第一幕/出立 [家出]第1話‐1

 ーソウシード技州国、某所地下。超大型ドッグ内。大型宙間高速航行機動艦[ストレリチア]艦橋ー

 艦長のラファエル・ホープキンスは艦長席に胡坐をかく様に中途半端に足を組みつつ、液晶端末を片手に眉間に皺を寄せながら目頭を押さえていた。老眼からか、液晶端末の文字がぼやけて見える。だが、拡大しようにも端末の設定を弄らなければならないのと、拡大の影響で一つの文章をいちいちスライドをしなければならなくなるのが面倒だ。歳は取りたくないものだ、とラファエルは仕方なく胸ポケットに掛かっている老眼鏡を取り出す。同時に胸ポケットから一枚の紙がふわりと宙を舞い、ラファエルの足元に着地した。ラファエルは急いでそれを取り上げると、大事そうに胸ポケットにしまい、安心した様に息を吐いて老眼鏡を掛けた。内容は[ストレリチア]への搬入物報告書だ。航行予定の一か月を裕に過ごせる程の食糧、大型プラントと庭園の肥料、英気を養う娯楽品。様々な物がストレリチアに搬入されてくる。しかし・・・

「無茶苦茶だな・・・」

苦々しい表情をしながら呟く。いくら今まで開発された宙間航空機の中でも超がつくほど大型艦とはいえ、野菜等を育てる大型プラント、乗組員のストレス緩和やリラックスの為の庭園や、閉鎖空間での娯楽として軽いショッピングモールとゲームセンターまで完備しているとは、いくら何でも出鱈目が過ぎる。元々ストレリチアは宙間でも航行可能な大型戦艦として開発されており、どんな状況にも対応できるように弾薬庫や武器庫、予備パーツ等を保管する倉庫になる予定で多くのスペースが作られていたのが、今ではその殆どが娯楽施設と化している。

‐豪華客船で旅行する訳でもあるまいし‐

ラファエルは心の中でそう思い、溜め息を吐きながら目の前のデスクに液晶端末を置き、マグカップを手に取る。コーヒーの香りが鼻腔を擽る。コーヒーを口に運びながら、ラファエルは高台になっている自分の席から艦橋全体を見渡した。

艦橋と言っても一般的な戦艦の艦橋とは違い、[ストレリチア]の艦橋は艦の中・・・中央ブロックに存在し、外の状況は艦表面の艦外カメラで確認する様になっている。白と青を基調とした、埃ひとつない、ちょっとしたホール位の広さがある艦橋。そんな広い艦橋の中に同じ色彩の、中央が少し窪み、角が丸い半円型のデスクが等間隔に並んでおり、数名の乗組員がデスクに向かって作業を行っていた。デスクには空中ディスプレイが浮かんおり、ディスプレイの映像と端末を交互に見ながら乗組員たちはキーボードを操作して各々の作業を行っている。正面にはのっぺりとした大きな白い壁。これは艦外カメラからの映像を映し出すためのスクリーンだ。壁に近い中央の、他のより一回り大きいデスクには有人操舵の際に使う様々な計器と二対の操縦桿が備えつけられている。艦橋の真ん中には円柱の「何か」が鎮座している。これに関して艦長のラファエルもあまり詳しくは聞いておらず、新型のセンサーか何かということしか解っていない。

ラファエルは、マグカップを操舵席と同じく一回り大きい自分のデスクに置いて、口髭を撫でつつ少し体を横に傾けて訝しげに足元の方を見る。

ラファエルの席、即ち艦長席から数歩進んだ先は階段で、そこを降りると[ブレインルーム]と呼ばれる部屋に到達する。[ブレインルーム]はAI制御されている兵器・・・あの人形達に細かな指示を出す部屋なっており、指紋や虹彩の情報を登録した人間のみが入れる仕様になっている。

「わざわざ艦橋に作らなくても」と乗組員がボヤキに対し、「艦の中央に存在し、且つ丈夫な作りになっている艦橋が一番安全なのだろう」と、‐指示した人間に呆れつつも‐説いたことがある。ラファエルは椅子に座り直すと再び艦橋全体を見渡した。青と白の清潔感のある空間。空中ディスプレイが備えつけられているデスク。大型スクリーンの役割を果たす壁。艦橋の中央に鎮座している円柱状の「何か」。人形達へ指示を出す部屋。

