第一幕/出立 [家出]第2話‐3

「離陸成功!ライディングギア、格納します!」

「よし!後は一定の高度まで上昇、そこから旋回しつつ高度を上げ続けろ。」

 指示を出した後安堵の表情を浮かべ、息を吐きつつ崩れる様に背もたれに背を預けるラファエル。あの査察部隊長が退かなかった時はどうなる事かと思ったが、ギリギリの所で避けてくれたお陰で、何とか査察部隊にも被害を出さず無事に離陸する事ができた。それでもと、少しソワソワしながらラファエルはオペレーターに声を掛ける。

「本当に査察部隊に被害は出ていないんだろうな?」

「はい、出ておりません。取り囲んでいた隊員や装甲車は発砲。しかし効果が無いと見るや、本艦から三、四百m程の位置まで後退。隊長が乗っていた指揮車両は約五十mまで本艦の進路上に居ましたが、離脱。他隊員達と同じく安全な距離で待機しております。」

「そうか・・・」と呟き、ラファエルは目を瞑りながら再び息を吐く。だが、一つの難関を突破しただけに過ぎない。ラファエルは別のオペレーターに声を掛けた。

「空軍の動きは?」

「いえ、特には。戦闘機のスクランブル発進等も見られませんし・・・とても静かです。まるでこちらの事なんて認知してなさそう・・・」

「やなりか」と、ラファエルは頷く。おやっさんが「先に先にと手を打っておく姿勢」と言っていた様に、国家元首は査察部隊が突破された時の為に何かしら手を打っているはずだ。だが、査察部隊の規模と装備、そしてその行動を見る限り力づくで止めようとは感じなかった。出来るだけ小規模に事態を終息へ向かわせようとする。そういった意思の元でこちらを止めようとしている。故にラファエルは、大事になり且つ目立つ空軍の出動は無いと推測した。その読み通り、空軍は動いていない。

「では、どう手を打ってくる・・・。どこで仕掛けてくるんだ・・・」

国家元首の次の一手が見えない。大気圏外へ出てしまえば後は宇宙空間でしか[ストレリチア]を止めるチャンスはない。ただ、それはそれで目立ってしまう気がするが・・・

「艦長。今、大丈夫かしら?」

不意に、アキレアの整った顔がディスプレイ全面に映し出された。突然の出来事に「うわぁ」と小さく飛び上がるラファエルを見て、ディスプレイのアキレアはぷくっと頬を膨らます。

「あら?レディに向かってその態度は失礼じゃない?」

「なんて嘘よ」とふくれ面から明るい笑顔に切り替わるアキレア。ラファエルは椅子に座り直しながら姿勢を正し、アキレアと目を合わせる。

「緊急回線を使って呼びかけるのは、やめていただけませんか?心臓に悪い。」

「ごめんなさい。善処するように心掛けるわ。それよりも・・・・やっぱり、空軍に動きなないみたいね。」

アキレアは笑顔で謝ると、直ぐに真剣な表情へと切り替わった。怒ったと思えば笑顔、笑顔だと思ったら真面目な表情に。山の天気みたいに良くコロコロと表情が変わる少女である。そう思いつつラファエルは「ええ」と答えた。

「国内で大騒ぎを起こせば他国に[ストレリチア]の存在が露呈するわ。父にとってはそんな状況はあまり好ましくないでしょうね。だから隠密じみた査察部隊を差し向けた。恐らく国内での動きはさっきの査察部隊だけでしょう。」

「私も、査察部隊の規模から国家元首はそこまで大事にはしたくないと、そう推測しました。」

ラファエルは頷きながら答える。

「そう。けどそれは〝国内〟・・・地球上での話。宇宙空間に出れば、幾分か目立たずに済むから、きっと何かしらの迎撃はあると思うわ。まぁ、〝おじい様の艦〟には敵わないだろうけど、気を付けて。」

「宇宙空間、ですか?」

ラファエルは眉を顰める。宇宙での迎撃はラファエルも推測はしたものも、直ぐにその考えは一蹴した。宇宙ステーションに配属されている人々や各国の監視衛星等、以外にも〝目〟が多い。迎撃に使えると言っても、宇宙ステーションに配備のデブリ処理用宙間無人機。自由に使える権限が持っているものも、出来ることは精々数分間の足止め程度。地球圏で戦闘となれば撃墜された無人機が逆にデブリとなって地球に降り注ぐことになる可能性だってある。やはり、幾ら考えても宇宙で手を打ってくるのは、目立つ事を避けている国側として逆効果にしかならない。

「本当に宇宙で何かしてくるとお考えで?」

「そうね。お父様が動くのであれば私達が宇宙に上がった時しかないわ。」

確信に満ちた眼差しでアキレアが答えた。

「お父上を良く知っていらっしゃるアキレア様がそういうのであれば、そうなんでしょう。」ラファエルは深く息を吐く。まだ疑念が晴れないものも、警戒するには越したことはない。そう思いつつ、ラファエルは軍帽を脱ぎ、髪をかき上げる。身体が軽く右側に引っ張られる感覚に襲われて、思わず手に持っていた軍帽を落としてしまった。どうやら[ストレリチア]が旋回を始めたらしい。ここからゆっくりと高度を上げていき、必要な高度まで上がったら一気にオーバーブーストを使い大気圏を離脱する。

「しかし、国家元首は目立たずに事を解決しようと、異様にこだわりますな。確かに、この艦の存在は他国にとっては脅威でしかない。そんな存在が露呈すれば他国から顰蹙を買い、今後の外交に多大な影響を及ぼしかねませんからな・・・」

