第一幕/出立 [家出]第2話‐1
「機外カメラ起動。映像出ます。」
正面の壁面に外の映像が映し出される。クルクルと回転灯が灯っているコンクリートの壁が下へ下へと流れていく。まだ格納庫・・・正確には格納庫兼リフトの中だった。格納庫が地上へのリフトを兼ねているのは、計画の初期段階で知ったことだ。これほどまでの規模の格納庫が地下に作られ、放置されていたのにも関わらず、誰も認知されていない事にラファエルは改めて驚いた。一体、前国家元首は格納庫・・・そして[ストレリチア]を作って何をしようとしたのだろうか?当人が亡くなった今は確かめる術などなく、想像に任せるしかないが。
「ハッチ解放・・・後少しで地上に出ます。」
風景が上から徐々に光が差し込んでくると同時に、荒野の土煙がパラパラと降ってきた。地上が近い。格納庫に入る時、かなりの深度を降りていくと感じていたが、艦体の大きさと想像以上に早いリフトの速度で思ったより早く地上に出られそうだ。恐らく地上には査察部隊の待ち伏せがあるだろう。流石に戦車クラスの戦闘車両は持ち出してはいないだろうが、装甲車程度は警戒すべきか。もし戦車がいたとしても同じ技州国民が乗っているこの艦に対して安易に発砲なんてしないだろうし、発砲したとしても、[パペット]と同等の装甲を持つこの艦は落ちない。だとしてもだ。
‐さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・‐
ラファエルは息を呑む。幾ら安全が保障されていようとも、相手が武器を持っていれば緊張するのは道理だ。交戦しようものなら計画に支障が出てしまうだろうし、何より艦の武装では相手を殺してしまう可能性だってある。アキレア達はそこまでして計画の遂行を望んでいないだろう。ラファエルもそれだけは避けたいと思った。
上昇するにしたがって差し込む光が強くなる。ハッチ境目に到達し、水平線が見え、蒼い空と乾いた荒野、所々ひび割れている滑走路が少しずつ広がっていく。やがて、無機質なコンクリートの壁から完全に空と荒野だらけの地上へと風景が移り変わった。
「[ストレリチア]、地上に出ました。周囲に何もありません。」
ラファエルに向かって報告するオペレーター。モニターには真っすぐに伸びる滑走路。そして茶色い荒野。
‐いや、待て・・・‐
「赤外線カメラでもう一度周囲の探知を頼む。たぶん、恐らく・・・」
オペレーターの報告にラファエルは一瞬安堵するも、相手の装備を思い出し指示を出す。オペレーターも思い出し、直ぐに指示に従った。
「メインモニターの映像を赤外線のものに切り替えます。」
壁面の風景が紫と赤に彩られた赤外線の映像に切り替わる。ところどころに黄色い人型や車両の形が切り抜かれた様に映し出されている。
「周囲に熱源、数は二十四。囲まれています・・・」
‐やはり、か・・・‐
ラファエルは眉間に皺を寄せる。査察部隊は光学迷彩を‐車両用のも‐起動させ、完全に[ストレリチア]を取り囲んでいた。取り囲んでいる査察部隊の兵士たちは銃を構えながら[ストレリチア]ににじり寄っていたが、一定の距離まで近づくと足を止めじっと[ストレリチア]を睨みつけていた。すると、取り囲んでいる一団から少し離れたところに止まっていた装甲車が近づいてき、[ストレリチア]の前‐丁度艦首の先の真下辺り‐に立ち塞がる様に陣取る。銃座から一人の兵士が身体を出し、艦首を見上げて小型の拡声器を口に当てた。
「あーあー、こちら査察部隊隊長オリバー・スコット大尉だ。君達は完全に包囲されている。」
オリバーの言葉を合図に兵士たちは一斉に光学迷彩を解いた。艦橋の映像も赤外線から通常のものに切り替える。兵士たちはボディスーツの様なものを着こんでおり、肩や肘、膝、胸には装甲版が装着されている。
「たった今、管制室で抵抗していた君達の仲間は確保を完了した。そこまで大きな怪我はしていない。安心してくれ。」
‐おやっさん達の事か‐
ラファエルは奥歯を嚙み締める。
「君達には国家反逆罪の容疑がかけられている。容疑を晴らしたければ大人しく我々の指示に従い、艦を降りること。繰り返す、大人しく我々の指示に従い、艦を降りること。素直に指示に従った場合、身の安全は保障する。」
勧告し終えたオリバーは少し気だるそうな表情をしながら目を細める。機外カメラ越しがその姿を映し、丁度ラファエルと目が合った。
「艦長・・・いかがいたしましょう・・・」
艦橋のスタッフ全員がラファエルの方を心配そうな表情で向く。渋い顔をするラファエル。攻撃されても小銃や機銃程度なら大したことにはならないが、囲まれている状態では上手く身動きが取れない。強行しようとすれば誤って轢いてしまう可能性だってある。ラファエルは思考を巡らせている時、透き通った女性の声が響き渡る。
「オリバー・スコット大尉。私はアキレア・ローゼンバーグです。もし国の為をお思いになるのであれば兵を退かせ、私達に道を開けてください。」
響き渡るアキレアの声に、査察部隊の兵士たちは少し狼狽えた。アキレア達が乗っている事を知らなかったらしい。オリバーだけは表情を変えずに艦首を見上げている。艦橋内もアキレアの突然の行動で騒めいていた。ラファエルも「そんなんで動くような連中じゃないでしょ・・・」と小さく呟きながら片手で頭を抱えた。
「オリバー大尉。私達は行おうとしていることは技州国を救う事。我が父はこの技州国を他国に売り払おうとしているのです。どうか、そこを退いてください。」
