第一幕/出立 [邂逅/前]第1話
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「なんですか・・・アレ・・・」
モニターに映し出された白い巨鳥を見た副機長が呟く。長年、この業界にいる沢渡にも
見たことがなかった。尾翼の国章からソウシード技州国のものなのは、解る。しかし、アレが何なのか。一見、巨大な宙間用の旅客機に見えるが・・・しかしあまりにも大きすぎる。翼から流れ出る独特の蒼い光はE動力による噴出光だ。アレだけのものを動かすのにどれだけ巨大な動力を積んでいるのだろうか。よくよく見て見ると、鳥の首の方に巨大な長方形の物体が装着されていた。
「!沢渡さん!巨大物質の後方に複数のワープアウト反応!」
副機長が叫ぶ。レーダーの光点通り、まだワープアウトする物体があったか。沢渡はモニターを凝視する。巨鳥の後方の空間が歪み、一拍おいて眩い光を放つ。光の中から出てきたものを見て、沢渡は眉をひそめた。
「アレは・・・デブリ処理用の無人宙間航空機・・・」
流線形の機体にクリップデルタ翼。装甲に覆われたキャノピーには等間隔に穴が開いており、そこからカメラレンズが周囲を確認する為に目紛るしく動き回っている。数にして二十五機。尾翼には巨鳥と同じく技州国の国章が描かれていた。技州国の巨鳥に無人航空機。沢渡の首筋に嫌な汗が流れる。嫌な予感がする。この宙域には居てはいけない、一刻も離れなければ。沢渡の直感がそう告げていた。緊迫した表情でモニターの映像を見ている副機長の肩を叩く。
「機関室にいつでも発進出来る様にと連絡を。後、本社と技州国の[UNSDB]に自分達以外に火星へのフライトスケジュールを組んでいたかどうかの確認を入れてくれ・・・ここからだと独立衛星を使って少なくとも10分以上が掛かるだろうがな。」
副機長は頷いた後、巧みにコンソールを操作しながら左ポケットに入っていたインカムを装着する。沢渡に指示された各機関への確認書を作成しながら、機関室へと通信を繋いで現状の説明といつでも発進出来る様、動力部の調整を頼んだ。沢渡は胸ポケットに挟んでいたインカムと装着し、スイッチを操作して通信対象をハルカのみに設定する。
「桐城。大丈夫か?客室の様子は?・・・」
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突然現れた巨鳥に目を奪われているマコト。白い巨体から伸びた翼から蒼い光の帯が流れる光景は幻想的かつ美しく、目が離せない。ユウヤも唖然とした表情で窓の外を見つめている。子どもと遊んでいたスズネも、何事かと子どもと手を繋ぎながら、巨鳥が出現した側の窓へと近づく。窓の外を凝視しながら、ユウヤはマコトへ声を掛けた。
「おい、マコト。アレってなんだ?」
マコトは視線を巨鳥から放さず「知らない」と、首を横に振る。巨鳥の出現で周囲が少しざわつき始めた時、巨鳥の後方から次々と無人宙間航空機がワープアウトしてきた。
「あれはデブリ処理用の・・・どうして?」
突如出現した思わぬ珍客に、マコトは驚きを隠せなかった。シャトルからでは少々距離が遠く、はっきりとは確認できないものも、その流線形の特徴的なフォルムからマコトは容易に断定できた。普段なら地球圏の宇宙開発等で発生した地球周囲に漂っている宇宙ゴミ・・・所謂デブリを処理する為に、宇宙ステーションに配備されているはずの無人航空機。[UNSDB]所属ではあるが、開発がソウシード技州国であり、技州国はこの航空機に対して、一定だが自由に使用する権利を持っている。小型ながらもワープドライヴを搭載しているが、ここまでの長距離ワープは配備されてから一度も実施されてはいなかった。
「おいおい、これから何が始まるんだ?」
ユウヤは窓の外を指さしつつ、マコトに聞いた。マコトは肩を竦める。軍事演習?流石に民間のシャトルがいる宙域で行わないだろう。しかも〝デブリ処理のみ〟が目的の航空機だ。武装と呼べるものも、デブリ処理用の低出力レーザー砲に作業用のクローアームと、とても演習に出せるほどの性能は持っていない。何か知っているのかと、ユウヤとマコトは中央の通路に立っているハルカの方に振り向いた。ハルカは耳に手を当てながら、ピンマイクに向かってぶつぶつと何か呟いていた。
「はい・・・はい・・・分かりました。」
ハルカは耳から手を離し、周囲を見渡す。
「お客様、大変申し訳ございません。まず、お立ちになっているお客様は近くの席へ。そしてシートベルトを締めてお待ちになってください。」
ハルカは深く頭を下げた。ハルカの説明の無い指示に、周囲は一瞬戸惑いを見せたものも、理由は現れた巨鳥達によるものだと察して、素直に指示に従い始めた。が、
