第一幕/出立 [旅路]第6話-11

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 操舵室。大欠伸をしながら、副機長は肘掛けに頬杖を突きながらボーっと目の前の計器を見ていた。〔ALLGREEN〕。どの計器も異常の無い数値と表示を示している。いつも通りの変り映えしない〝安全を確保して、ワープドライヴで気持ち悪くなる〟仕事。ふと、ハルカの事が頭に過り、「はぁ~」と大きく溜め息を吐いた。

「溜め息なんて、一体どうしたんだ?」

隣で正面のモニターに移されている機外カメラの映像を細かく切り替え、周囲の安全を確認していた沢渡が怪訝な眼差しを副機長に向けた。視線に気づいた副機長は、少し背伸びをした後に姿勢を正し、苦笑いを浮かべながらボリボリと頭を掻いた。

「いや、桐城さん。いいなぁ~って思って。」

またか、と思い今度は沢渡が大きく溜め息を吐いた。ハルカと一緒に仕事をする度に副機長は、こうしてハルカに対しての想いを思索し、度々こうして口に出していた。

「顔良し、スタイル良し、性格良し。細かな所まで気遣いが出来て、おまけに料理もうまい。そんな女性に惚れない男がいますか⁉」

ハルカの魅力を熱弁する副機長。確かに桐城ハルカは[JST]内でも人気が高く、一緒にフライトした男性スタッフは、暫く他の男性スタッフから羨望と嫉妬の眼差しでジロジロ見られる事になる。本人はそんな人気を‐知らないのか‐鼻に掛けることはなく、どんな人にも柔らかく、優しく接している。同性からは嫌われそうではあるが、その柔和な態度から彼女の事を嫌いというスタッフは聞いたことがなく、逆に同性からも人気があったりする。料理の方も自作の弁当を食堂で見たことがあるが、彩が良く栄養バランスにも気を使っており、とても美味しそうであった。妖艶な雰囲気とは裏腹に面倒見が良く、細かな気遣いが出来、笑顔が優しい女性。妻子持ちの沢渡にはあまり関係はないが、独身であれば一度はお付き合いしたいと思える程、魅力的な女性だとは思う。だからセクハラ等客とのトラブルも偶にあったりするのだが・・・

「だったら、飲みにでも、何だったらデートにでも誘えばいいんじゃないか?」

沢渡の言葉に、副機長は先程までの熱意が一変し、「それは・・・」「えっと・・・」と口をパクパクしながら気まずそうに再び頭を掻き始めた。目も泳いでいる。沢渡も再び溜め息を吐く。操縦の腕前は良く、顔もまあまあ。ただ割とフラフラしている所があり、急なアクシデントにも弱く、度胸がない。もう少ししっかりしていれば、多少なり女性からも振り向かれるとは思うのだが・・・。

「まぁ、まずはワープドライヴに慣れるところからだな。」

沢渡は鼻で笑いつつ、再び正面のモニターをチェックし始めた。副機長は何か言いたそうにまだ口をパクパクしているが、考えが纏まっていないのか何も出てこない。沢渡は気にせず、モニターの映像を細目に切り替えて周囲の安全を確認していた。が、突然、視界の端の計器が赤く点滅しているのが見えた。急いで何が点滅しているのかを確認する沢渡。副機長も先程の様子とは打って変わり、真剣な顔つきになった。点滅していた計器は周囲の物体とワープドライヴの起動を察知するセンサーであり、それには「大型質量」と「ワープアウト」の二言が表示されていた。沢渡がコンソールを操作し、自分と副機長の間にセンサーの情報を立体映像として映し出した。中央に表示されているシャトルのホログラムから右側に10cm程離れた所に複数の光点が点滅している。