国家元首が国を売り払おうとしている。アキレアの言葉に、査察部隊の兵士たちはさらにどよめき始めた。オリバーは溜息を吐いてから兵士たちに向かって「静かに!」と叫ぶ。
「そうですか、国家元首が国を・・・」
「でしたら・・・」
気だるそうなオリバーの表情が、一変して険しいものへと変化した。
「だからといって、我々が仕事を投げ出してまでここを退くに理由にはならんな。そもそも、その話が本当だという証拠は何処にもない。あったとしてもお前達が捏造した可能性だって存在する。」
オリバーは[ストレリチア]を怒りの感情が籠った眼差しで睨みつけながら続ける。
「もし本当だとしても、お前達がやっている事は、閉鎖した国の土地を無断で侵入し、国の所有物を許可なく修復、そして使用するという立派な犯罪行為だ。許されることではない。それを取り締まるのが我々の仕事だ。」
オリバーは一呼吸ついた後、[ストレリチア]から視線を下に外し軍帽を目深めに被り直した。
「アキレア様、行動を起こす前にお父様とお話合いにならなかたのですか?お話さえすれば、まだ別な方法も見つかったかもしれませんのに。」
「でしょうね。」
不機嫌そうなアキレアの声が、ラファエルのモニターから‐微かに「知らないくせに」という声も‐聞こえきた。いつの間にか通信を繋いでいたらしい。モニターにはアキレアの部屋ではなく、「sound only」と文字だけ表示されている。
「艦長、このまま[ストレリチア]を出して頂戴。」
「しかしアキレア様・・・このまま出せば・・・」
アキレアの言葉にラファエルは戸惑った。
「大丈夫よ。お父様の事だから、身の危険を感じたら逃げるように指示を出しているだろうし。多分、あのオリバー大尉もそう考えているはずだわ。」
確かに、このままでは埒が明かないのは分かる。それでも人的被害が出る可能性があるのは‐目の前で人が死んでしまうのは‐どうしても避けたい‐そこまでして計画は実行したくはない‐。強行に難色を示しているラファエルに対し、アキレアは少し苛ついた様に催促する。
「艦長、ここで立ち止まっていれば、国の未来が潰えてしまうし、艦に乗っているみんなが犯罪者として捕まってしまうわ。例え直ぐ解放されたとしても、犯罪者のレッテルを一生背負い続けることになる。国が消滅した後でもね。私が任命したからとしても、あなたは艦長として、その全ての責任を背負う必要が出てくる。あなたにその責任が負えるの?」
ラファエルは苦々しい表情をする。ここで立ち止まり人の一生を潰すか、犠牲を出してまで先に進むか。
「誰も死なないわ。父の考えを概ね理解している私が保障するから、安心して頂戴。」
不機嫌だった態度から一転し、子どもをなだめる母の様に優しく語りけると、アキレアはそのまま通信を切った。ラファエルは目頭を押さえる。早く決断をしなければ。責任と犠牲。二つの言葉がラファエルの頭の中でグルグルと渦を巻く。やがて二つの言葉は混ざり合いある一つの光景へと変化した。
〝潰れた戦闘機〟〝血だまり〟〝AI〟〝お父さん〟
幾度となく見た〝あの〟光景がフラッシュバックする。何年も見ていなかったその光景に、ラファエルは顔を真っ青にし、「うっ・・・!」軽く呻いて口を押える。胃の中のものがせり上がってき、口と鼻に酸っぱい匂いが充満して、涙で視界が歪む。もう克服出来たかとばっかり思っていたが、そう易々と消えてはくれないらしい。この計画に参加してからというものも、それなり思い出す要素は多かったが、査察部隊の急襲、おやっさんとアキレアの言葉、艦長の責務と今日一日だけで一気に負担が掛かっているらしい。元より、この計画に参加してしまったのが運の尽きだったのか。ラファエルは吐きそうになりながらも必死に抑えて、涙目でモニターを見た。モニターの中のオリバーは微動だにせず、真っすぐ[ストレリチア]を見ていた。
(あークソ!やればいいんだろ!やれば!)
心の中で叫ぶと、〝何か〟を振り切るように上がってきた吐物を飲み込み、絞り出す様に声を出した。
「艦橋の各員、本艦はこれより査察部隊の包囲網を強行突破する。」
「・・・はいぃ!?」と、オペレーター達と総舵手は一拍置いてから素っ頓狂な声を上げ、急いでラファエルの方に振り向いた。ラファエルはまだ調子の悪そうにしつつも、ゆっくりと頷く。
「オペレーター、乗組員に再度身の安全を守る様に勧告を。総舵手は、勧告が終わり次第に微速前進で包囲網を突破。その後最大戦速で離陸。ある程度地上から高度を取ったら旋回しつつ高度を上げて続け、頃合いを見て一気にオーバーブーストを使って大気圏外へ出る。いいな?」
艦橋のスタッフ一同は困惑しつつも、「了解致しました。」と頷き返し、各々の作業へ取り掛かった。ラファエルは艦内通信のオペレーターの声を聞きつつ、静かに目を閉じ深呼吸をする。まだ少し気分が悪いが、少しずつ落ち着いてきているのを感じる。意識を逸らせ。一度決めてしまえばどうということはない、後はそれに集中するだけだ。
「艦長、勧告の方が終了致しました。」
オペレーターの声を合図にゆっくりと目を開け、モニターを見る。当たり前だが、査察部隊の包囲網は解かれていない。ラファエルは息を吐きつつ口を開いた。
「総舵手、微速前進。」
「サー、イエスサー!微速前進!」
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