‐まるでSF映画の中・・・いや、日本のアニメーションか?‐

近未来な、現実離れした空間に対して抱いた感想に苦笑しつつ、ラファエルは液晶端末に手を伸ばした。が、搬入物の確認が少し億劫に感じ手を止める。そして溜息を吐きつつ、少し休憩しようと老眼鏡を外して胸ポケットしまい、軍帽を目深めに被ってそのまま浅い眠りについた。


「技州国宇宙軍少佐、ラファエル・ホープキンスは貴殿で間違いないか?」

半年前。ラファエルが新聞読みながら食後のコーヒーを楽しんでいるところ、スーツを着た男が執務室にノックもせず無断で入ってきた。ラファエルはちらりと男の方に目を遣る。着ているのはスーツだが、胸に付いているネームプレートから男たちが軍の情報局の人間だということは分かった。ネームプレートのラインから察するに、階級はラファエルよりは下だ。

「ノックぐらいしろよ。最低限の礼儀くらいは守ったらどうだ?」

マグカップをデスクに置き、新聞を折り畳みながらラファエルは文句を述べた。

「失礼。緊急性も、秘匿性も高い要件なものでね。」

折り畳んだ新聞をマグカップの直ぐ傍に置き、掛けていた老眼鏡を外して胸ポケットに引っ掛けた後、ラファエル男を真っすぐ見据えた。情報局の軍人はネクタイを締め直し、襟を正す。

「私はグレイヴ。技州国軍情報局の特務大尉だ。以後お見知りおきを。」

「で、その情報局の特務大尉殿が俺に何の用だ?」

ラファエルはグレイヴから差し出された手を無視して質問を投げかけた。

「ああ、そうだな。話を進めた方が良いか・・・。私は、ある人の命を受けて貴殿の所に来た訳だが・・・」

グレイヴは少々寂しそうに手を引っ込めると、ポケットから端末を取り出し、それを操作する。同時にラファエルのPCの画面に新着メールのポップアップが表示された。

「今日の午後九時、先程送った添付ファイルの場所に来ていただきたい。」

ラファエルは少し気だるそうにマウスを操作してPCのメールボックスを選択し、グレイヴから受信したメールと添付ファイルを開いた。メールには、グレイヴが言った指定の時刻まで添付ファイルの場所に行くこと、そして誰にもこのやり取りについては話さない事、一度読まれたこのメールは自動的に削除される旨が記載されてあった。添付ファイルは指定された場所・・・ここ宇宙軍基地から二時間程度の距離にある遺棄された実験施設の地図が記されていた。

「メールに書いてある通り、私とのやり取りは他言無用でお願いしたい。」

ラファエルはメールと地図を見つめながら眉を顰める。

「他言無用とは言っても、目的も何も話してないじゃないか?」

「それでも、だ」

グレイヴは先程まで穏やかだった口調を一変させ、威圧するかの如く、静かに語気が強めた。ラファエルはやや気圧された様に少し目を丸くする。グレイヴは咳払いをしてから姿勢を正し、穏やかな笑みを作った。

「目的ついては、現地に着いてからのお楽しみにしておいてくれ。では、私はまだ任務があるので。」

グレイヴはくるりと綺麗に回れ右を行うと、そのまま執務室への出口へ向かった。

「あー、ちょっと待ってくれ。一つ確認なんだが・・・」

ラファエルの呼び止める声にグレイヴは振り向く。

「もちろん俺以外にも、そのー・・・指令が下った奴がいるのか?」

「ああ。規模までは詳しくはお教えできないが、相当数に下っているとだけ言っておく。この後も、別な人員の所に行く予定なんだ。」

グレイヴはハッと思い出したように、ラファエルの方に向き直し、大股で近づいていく。

「ああ、すまない。これをやっておかないと施設には入れないんだったな。」

ポケットから端末を取り出し、操作した後、画面を見える様にしてラファエルに差し出した。

「指紋の登録だ。どの指でも構わない。画面にタッチしてくれ。」

ラファエルは眉間に皺を寄せつつ、人差し指で恐る恐る端末の画面をタッチした。ピロンと、軽快な音が執務室に鳴り響く。

「これでOKだ。入口で指紋認証が求められるのでね。さっきと同じように人差し指で画面をタッチしてくれ。では、私はこれにて。」

穏やかな笑みを残したまま、グレイヴは敬礼をし、回れ右をして執務室を出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る