「右舷1㎞辺りに巨大な〝何か〟がワープアウトしてくる。」

沢渡はモニターの映像をその方向に切り替えたが、モニターには赤々と輝く火星と暗闇が映し出されているだけだった。

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ハルカが薬を配り終えてから30分程が経過した。マコトはカチカチと機外カメラのコンソールを操作し、窓に映る様々な角度からの火星を眺めていた。最初こそ、その迫力から携帯端末を取り出し写真に収めていたが、30分もすると飽きがきたのと端末のバッテリーの事を考えて端末の電源を切り、ボーっと窓を眺めているだけとなった。宇宙に出たからと、これと言ってやりたい事は思いつかない。人体で出来る大概の事は宇宙開発の先人達が行っており、それを真似てみようにも結果が見えているから自分がやっても左程面白くはないだろう。それに下手を打ったら他の客にも迷惑が掛かりそうだ。マコトは少し体を伸ばしつつ、隣の席を見る。ノブヒトは数分前にトイレに行ったきり、まだ戻ってこない。ノブヒトがトイレで席を立つ時、無重力に慣れていない所為か、手すりに掴まりつつも体の自由が思うようにいかず、終いには加速しすぎて自動ドアなのにも関わらず頭をぶつける珍事が発生した。流石にああいう風にはなりたくはないな。マコトはそう思い、今のうち無重力に慣れておこうとシートベルトのバックルに手を掛けた時、「よぉ」とユウヤが手を挙げながらヘッドレストから頭を出してマコトに声を掛けてきた。薬を飲んで少しは顔色が良くはなっているが、まだ少し血色が悪い。

「大丈夫?まだ顔色少し悪いけど。」

「気にするな」とユウヤは手を振りながら笑う。マコトは苦笑いを浮かべながら、これはいつもの悪癖だなと心の中で呟いた。ユウヤは他人に対しての行動は積極的になるものも、逆に何かされることや心配されることを極端に苦手としており、先程の薬の一件の様に相手の厚意を断ったり、答えをはぐらかしたりしている。日常では周りから〝なんでも出来る〟と思われている為、あまり目立ってはいないが、都合の悪い場合は大抵「何でもない」や「気にするな」等を口癖の様に言っている。マコトの苦笑いの意図を悟ったのか、ユウヤは「あー」と後頭部を掻きつつ申し訳なさそうな表情をした。

「さっきはすまなかったな。勝手に耐えられるだろうと思ってさ。結局、あのCAさんの世話になって、周りにも迷惑かけちまった。」

「ううん、そこまで気にしてないよ。ユウヤが大丈夫ならそれでいいし。それにあまり周りは気にしてないんじゃないかな?」

ユウヤは周りを見る。「おかーさん、あきたー」と、駄々を捏ねている子どもをあやす母親。子どもの声を聞き、父親はユウヤと同じ様にヘッドレストから頭を出し、子どもに特撮ヒーローのフィギュアとハルカから貰ったゼリー飲料を差し出している。中年男性は先程のハルカの一件で若い女性を怒らせてしまったらしく、中年男性も謝らないことから緊迫した空気が流れている。ユウヤからは見えないが、感慨深そうに一緒に窓から見える火星の景色を堪能している老夫婦。他の乗客はそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。「でしょ?」と笑顔を向けるマコトに、「それでも俺は気にするんだが」と息を吐きながら呟くユウヤ。

「しかし・・・」

ユウヤは窓の外を見つめた。窓の外からは火星が見える。

「あのCAさんの説明、技州国の技術の事ばかり話していたけど、それのお陰でこんなにも早く地球から宇宙・・・しかも火星にまで来ちまうんなんて。ほんと、技州国様々だな。」

ユウヤは目を細めて感慨深そうに窓の外を見つめ続けた。突然、横からユウヤの視界いっぱいにスズネの端正な顔が映し出された。「うわぁぁ!」とユウヤは驚いてとっさに顔を引く。スズネもユウヤの声に驚き、無重力の中で体勢を崩し、そのままシャトルの天井に頭をぶつけた。

「あたたたた・・・」

スズネは痛そうにぶつけた個所を擦っている。

「びっくりしたぁ・・・。いきなり出てくるもんだから大声出しちまったじゃないか。なんか一声掛けろよ・・・。頭大丈夫か?」

ユウヤは文句を言いつつも、まだ痛そうに頭を擦っているスズネに手を伸ばす。「ごめん」とスズネは少し恥ずかしそうにユウヤの手を取った。そのままユウヤは手を引き、スズネの体をシートの方へ寄せた。スズネはヘッドレストを掴み、自分のシートへと着地する。

