第一幕/出立 [邂逅/前]第2話-2

「どうしたんだろう?」

マコトは突然下りてきたフレームに驚きつつも、それ以外に何も起きない事に対して疑問を抱いていた。恐らくシャトルはここから離れるつもりなのだろう。移動している最中に航空機や人影が光学兵器を撃ってきた際に備え、対光学コーティングが施されているフレームを下げるまでは解る。しかし一向にそのあとのアクションが無い。マコトはふと窓側を見る。外部カメラの映像はついたままだ。その後、マコトは自分の席から背を伸ばし、可能な限り客室を見渡す。客室はパニック状態が続いていた。老夫婦が念仏を唱える声や、若い女性がすすり泣きながら「死にたくない。死にたくない。」と呟いているのが聞こえてくる。

中年男性も「なんで俺がこんな目に・・・」とシートにしがみついており、それに対してハルカが何とかシートに座らせようと努力している。「あなたが宇宙旅行に行こうというからこんな目にあったのよ!」「なんだよ!俺の所為か!」子どもの親は口喧嘩をしていた。不安でいっぱいになったのか子どもが泣き出し、スズネが「お姉ちゃんがついているから、大丈夫」と励ますも、泣き止む様子はなさそうだった。ユウヤの席から何も聞こえず、静かだった。マコトはシートに座り直し、隣を見る。他の客がパニックになっている一方、ノブヒトはシートベルトをして落ち着いて座っている。

「おや、天野君は大分落ち着いているね。」

マコトの視線に気が付いたのか、ノブヒトは穏やかな笑みを見せる。「それはこっちの台詞」と、心の中で思いながも、こんな状況にも関わらず落ち着いて、且つ笑みを見せているノブヒトに対して、少し薄ら寒いものを感じた。

「先生は・・・怖くないんですか?さっきの光学兵器・・・さっきは掠めただけだけど、今度は直撃するかもしれないんですよ?」

「怖いよ。けど、慌てたってシャトルの中じゃ、どうしようにもならないからね。まぁ、なんとかなるさ。」

‐確かにこのシャトルのなかではどうしようもないが、死ぬかもしれないのに、恐怖心とか緊張感は無いのだろうか?‐

達観しているノブヒトの言葉に半ば呆れたマコトは、窓の外部カメラの映像に目を向ける。まだ戦闘が続いていたが、航空機の数は後四、五機位しかおらず、巨鳥陣営の勝利は目前だった。

「さっさとシャトルを出せ!あのクソ機長なにやっているんだ!」

シャトル中に、中年男性の怒号が響き渡る。ハルカは「いいから座ってください!」とまだシートに座らせようと奮闘するも、男は話を聞かない。

「もういい!俺直々に操舵室に行って操縦してやる!」

男はハルカを突き飛ばす。体勢を崩されたハルカは、無重力空間の中突き飛ばされた勢いのまま、背後の壁にぶつかりそうになるも、何とかシート脇の手すりに掴まり体勢を整え、事なきを得た。中年男性は舌打ちしながらハルカに一瞥をくれて、操舵室への階段へ向かう。

「ヒィ!」

突如、老夫婦の席から素っ頓狂な声が聞こえた。老婦人は、震える腕で必死に窓の外部カメラの映像を指さしている。操舵室へ向かおうと中年男性も動きを止めた。老夫婦と同列に居るマコトも、急いで外部カメラの映像を老夫婦の席から見える光景に切り替える。

「な・・・んだ・・・?」

映像を見たマコトは大きく目を見開く。

それは2m強の白銀の西洋甲冑。甲冑とは言い表したものも、ガッチリとはしておらず、全体的にスマートな見た目で、遠くから見ても甲冑とは気づかない。体のバランスと比較して、少々肥大化し角ばった肩にギリシャ数字で[Ⅵ]刻まれ、背中からは蒼い光の翼が生えている。肥大化した肩とは対照的なシャープな腕がスラリと伸びており、右前腕部には光弾と光線を発していたであろう細長い箱・・・光学兵器が装着されており、左手が添え得られている。左肩にも、腕についているものよりも細長いが、箱の様なものが付いていた。甲冑全体には特に装飾等は彫られておらず、無骨な印象を持つものも、胴体部分のなだらかな美しい曲線になっており、気品さが感じられる。鋭角で少し前に突き出た兜には、スリットが数本入っており、そこから光る双眸がこちらを睨んでいた。

〝天使〟ではなく翼の生えた〝騎士〟。今まで戦闘してたであろう人影の正体が、今目の前に映し出され、息をのむマコト。すすり泣いていた女性も、泣き叫んでいた子どもも泣き止んでいた。中年男性も唖然とした表情で映像を見えている。突如出現した白銀の騎士により、客室はいつの間にか静まり返っていた。マコトはノブヒトが言っていた自動人形の事を思い出していた。【技州国が誇る最強の兵士】【陸海空、ありとあらゆる戦場を支配する】【戦争行為への最大の抑止力】【人類の守人】。マコトは外部カメラの映像を自分の席側から見える風景に切り替える。これがそうなのか?そんなものがなんでこんな所に?駄目だ。考察しようにも、考えが纏まらない。白銀の騎士は観察するようにゆっくりとシャトルを横切る。騎士の放つ圧力で、客室の誰一人として声を上げなかった。

「!座って!早く!」

静寂は破られた。ハルカが何かを感じ取ったのか、呆けている中年男性を力づくでシートに腰を掛けさせた後、直ぐにシートベルトを締め、自分も急いで通路を挟んで反対側の席へ座る。白銀の騎士が、丁度マコトの席を通過しようとした時だった。後ろから何か近づいてくる。騎士も接近する何かに気づき、そちらの方向を振り向く。だが遅かった。航空機が作業用クローアームを広げて騎士に突進してきた。騎士は反応するも、避けきれず背中をシャトルに押し付ける形で航空機と衝突する。揺れる機内。幾ら耐G性能に優れていようが、衝突の衝撃は和らげられない。突進された方向とは逆に引っ張られる身体。マコトの目の前でスズネが頼んでいた宇宙食が凄まじい勢いで壁に叩きつけられた。再び上がる叫び声、叫び声、叫び声。必死に肘掛けで体を支えながらマコトは窓の映像を見る。翼が消えた騎士の背中が映し出されている。騎士は抜け出そうと必死にもがこうにも、どこか体を航空機に固定されて脱出できないらしい。どこから出てきたのか、緑色の液体が宙を舞っている。航空機が騎士に向かって至近距離で光線を放った。騎士にはそれを回避できるはずもなく、胴体に直撃するものも、光の粒子となって弾けていく。航空機は諦めずに光線を放つが、全て弾かれて粒子へと変換される。航空機の攻撃を無視し、なんとか抜け出そうともがいていた騎士だったが、諦めたのか次第に大人しくなっていった。突如、画面が霧に近い白煙に覆われる。何だ?とマコトは細めた目で画面を凝視する。

チラリと騎士の左腕が肩の箱に伸びていくのが見える。‐少し、画面が乱れる‐

箱に手が届き、何かを掴もうとしている。‐照明がチカチカと点滅し始めた‐

騎士が〝何か〟を掴んだ。‐画面が大きく乱れる‐

騎士が〝何か〟を引き抜く。‐画像が乱れすぎて殆ど何も見えない‐

画像が途切れた。同時に機内の照明も消えた。何も見えない。客席は暗闇に包まれた。

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