第一幕/出立 [邂逅/前]第2話-1
普段と違うノブヒトの雰囲気に気圧されながらも、マコトは口を開く。
「先生、あの鳥から出てきた人・・・みたいなの。アレが何なのか知っているんですか?」
突然声を掛けられて「おおっ」と驚きながらマコトを見た後、再び視線を窓の外へ戻し「まぁ、ね。」と返すノブヒト。
「たまたま読んだ、軍事モノの雑誌にね。技州国が自動人形(オートマトン)の軍事発展型の開発に成功したみたいなことが書いていたのさ。」
ノブヒトは続ける。
「読んだ雑誌には、その自動人形の事【技州国が誇る最強の兵士】【陸海空、ありとあらゆる戦場を支配する】【戦争行為への最大の抑止力】【人類の守人】と評していたのを覚えているよ。」
最強の兵士?抑止力?人類の守人?ノブヒトが読んだとされる軍事雑誌の大袈裟とも思える凄まじい評価に「そんなモノあるのか?」と、マコトはにわかには信じられなかった。ノブヒトが嘘を吐いていると思ったが、その表情は真剣そのもので、それにこんな状況で嘘を吐くような人物には思えない。巨鳥から出てきた人影が次第に加速していき、航空機達へと近づいていく。
「ま、あの鳥から出てきた人型の影がそれなのかどうかは解らないけど・・・。」
眼鏡を外し、目頭を押さえるノブヒト。再び眼鏡を掛け、攻撃している航空機達と、それに向かっていく人の影をまっすぐ見据える。人影は航空機に近づきつつ、右前腕部に着いている細長い箱に左手を添えて、その先を航空機達に向けた。
「割と天野君辺り知ってそうだと思ったけど・・・まぁ、宇宙開発とは無縁だからね。」
マコトの向かって微笑むノブヒト。その時、一体の人影の細長い箱から航空機が発射したものよりも光が強い光線を放った。視界の端に入った光の線にマコトとノブヒトは再び窓の外に目を向ける。光の線は巨鳥への攻撃に勤しんでいる航空機のキャノピーを貫いた。キャノピーを貫かれた航空機は攻撃を中断し、フララフと揺れた後に、死んだ魚の様にその場に浮かんでいた。突然の攻撃で驚いたのか、航空機達はバラバラに巨鳥の翼から離れていき、グルグルと旋回しながら、人影達を観察していた。人影達は離れていく航空機達を見据え、真っすぐ右前腕部の細長い箱の先を向ける。数体の人影が旋回している航空機達に向かって光線ではなく光弾を数発発射した。狙われた航空機達はバレルロールをしながらギリギリの所で光弾を避けていく。再び蜘蛛の子を散らすように散らばった航空機達は、人影のデータ収集が終わり優先順位と脅威対象が更新されたのか、再び甲高い音を上げた後、回避行動を行いつつ人影に向かって行った。向かってくる航空機達に人影達は光弾を連射し迎撃する。航空機達も光弾を回避しながら光線を発射するものも、殆どが機体の回避行動についていけず、人影の横を通り過ぎる。数発は人影達に当たったものも、それも巨鳥の翼に当たった時と同じく、光線は光の粒子となって弾け、人影は当たったことすら気にせず光弾を発射し続けていた。光弾は航空機スレスレを通るものも、一向に当たる気配がなかった。「?」と、当たらない光弾にマコトは首を傾げる。回避行動をとっているとは言え、あれだけの数の光弾を撃てば、航空機に掠る位はするはず。窓の戦闘を見つつ、再び口に手を抑えながらマコトは考え込む。
航空機達は一気に加速し、人影との距離を詰めた。人影と衝突しそうな距離で機体を垂直にし、人影を横切る。人影達も素早く肩や足から蒼い光を噴出しながら航空機達が世おり過ぎた方向に急旋回し、光弾・光線を発射した箱を構える。翼が強烈な光を放ち、人影達は飛び出す様に急加速して航空機達を追いかけた。航空機達も追いかけてくる脅威に対し、レーザー砲で応戦する。光線を回避し、人影は光弾を発射する。航空機も光弾を旋回で回避する。瞬間、航空機のキャノピーが光線によって撃ち抜かれていた。撃ったのは別の人影。これを見たマコトは人影達の行動に合点が行った。光弾はわざと外しており、反応した航空機達が回避行動をとった所に本命である光線を撃ちこむ。よくよく観察すると人影達は、二体ないし三体で行動しており、一・二体が光弾で航空機達を追い込んでから、残りの一体が光線で正確にキャノピーを撃ち抜いている。人影の連携に、マコトは知性を感じた。人影の意思か、はたまた誰かが指示をしているのか。
