第一幕/出立 [邂逅/前]第3話-2

「あれ?おかしいな・・・電源が入らない・・・」

マコトは何とか手探りでポケットから取り出した携帯端末の電源を入れようと試すも、一向に反応がなかった。暗闇。何も見えない。非常灯も点かない。客室が暗闇に包まれてから数分。最初こそ悲鳴は上がったものも、今では客室全員が何とか光源を手に入れようと、携帯端末を探し電源を入れてみたり、足元の荷物入れから手探りでライトの代わりになるものを探している。周囲からカチカチと音だけが聞こえる。携帯端末を取り出し、電源を入れようと試しているが、マコトと同じく電源が入らない様だ。

「おい、マコト。大丈夫か?」

前の席からマコトに聞こえるトーンでユウヤが話しかけてきた。

「うん、大丈夫。ユウヤの方は?」

「俺は大丈夫だが、携帯の電源が入らない。なんかライトの代わりになるものが無いか探している所だ。ああ、クソ。何も見えない。」

ユウヤは見えない事に悪態を吐きながらも、手探りで荷物からライトの代わりになるものを探している。ゴンッと衝撃音と「痛って!」とユウヤの声が重なる。どこかぶつけたらしい。「大丈夫?」と、心配そうにマコトは声を掛けるが、ユウヤから「俺の事は心配するな」と少しぶっきらぼうに返事が返ってきた。ユウヤの方から刺々しさを感じた。

「一ノ瀬君、あまり無理をしない方がいい。下手に動いて怪我でもしたら一大事だ。」

ノブヒトは落ち着いた口調でユウヤに声を掛けた。マコトはノブヒトの方を見るが暗くて何も見えない。ただ、動いている気配が感じられず、静かに、冷静にシートに座っている様に感じ取れた。ユウヤは舌打ちをする。

「先生は随分余裕がお有りの様で。こんな状態を解決する妙案でも思いついたんでしょうかね?」

ユウヤの嫌味に、ノブヒトは静かに首を横に振った。

「こんな暗闇で〝不安〟なのは仕方ないけど、そんな時に行動したところで結果は悪い方向に転がるだけだよ。一度目を瞑り、静かに深呼吸するといい。」

ノブヒトの言葉に、ユウヤは言葉を詰まらせてしまった。二人の間に張り詰めた空気と静寂が流れる。暫くするとユウヤの方から大きく息を吐き、「あー!」と苛立ち、頭をむしゃくしゃに掻きむしった。その後、静かになったと思ったら、息を吸って吐いている音が小さく聞こえる。

「すみません、先生。生意気な事言って。」

ノブヒトが座っている方を向いて、謝るユウヤ。

「別に、〝怖い〟っていうのは悪い事ではないよ。ただ、それに囚われてしまって悪い方向に行ってしまうのが一番〝怖い〟んだ。そういう時は、静か深呼吸して、落ち着いて、何が〝怖い〟のかって自分と向き合うといいよ。」

ノブヒトは暗闇の中で微笑んだ。途端、自分が言っている少しクサく思えたのか‐暗闇で全く分からないが‐顔を赤くしつつ頬を掻く。

「・・・って、はは、なんか偉そうなこといってごめんね。」

ノブヒトは言い終わると少し息を吐く。

「さて、この真っ暗闇を照らす明かりだけど、残念ながらボクの荷物の中にはないね・・・いやはや申し訳ない。」

「別にいいっすよ。自分も何を入れてきたか思い返してみたら、光源の代わりになるようなものなんてなかったですし。」

光源の代わりになるものを持っていないと謝るノブヒトに、ユウヤは必死にフォローを入れる。そんな二人のやり取りを聞いていて、ふとマコトはこの場に一人居ないスズネの事を思い出した。

「そういえば、委員長は大丈夫かな?」

三人は後方の席に耳を澄ませた。子どもの嗚咽が聞こえる。

「くらいよ・・・こわいよ・・・」

「大丈夫。さ、手を出して。お姉ちゃんはここに居るから。」

子どもは手をスズネが座っている隣の席の方へと差し出す。スズネはその手を「大丈夫、大丈夫」と何とか探り当て優しく握った。スズネ達はどうやら無事の様だ。この暗闇でもパニックにもなっておらず、隣に座っている子どもを安心させようとしているらしい。スズネの無事にホッとユウヤは胸を撫でおろす。

「委員長の方は大丈夫そうだな。全く、こういう時に胆が据わっているというかなんというか・・・」

「すごいね。若宮さんは。こんな状況でも落ち着いていて。普通だったら怖くてたまらないはずなのに。」

この状況下でも落ち着いているスズネに対し、ノブヒトは称賛の言葉を口にした。ノブヒトの言葉に同意の意味でマコトは頷く。まだ子どもの嗚咽は聞こえているものも、スズネが手を握る前よりも、呼吸が整い、えずくのも少し収まってきて、少し落ち着いてきた様だった。

「マコト。このシャトルが、今どういう状態なのか分かるか?」

不意にユウヤはマコトに質問を投げかけた。「ああ」とマコトは返事し、少し考えた後口を開いた。

「停電や携帯の電源が入らないのは解らないけど、今僕たちが普通に呼吸できていることから酸素供給システムは何とか生きているはず。時間が経てばもしかしたら復旧するかもしれない。けど、それ以上にシャトルにデブリ処理用の航空機が衝突したのがね。多分無重力空間だから、衝突した速度のまま宇宙空間を流れていっている・・・かも。」

