第一幕/出立 [邂逅/前]第3話-1

操舵室。暗闇の中。沢渡はコンソールの裏側に手を伸ばし、装着されている非常用のペンライトを手探りで探していた。固い物が指先に触れ、沢渡は急いでそれを掴んで、引っ張りだした。暗闇で見えない中でスイッチの場所を見つけ出し、試しに押してみる。ライトの先端から、この暗闇では少々眩しい程の光が点いた。

「良かった・・・流石にこれは点いてくれるか。」

沢渡はホッと胸を撫でおろした。

「沢渡さ~ん・・・」

声のする方向にライトを向けると、怯えた表情のなんとも頼りない副機長の顔が照らし出された。向けられた光が少し眩しかったのか手で光を遮り、目を細めている。非常事態で怯えていながらも、知っている顔と声が聴けて、沢渡は少し安心した。

「なんなんすか?さっきの西洋甲冑みたいな奴は?」

沢渡がライトの光を調節している中、副機長が沢渡に聞いた。「あー・・・」と沢渡は生返事をしつつ、拡大させた光で操舵室の状況を確認した。やはり、全ての電子機器の電源が落ちており、航行は不可能な状況だった。

「アイツが突然近づいてきて、その後、航空機が衝突してきて、そして突然暗くなって・・・もうめちゃくちゃですよ。」

副機長が口を尖らせながら文句を言う。沢渡は、周囲を照らせるようにライトをどこか固定できる場所が無いかと探していたが、そういった場所は見当たらず、仕方ないと肩を落としながら手で持つことにした。

「ちょっと、沢渡さん。聞いてます?」

返事のない沢渡に、少し憤りを感じる副機長。沢渡はため息を吐きながら横目で副機長を見る。

「不安なのは分かるが、口を動かす元気があるんだったら、少しは事態の改善を考えたらどうだ?」

冷静な沢渡の指摘に、副機長は小さく「すいません・・・」と返事をする。言っている事は確かだが、少し納得がいかない。しょげてしまった副機長に対し、沢渡は言い過ぎたか?と思い、肩を優しくポンポンと叩く。

「すまん。少し冷たかったな。不安を覚えるのは分かるが、俺達が慌てても事態は好転しない。だから今出来る事を探すんだ。」

副機長は静かに頷く。それを見た沢渡も頷き、そして周囲を見渡す。ああは言ったものも、自分達に出来る事なんて本当にあるのか?しかし・・・

「こんな所にアレと遭遇するとはな・・・」

「沢渡さん、あの甲冑野郎が何なのか知ってるんすか!?」

驚愕の表情で副機長は沢渡の方を向く。副機長の勢いに少し気圧されながらも「まあな・・・」と沢渡は小さく返事をした。

「2,3年位前だったか。うちの社長が技術博覧会の招待を受けてな。社長とは他に会社内で数名が参加できて、パイロット代表ということで社長の推薦を受けて、俺も参加にすることになったんだ。」

技州国が開催するworld technology show・・・日本では技術博覧会と呼ばれており、前国家元首が逝去されてから開催頻度は減ったものも、それでも数年に一度は開催している。

一般向けに公開されているブース等が大多数だが、その殆どが既存の技術を応用したものや、事前情報があったりするものばかりで、まだ世に出てない最新鋭の技術は、技州国から招待された各国各機関のVIPや一部報道機関にしか披露しない体制をとっている。そんなイベントに、さらに招待客として参加した沢渡を副機長は少し羨まし気に見つめていた。沢渡は肩を竦める。

「まぁそんな羨まし気に見るなって。宇宙開発や航空機関連以外さっぱりだったんだから・・・っと話が逸れたな。そこで招待客限定で行われるちょっとした軍事演習を、メイン会場とは結構離れた所で見ることになったのだが・・・」

手に持ったライトの光を見る沢渡。目が慣れてきたのか、点けた当初より眩しく感じなくなった。

「会場に入る際に所持している電子機器全ての電源を切るように言われてな。たかだか軍事演習で、不思議だろ?まぁ、俺は素直に従って切ったんだが、指示に従わず会場内で隠れて電源を入れ直した客も居たんだ。」

軍事演習で電子機器の電源を全て切るように言われる・・・確かに奇妙な話だと思いつつ、副機長は静かに話を聞いていた。

「そんな中演習が始まって、演習場に1機のVTOL輸送機が侵入して、上空を滞空し始めた。数分経った後、その中から人型の何かが飛び出してきた。それがあの騎士だった。」

ビシッと沢渡はライトを正面のモニターに向ける。モニターは依然沈黙した状態。何も映し出していない。沢渡のポーズに呆然と眺めている副機長の視線に気づき、沢渡は恥ずかしそうに頬を掻いた。

「肩とか細部は違っていたけどな。演習中に「陸空海、果ては宇宙まで適応できる装備がある」って説明があったから恐らく俺達が見たのは宇宙用の装備だろう。演習場のど真ん中に着地した騎士に対して、技州国が行ったのは、まず耐久テストからだった。最初は小銃、次に対物ライフル、ロケットランチャー、そして設置型の光学兵器。全て直撃したにも関わらず、騎士は微動だにしなかった。光学兵器に至っては全て弾いて粒子に変えていった。最後に出てきたのはAI制御の戦車だった。戦車は騎士に向かって一発砲弾を撃ったんだが、これも直撃したのにも関わらず、着弾の爆発で土煙が舞い上がっただけで騎士自体は無傷だった。」