追いかけ、時に追い抜き。航空機と人影のドッグファイトが、蒼い光の軌跡を作りながら繰り広げられている。時折、発射された光線同士が交差し、花火のような爆発を発生させる。交差する光たち。その光景は実に幻想的であり、まるで天使たちが戯れている様で、客室の全員が、これが戦闘行為だということを忘れて見入ってしまっていた。戦況は、数に倍の差があったにも関わらず、人影達が優勢に進んでいた。一つ、また一つと航空機のノズルから発せられる光が消えていく。このまま、天使たち・・・人影が勝利を収めて、巨鳥と共にどこかへ行くのだろうか?その時、一筋の光線がシャトルを掠めた。シャトルに軽い衝撃が襲う。「きゃぁぁぁ!!」と、女性たちが悲鳴を上げた。シャトルを通過した一筋の光が、客室全員を現実に引き戻した。そうだ、アレは天使の戯れなんかではない。戦闘だ。突如にして上がる、叫び声、呻き声、泣き声、念仏、不安、励まし、舌打ち、沈黙。様々な負の感情が客室全体を覆いつくす。そして不安や恐怖が爆発し、パニック状態に陥った。
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「何が〝問題なし〟だ!畜生!」
沢渡は肘掛けに拳を思い切り叩きつけた。光線がシャトルを掠めたことに驚愕していた副機長は、さらに驚いて少し飛び上がる。「すまない」と副機長に謝罪を述べた後、沢渡は強く歯噛みしながらモニターを睨みつける。依然、モニターに映し出されている巨鳥周辺の映像では戦闘が続けられていた。操舵室のモニターでも人影のはっきりとした姿は映し出されていない。シャトルを掠めた光線は、航空機の低出力レーザーではなく、軍事用の光学兵器のものだ。あの人影が撃ってきたものであろう。沢渡は舌打ちする。あの巨鳥には間違いなく人が乗っている。流石にあのサイズの無人機なんてあるわけがない。ならばこのシャトルの事も把握できているはず。
‐ならば何故こちらの方向に向かって撃ってきた?あの人影が勝手にやりましたってか?このシャトルには民間人が乗っているんだぞ?民間機が居る所でドンパチして、見境もなく発射しやがって!標的を撃墜できればいいと思っているのか?なんなんだ、畜生!‐
様々な文句の言葉が浮かんできたが、それ以上に各機関の返答なんて待たなければ良かった、直ぐにここを離れるべきだったと、沢渡は自分の判断ミスを責めていた。自分の不甲斐なさに腹が立つ。沢渡は副機長を見た。
「本社と技州国の[UNSDB]から連絡は?」
副機長は横に首を振る。まぁ、そうだろうな。まだ巨鳥の陣営と航空機達の戦闘が始まってから五分程度しか経っていない。軍事用光学兵器も少し掠めただけだ。大丈夫。
「よし、本機は戦闘が行われているこの火星周辺の宙域から、迅速に離脱する。操舵は俺が行う。」
「でも・・・」と副機長が口ごもる。トラブルに遭遇した際に、まず各関連機関からの連絡を待つのが[JST]の決まりだ。だが・・・
「これは緊急事態だ。緊急時には独自の判断で危機を回避する事もマニュアルに書いてあっただろ?大丈夫だ。帰ってきて何か問われても責任は俺が持つ。」
元より、早くここから立ち去れば、こんなことにはならなかったのだがな。沢渡は自嘲気味に笑う。
「周囲を確認しつ窓の内部フレーム下げ、その後に客室の外部カメラの映像は全部オフにしてくれ。客には俺が説明する。」
副機長は頷き、コンソールで内部フレームを下げる操作を行うと、モニターの端に〔Lower〕とシャトルの窓がフレームに覆われる画像が表示される。よし、と沢渡は頷いた後、インカムのチャンネルを客室に合わせた。ふと、人影の正体について、沢渡の頭を過った。
あの人影の正体で数年前に見たアレであるならば、何故こんな所に?戦力としては絶大で、だが余程の事が無い限り出てこないはずなのだが・・・。
「沢渡さん!レーダーに高速で接近する物体が!」
副機長が焦った様に声を張り上げる。少し思慮に耽っていた沢渡はハッと目が覚める様に反応し、急いで二人の間にある立体映像のレーダーを確認する。シャトル右前方からかなりの速度で光点が近づいてきていた。沢渡はその方向をモニターに移す。映し出されたのは巨鳥から人影。右腕の箱を構えながら近づいてきて、朧気だったその姿がはっきりと確認できるようになった時、操舵室の二人と人影との目が合った。硬直。副機長はその姿に驚愕で口が開いたままになっていた。沢渡は自分の考察が当たっていたことを実感し、そして直ぐに出発しなかったことを再び後悔した。―――――――――――――――――――――――――――――――――
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