「おい、どういうことだよ。出てきた奴等は技州国の見世物じゃないのか?」
中年男性が席を立ち、ハルカに向かって苛立った様子で声を張り上げた。ハルカは男の声量に少し狼狽しつつも男に向き合い、申し訳なさそうに深く頭を下げる。
「申し訳ございません。それに関しましては・・・」
ハルカが言いかけた時、無人航空機達が怪鳥の鳴き声の様な甲高い音を上げた後、ノズルから巨鳥の翼と同じ光を発し、蒼い光の帯を作りながら一斉に巨鳥へと向かって行った。発せられた高音に客室に居る全員が耳を塞ぎながらも、窓から外の様子を伺っている。群がる様に巨鳥の元へ集った航空機達は、観察するかの如くぐるぐると巨鳥の周りを旋回していた。その光景はまるで獲物を狙うハゲタカの様だった。その後、一機が姿勢を変え、巨鳥の左翼へ一直線に突進する。翼まである程度距離が近づいた時、機体下部にある細長い筒・・・低出力レーザー砲から光の線を放った。一閃。光の線は巨鳥の翼へと命中した。が、翼に当たった光の線は雨粒が弾かれたかの如く、細かい粒子となって消えていく。一機の行動を合図に、他の機体も次々と翼に近づき、光の線を放つ。巨鳥は微動だにせず、翼に当たった光の線は全て粒子となって消えていった。
「ははは、分かった!分かったぞ!これは[JST]のサプライズで、技州国に頼み込んで新造艦を使った軍事演習を俺達の為にしている訳だ!」
中年男性が笑いながら高らかに叫ぶ。マコトが思った様に、通常であれば民間機がいる宙域でなど軍事演習は行わない。男も、そのことは解っているはずなのだが、その視線は定まっておらず、軽いパニック状態に陥っていた。男が客室全員の注目を集める中、「ちょっと」と、シートベルトを締めてシートに座っていた若い女性が男に手を伸ばす。その時、爆発音が響き渡った。「きゃぁ!」と女性たちが叫び声を上げる。全員、窓の外を見た。巨鳥の左翼から流れ出ている蒼い光が不規則に揺らいでいた。航空機達は旋回しながら執拗に翼のみ狙っている。これは演習なんかじゃない、本物の戦闘だ。マコトは大きく目を見開く。[UNSDB]は、あくまで宇宙開発機関だから、戦闘等の指示を出すとは思えない。となると、航空機に攻撃の指示を出したのは技州国だ。何故同じ技州国同士で争っている事と、何故デブリ用の航空機で攻撃しているか解らないが、間違いなく航空機達は巨鳥を‐あれが男の言った通り新造艦だったとしたら‐撃墜、ないし航行不能にしようとしている。明確な航空機の攻撃行動に客室内は芽生えた恐怖心から少し騒めく。
「ここから逃げた方がいいんじゃない?」「逃げるってどこへ?」
「あなた、大丈夫かしら?」「大丈夫。[JST]の人が何とかしてくれる」。
外の戦闘で他の乗客が心配を口にする中、鼻の下に手を置いて口を隠しながらマコトは、全く別な事を考えていた。巨鳥の左翼の周りを飛び、攻撃を続ける航空機。爆発で左翼の光が不規則に揺らめいていても、気にする様子も見せず、鎮座し続ける巨鳥。
「何故、巨鳥は火星に来たのか」「何故、技州国はあれ程までの巨大なモノを、一切外部に知られず開発できたのか」
巨鳥の存在。テレビやニュース、ネットの掲示板でも聞いたことが無い。幾ら徹底的な情報統制や秘密裏に開発していたとしても、あの規模のモノを隠し通すなんて無理に近い。最低でも噂程度にはなっていそうなものも、アングラなネット掲示板やニュースサイトにもそんな事は載っていなかった。そして巨鳥の目的。アレに人が乗っているとすれば、何かしらの意図や理由、目的があって火星にまで来たはずだ。新造艦のワープドライヴを使った長距離渡航テストともとれるが、だとしたら無人機になんて攻撃なんてされないはずだ。
何かから逃げてきた? 何かを追っている? 何かを探している?
マコトは眉間に皺をよせながら、目の前で行われている戦闘を眺め続けている。すると、巨鳥の下腹部から〝何か〟が生み出される様に同じ蒼い光を発しながら次々と飛び出していった。十二体。シャトルからの距離では朧気にしか解らないが、十二体のそれは〝人〟の形をしている。背中に生えるは巨鳥や航空機と同じ色の整然なる蒼い翼。整然たる蒼き光と共に、巨鳥の翼に集中している航空機の所へ向かっていく。人の体、そして翼。それはまるで神話や聖書等に出てくる天使の様であった。
「ありゃりゃ、これはこれは・・・。ちょっとやばいかもね。」
ノブヒトがいつもののんびりとした口調ながらも、少々緊迫した様子で呟く。マコトはすぐ後ろの男の方へ振り向いた。いつもの穏やかな笑みはどこに行ったのか、口を真一文にし、ただ静かに、ノブヒトはじっと窓の外を見つめていた。
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