「な!」とユウヤは驚愕の声を上げた。

「流れていっているのを感じないのは、視界がゼロだってことと、特殊溶液であまりGを感じないからかな。あくまで推測でしかないけどね。」

マコトの推測に、ユウヤは口を何か言いたげにパクパクしているが、言葉が出てこない。宇宙空間を衝突した速度のままで漂流している。結構な勢いで衝突してきたことを思うと、今こうして話している内でも、元の場所からかなり遠ざかっているだろう。電気が復旧すればワープドライヴ等が使えるが、それの目途も立っていないし、本当に復旧するか分からない。

「なぁ、俺らって助かるのか・・・?」

「それは・・・」とマコトは言った後、一拍おいて「なんか不安がらせてゴメン・・・」と、謝罪の言葉をボソッと呟いた。

‐そうか、俺らは助からないかもしれないのか‐

もしかしたら死ぬかもしれない。だが、ユウヤは不思議と不安や恐怖が感じられず、諦めが心を覆いつくしていた。

‐あーあ、俺の人生ここで終わるのか?まぁ、まだ色々やりたい事はあったけど、ここまで何とか生きてきたし、十分なのかもしれないな‐

ユウヤは大きく息を吐く。

「ボクは大丈夫だと思うな。」

ユウヤが失意と諦めの底へ沈む中、ノブヒトははっきりとその言葉を口にした。ユウヤはノブヒトの方向を睨む。暗闇で何も見えないが、口元には笑みが浮かび、その目には確信が満ち溢れている様に思えた。

「クソ!どうなってやがる!携帯も点かないし、照明も真っ暗だ!」

中年男性の大声と共にシートを思いっきり蹴る様な音が漆黒の中に響き渡った。「きゃっ!」と小さな悲鳴が上がった。

「クソ!クソ!クソ!何で俺がこんな目に合わなきゃならないんだ!」

中年男性は怒鳴る度にシートを蹴り続けた。それが呼び水となってか、周りの客も「なんでこんな目に」「もう嫌」「まだ死にたくない」等、現状に対しての不安や恐れの声が上がり始める。少し落ち着いていたと思っていた子どもが周りの空気に誘発され、今度は嗚咽ではなく声を上げて泣き始めた。

「お客様、落ち着いて。操舵室と連絡を取り、現在機関室にて対応中の事なので、暫くお待ちください。」

客室全体聞こえる様に声を張り上げなだめようとするハルカ。だがその声には隠し切れない不安と焦りが混じっている。マコトは眉をひそめた。ハルカが座っている方からは会話等が聞こえてこなかった。恐らく操舵室と連絡が取れたというのは嘘だろう。だが、嘘でもいいから虚勢を張らなければ客室は落ち着かないし、ハルカ自身も押しつぶされそうになっていた。

「うるせぇ!地球に帰ったら貴様らの会社を訴えてやる!俺の手に掛かれば貴様らなんて軽く捻りつぶ・・・」

ぐわん。突如、シャトルが揺れ動いた。乗客の悲鳴と中年男性の「なんだぁ!?」と間抜けた声が響き渡る。マコトは反射的に周りを見渡そうとしたが真っ暗で何も見えず、意味がないことに気づいた。

「やっぱり、ね。」

隣からノブヒトの呟く声が聞こえる。「え?」と、マコトがノブヒトの方を向いた時、急に体が左側へつんのめる様に引っ張られた。あまりの勢いにマコトはノブヒトの腕に顔を思いっきりぶつけてしまった。

「先生、すいません・・・」

痛そうに鼻を押さえつつ、くぐもった声でマコトはノブヒトに謝罪した。「大丈夫?」と、ノブヒトは心配そうにマコトに声を掛ける。「大丈夫です」と返事をし、まだ痛みが残る鼻を擦りつつ、マコトは何が起きたのかを考えた。突然揺れたシャトル。その後、勢いよく体が左側・・・衝突されて流されている方向とは逆の方向に引っ張られた。もしかして・・・

‐何か外的要因によって流れているシャトルの動きが止められた?‐

マコトは口を押える。宇宙空間で〝何か〟によってシャトルの動きを止めた。〝何が〟シャトルを止めたのか。直近で間近に思い当たるとしたら、状況も含めて答えは一つしかなかった。直後、シートに軽く押さえつけられる感覚がマコトを襲う。恐らくシャトルが前方方向に急加速したのだろう。推測が正しければ向かう場所も一つだ。突然漂流が終わり、別な方向へ動き出したシャトルに、ハルカも含め客室に居る殆どの人間が戸惑っていた。唯一例外なのは、何かを知っていたノブヒトと、推論を立てていたマコトの二人だけ。だが、マコトの心には向かう先に「何が待っているのか」、「何をされるのか」と、不安が過っていた。徐々に体を押さえつけられる感覚が弱まっていく。シャトルが減速し、目的地に近づいている証拠だ。マコトは何とか別なことを考えて、緊張と不安を紛らわそうとしたが、上手くいかない。

「大丈夫かい?結構緊張しているみたいだけど。」

ノブヒトがマコトの様子を悟ってか、心配そうな声で話しかけてきた。「ええ、まぁ」と、マコトは苦笑いを浮かべる。

「そうかそうか。まぁ、天野君が考えている通りの場所に向かっていると思うよ。けど。そんな悪い事されないって。だって、こっちが被害者なんだし。」

「ははっ」と、ノブヒトは笑って見せる。

‐そうか、こっちは巻き込まれただけ。非があるとするならばあっちの方だ。堂々としていればいい‐

ノブヒトの言葉で、マコトは考えを切り替えたが、胸の奥にはまだ不安が小さく巣くっていた。

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