らすようにストレリチアから迅速に離れていく。遠くに止まっている装甲車群も、機銃を巨鳥に向けつつ後退りする。全ての隊員が巨鳥から三、四百m離れたことを確認したところで、操縦手が口を開いた。
「他隊員達は安全な距離まで後退しました。隊長、そろそろ我々も安全な距離まで撤退しましょう。」
「いや、まだだ。我々は此処で待機。」
「えっ・・・?」
直ぐに出発できるようハンドルとアクセルペダルに手と足を掛けていたところに、突然待機を命じられた操縦手は、驚愕と困惑が入り混じった表情でオリバーを見た。操縦手の不安げな視線も気にせずに、オリバーは口を真一文字に結んでじっと巨鳥を見つめている。
‐さて、どうする?‐
巨鳥は少しずつだが速度が速くなっていき、じわじわと装甲車との距離を詰めていく。オロオロと操縦手は巨鳥とオリバーを交互に見る。断固として動かないとでも主張している様に、オリバーは変わらずに巨鳥を見つめていた。迫りくる巨鳥。動かない上官。操縦士の表情は驚愕と困惑から恐怖一色へと変化していった。ハンドルを握る手に脂汗がにじみ出る
‐このままだと、俺達を轢き殺す事になるが。それでも進むのか?‐
あまり滑走路が整備されていないからか、巨鳥のライディングギアが走る際に軽い地震の様な振動が装甲車に伝わってき、巨鳥が近づいていてくるにつれ振動が強くなっていく。操縦手の呼吸が荒くなっていく。オリバーは眉一つ動かさない。巨鳥までの距離約五十m。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
操縦手は思いっきりアクセルペダルを踏み込み、装甲車を急発進させた。慣性で大きく体勢を崩されたオリバーは、振り落とされまいと銃座のへりを掴む。猛スピードで巨鳥の前から離れた装甲車は、他の隊員達と同じく巨鳥から三、四百m程度の所で急ブレーキを掛けた。
「はぁ、はぁ・・・つぅ・・・はぁはぁ・・・」
窮地を脱した操縦手は、安堵とまだ続いている緊張からハンドルを握りしめつつ大きく項垂れた。急ブレーキの衝撃で機銃にぶつけた脇を痛そうに擦りつつ、オリバーは横目で巨鳥を見る。巨鳥はさらに速度を上げ、オリバー達が立ち塞がっていた場所を通り過ぎようとしている。
「地上に出た時点で詰み、か。」
‐[パペット]が無い今、アレが地上に出たら止める術はない。何としてでも地上に出るまでに乗組員を全員拘束せよ‐
部隊が施設へ侵入する直前、通信機越しに国家元首からそう命じられた。オリバーは戦車でも持ち込めばどうにかなるのではと聞いてみたが、巨鳥の装甲は[パペット]と同じ材質で、徹甲弾や榴弾、E兵器でも傷が付かないと国家元首から返事が返ってきた。そんな化け物を相手にしなければならないとは。「無茶苦茶な」と、オリバーは苦笑いを浮かべた。
巨鳥の身体が少しずつ宙に浮き始めた。オリバーはその様子を眺めつつ、通信機のチャンネルを司令部に合わせる。ふと、侵入前に国家元首から言われた最後の言葉を思い出した。
‐戦車等を使用した場合、大事になって他国に覚られる可能性がある。それで止められたとしても、今回の件はなるべく秘密裏に済ませたい。だから頼む、何とかして全員を取り押さえてくれ‐
「根競べもしたんだけどなぁ~」
オリバーは大きく溜め息を吐く。指令を受けて資料に目を通した時から嫌な予感はしていた。侵入部隊から失敗報告を受けた時点で任務の遂行を半分諦めていたが、国家元首の懇願する言葉を思い出し、何とかしようと悪あがきでギリギリまで粘ってみたものも、結果は部下に要らぬ負担を掛けさせてしまっただけだった。施設での反抗といい強行突破といい、彼らの意思は自分の想像よりも強いようだ。
「こちら司令部。オリバー大尉、任務はどうなった?」
厳格な声が通信機から流れ出る。再び小さく溜め息を吐き、オリバーはまだ痛む脇腹を押さえつつも背筋を伸ばし、口を開いた。
「任務失敗。繰り返す、任務は失敗した。対象は今飛び立とうとしている。」
オリバーは再び遠い目で巨鳥を見る。巨鳥は飛び立ち、その影はどんどん小さくなっていった。
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