戦車砲でさえ傷をつけられない堅牢な装甲。一体何をどうすればそんなものが作れるのか。

「その後、戦車の機銃と砲弾の中をかいくぐって、戦車に接近するという機動性テストが行われたんだが、騎士の動きが人そのもの挙動をしながらも、戦車の行動を先読みしているかの様に、時に走り、高く跳躍して戦車の攻撃を回避し、人の超えた動きを見せつけた。いやはや、オリンピック選手もビックリな動きだったよ。」

その時の記憶を思い出して興奮する沢渡。そんな沢渡を副機長はジトッとした目で見つめる。沢渡は「ああ、すまん」と一つ咳払いをし、話を続けた。

「ついに戦車に数mの所まで接近した騎士は足を止め、戦車を正面に捉えた。戦車が機銃の銃口を騎士に向けようとした時、突如騎士の左肩に装着されている箱から白い煙が噴き出したんだ。同時に周囲の客が騒めきはじめ、何事かと様子を伺ってみると、どうも隠れて撮影用の小型カメラや携帯端末等の電子機器の電源を点けていた客が、突然画面が乱れ始めたり、電源が急に切れて、点け直しても反応しないと騒いていたんだ。」

何かに気づいた様に、副機長はハッとした表情で沢渡を見た。沢渡は頷く。

「戦車の方にも異常が見られ、騎士に砲塔と機銃が不自然に動きだして、騎士の方をまともに捉えていなかった。煙が晴れると騎士は右手に一本の〝槍〟を持っていた。騎士はその槍を戦車に向けると、戦車の砲塔と機銃が拒絶するかの如く、狂ったように激しく動き回った。そのまま騎士は槍の矛先だけゆっくりと火花を散らしながら戦車に突き刺すと、戦車は完全に沈黙した。」

真っ暗なモニターを真剣な眼差しで真っすぐ前を向く沢渡。

「シャトルの電子機器が軒並みダウンしたのは、あの騎士が〝槍〟を取り出したからだって事だ。騎士が自動人形って事は最後に分かったんだが、まだ試作段階で、配備されても主に国を守る為に使われ、滅多に国から離れないそうだ。」

「なんでそんなものがこんな所に?」

「さぁな」と、副機長の言葉に首を振りながら沢渡は肩を竦める。

「しっかしまぁ・・・砲弾でも無傷な装甲、人の柔軟さを持ち合わせつつも人以上の動きをとれる機動性、おまけに電子機器をイカれさせる〝槍〟ときたもんだ・・・現実離れしすぎだろ、チートくせぇ・・・」

副機長は手を組んで体を伸ばした。副機長の言葉に沢渡は苦笑する。確かに、あの騎士に使われている技術は今の世界にとってあまりにも行き過ぎた・・・本当に現実離れしている様に感じる。あの巨鳥もそうだ。あんな巨大なモノが現実の宇宙にいるなどと、誰が予想できるだろうか。まるでフィクションの世界だ。

「ちなみに、名前はどんなんだったんすか?」

思い出したかの様に副機長は沢渡に聞いた。

「さぁ?演習中は〝試作型の戦闘用自動人形〟としか日本語でアナウンスされなかったな。」

顎に手を置きつつ、難しい顔をする沢渡。

「さいでっか・・・。てか、沢渡さん。聞いておいてなんですけども・・・そんな情報漏らしても大丈夫なんすか?」

心配そうな顔をしている副機長に「大丈夫、大丈夫」と、沢渡は副機長に手をヒラヒラとさせながら笑う。日本の報道機関や出版関係の姿もあったし、槍の所為でカメラがお釈迦になってしまいニュース等では見なかったが、今ではどっかの雑誌では掲載されているだろう。しかし・・・「なぜこんな所にいるのか」か。先程の副機長の言葉を思い出し、思考する沢渡。あの騎士たちが本当に博覧会で見た自動人形であれば、それを搭載している巨鳥は一体何を乗せているのだろうか?国を左右するような最新鋭の技術。それとも、議会議員、もしくは国家元首関連の重役・・・。幾ら考察してみようとも、どれもいまいちピンとこない。どっちにせよ、技州国にとって余程大事なモノというのは間違いないはずだ。

考えていても仕方がない。沢渡はライトに照らされた操舵室を再び見渡した。どの計器やモニターも今すぐに復旧する兆しはなかった。真っ暗になって咄嗟の判断でライトを探したが、今思えば非常灯の明かりも点いていない。酸素供給システムは予備に切り替わったのか、それとも影響を受けなかったのか。少々都合が良すぎると思いつつも、不幸中の幸いと改めて胸を撫でおろす。今はこの状況をどう乗り切るかだ。「事態の改善を」と、副機長に言ったものも、あまり思いつかない。非常用のライトを探し出して、周囲の状況を把握しただけだ。客室へ行こうと自動ドアを無理やりこじ開けようとも、この無重力の中で上手くいくかどうか。現状、操舵室で出来ることはかなり限られているか・・・。沢渡はそう思いつつ、同時に他人に偉いことは言えないな、と大きく息を吐いた。

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