ラファエルは落とした軍帽を拾い上げて、軽く払いつつそれを被る。

「そうね・・・それもあるけど・・・」

アキレアは唇を嚙みながら視線を落とし、微かに嫌悪感が入り混じった様に顔をしかめた。

「艦長・・・このことは貴方だけに話すわ。他国からの顰蹙を買う。確かにそれは避けたいのだけれども、父にとって[ストレリチア]の事を知られたらマズイ理由はもう一つあるの。」

続けて話そうと口を開いたアキレアだったが、思いとどまるか様に口を噤んでしまった。左右に目が泳いでいる。まるで話してはダメと禁じられた事を話そうとした子供みたいだった。

「アキレア様、無理せずとも。難しそうであれば結構です。私だけに話そうとしていただいた事、感謝致します。」

「いえ、いいえ・・・そんなことはないわ。決して、そんなことではないの。」

ラファエルに優しく話しかけられて、アキレアは思わず首を横に振って否定する。その様子をラファエルは心配に思いながらも、じっと見つめていた。首を振り終え落ち着いたアキレアは息を静かに吸い、そして意を決した様子でラファエルを見つめ、口を開いた。

「この計画は、お父様がこの国をアメリカ合衆国への引き渡しを阻止する為。そのために、[目標]を手に入れて技州国がまだ〝戦える〟〝生きている〟ってことをアピールする為のものだったわよね?」

「ええ、そうでしたね。ですが、それとこの艦の存在に何の関係が?」

‐そんなことを今更・・・‐

そう思いつつ、ラファエルは額をポリポリと掻きながらアキレアの話を聞いていた。アキレアは続ける。

「それだけならこの艦は関係ないわ。けど、この[ストレリチア]の開発計画の〝発案〟と〝資金提供〟そして〝中止〟が全て合衆国の手によって決定付けられていたのだとしたら?」

「・・・それはどういうことで?」

ラファエルの眉がピクリと動いた。額を掻いていた手を止め、モニターに少し顔を近づける様に前のめりになる。

「この[ストレリチア]はおじい様の遺産、それは間違いないわ。けれど、その開発計画の全てが合衆国の主導で行われていたものだったの。初めは共同開発だったのだけれども、次第に合衆国の主張が強くなっていき、最終的には計画の主導権を譲渡しなければ国への資金援助を止めると脅してきたわ。」

アキレアは頭を抱え、溜め息を吐いた。

「お父様を含めた議会も反論したのだけども、当初の財政が厳しかったのでしょうね。首を縦に振らざるを得なかったそうよ。現場指揮を執っていたおじい様がこの事を知ったのは、開発の中止が決定してからだったわ。」

ラファエルの眉間に皺が寄る。確かに、当時は他国への技術提供が縮小化されていき経済があまり安定してはいなかった。だが、実生活が困窮する程ではなかった為に気にするほどでもなかったが、もしかしたら、それも合衆国の資金援助があったからかもしれない。アキレアは頭から手を放し、天を仰いだ。

「技州国は、[ストレリチア]を武力への新しい抑止力及びが宇宇宙探索用として開発していたのだけれども、合衆国の狙いは共同開発を通じて、技州国の技術の粋・・・おじい様の知識を奪うことだった。だけど、中々有益な情報が得られない事で焦りが出始めて、圧力を掛け始めた。」

アキレアの顔に、汚物を見るかの様に嫌悪感がにじみ出る。

「それでも、おじい様の知識は得られなかった。だから諦めて開発を中止させたのよ。まぁ、土台無理な話よね。天才の知識を凡人がそう易々と得られるなんて。」

アキレアは吐き捨てる様に言った後、ラファエルの視線に気づいて取り繕うかの様に笑顔を作り、必死に左右に手を振った。

「話が少し逸れてしまったわね。まぁ、自分達が中止を指示したにも関わらず、なぜ技州国が完成させた状態で保有しているのか。合衆国としては面白くは無いし、憤りを感じるわよね。そうなると、国の引き渡し計画にも支障が出る。お父様はそれを避けたがっているの。私としては、合衆国に尻尾を振る方が分からないわ。」

呆れた表情で首を振るアキレア。

「では、お父様の印象を悪くしようと、この艦を計画の一部に組み込んだのですか?」

ラファエルの問いに、アキレアは「んー」と唸りながら少し考えた後、ニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべながら口を開いた。

「正直、そこまでは考えていなかったのだけども。そうね、あの売国奴に一泡吹かせられると思うと、とても愉快だわ。」

アキレアの答えに、ラファエルは苦笑いを浮かべつつ「そうですか」と軽く相槌を打つ。〝綺麗な薔薇には棘がある〟と、日本のことわざがあるが、彼女の事を指すのだろう。しかし、本当に表情が豊かな子だ。そう思うと、途端ラファエルはアキレアの事を我が子の様に愛おしく感じた。

‐チクリと胸の奥が痛む‐

式典等では大人びて見えているが、実際はまだ十七歳の少女に過ぎない。

‐振り払おうにも振り払えない‐

決して飾らず、自分に正直な性格。国内で彼女が人気な理由が、今ならわかる気がする。

‐決して過去からは逃れられない‐

「艦長、大気圏外突入に必要な高度まで達しました。」

総舵手の報告に我に返るラファエル。胸の痛みは消えている。

「ごめんなさい、長々と話してしまったわね。引き続き、[ストレリチア]の事を宜しく頼むわ。しかし、おじい様は何でこの事の記録を残さなかったのかしら・・・」

少し難しい表情をした後、直ぐに笑顔に切り替え画面に手を振りながらアキレアは通信を切った。「分かった」と総舵手に返事をした後、ラファエルは胸を軽く擦りつつディスプレイが浮かんでいた空間を見る。あどけない十七歳の少女は、もういない。ラファエルは深く深呼吸をする。

「ホント、今日は厄日だな。」

そう一人呟くと、ラファエルは艦内通信のボタンを押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る