「えへへ、なんかしんみりしてたから、ちょっと驚かせようと思って。」

悪戯っぽく舌を出しつつ、無邪気な笑顔を見せるスズネ。

「それより、凄いね!無重力って!ふわふわ~って不思議な感覚。」

と、スズネはシートを蹴ってユウヤの横を通り過ぎ、誰も居ない反対側のシート脇の手すりを掴み、中央の通路へ躍り出る。

「見て見て!平泳ぎ~。」

スズネは体を横にし、前へ腕をかきながら、蛙が跳ぶような動作で空中を蹴って前へと進んでいく。他にも「クロール」「背泳ぎ」「バタフライ」と色んな泳法を見せながらスズネは、二人の前を行ったり来たりしていた。スズネの無重力水泳ショーを何事かと他の客はちらちらと様子を伺っていたが、二組は微笑ましく、一組はくだらないと思い、直ぐに元の自分達の時間を過ごし始めた。子どもだけは「おねーちゃん、何してるんだろ?」と興味津々で無重力を自由自在に泳ぐスズネを見つめていた。一瞬感じた周囲からの視線とスズネの異常なテンションの高さに頭を抱えるユウヤ。そんなユウヤをみて、マコトは苦笑いを浮かべた。不意に後方から自動ドアが開く音が聞こえた。マコトは少し背伸びをして後ろを見ると、両手に大きな袋を3つ抱えたハルカがこちらに向かってきているのが分かった。ユウヤも向かってきているハルカに視線だけ移すと、頭を抱えたまま大きく項垂れて、溜め息を吐いた。スズネは待っていましたと体勢を整える。

「お客様、お待たせ致しました。宇宙食「和」「洋」「中」のセットをそれぞれ1つずつ、3点でお間違え無いでしょうか?」

ハルカは袋を片手で抱えつつ手すりを掴み、スズネの目の前に着地した。

「はい!ありがとうございます!」

無重力下にも関わらず、スズネは背筋を伸ばし綺麗にお辞儀をした後、ハルカから3つの袋を受け取った。そういえば、10分前程スズネがハルカに何かを頼んでいるのと、ユウヤの大きなため息が聞こえていたのをマコトは思い出した。

「しかし・・・本当にお一人で召し上がるんですか?量もそれなりにありますし・・・」

「折角宇宙に来たんだから、宇宙食は食べておきたいですし。あ、普通に食事は出るのは知ってますよ。でも、それとは別に味わっておきたいなって。私、食べるの好きだから、この位の量はへっちゃらです!」

恐る恐る聞くハルカに、スズネはウィンクをしながらサムズアップで答えた。まぁ、普通は驚くし、疑うだろうな。ユウヤは天井を仰ぎながらそう思った。ああ、照明が眩しいな・・・。

「ねーねー、おねーちゃん。さっきのはー?」

スズネは袋を抱えながら後ろを向くと、不格好な姿勢で子どもがこちらへ泳いできた。慌てて、スズネは子どもを片手でキャッチする。

「おねーちゃん、むじゅーりょくのなか、すいすいおよいですごかったぁ。ぼくもやってみたい。」

「おおーそうかそうか。ああ、でも・・・」

目を輝かせる子どもと手に持っている袋を見比べるスズネ。

「大丈夫ですよ。袋の保温性は折り紙付きです。30分程度なら温かいまま召し上がれますよ。」

子どもと食欲の間で悩むスズネにハルカは笑顔で優しく声を掛けた。ユウヤもうんざりしつつも手を挙げ、

「食い物は俺の方で預かっておくから、若宮は安心して遊んでやれ。なるべく他の客の邪魔だけならない様にな。」

スズネは表情を明るくし、頷きつつ「ありがとう、一ノ瀬君」とユウヤに宇宙食が入った袋を差し出す。ハルカにも礼を言い、シャトル後方の自動ドア横の広くなっているスペースへ子どもと一緒に向かった。ユウヤは。スズネから受け取った3つの袋を見て苦笑いを浮かべつつも、

「あいつ・・・宇宙食を3食も頼んで、無重力の中はしゃいで、子どもとも遊んで・・・大分充実しているな。はははは。」

呟くユウヤはどことなく嬉しそうであった。ユウヤとスズネのお陰で、すっかり無重力間移動の練習を逃してしまったマコトではあったが、調子の悪かった時とは違う、今のユウヤの表情を見て安心し、思わず口から笑みが零れた。「何笑ってるんだよ」とユウヤに突っ込まれる。マコトは笑いながら誤魔化しつつ、ふと視線を窓の方に移した。自分の窓から見える赤い惑星と黒い空間。だが、その赤い惑星と黒い空間の境界線辺りが歪んでいた。目が少し霞んでいるのかな?マコトは目を擦った後、良く凝らしてみてみる。確かに空間が歪んで見える。さらにその歪みが、だんだんと大きくなっていた。

「いてて・・・いや~、まさかトイレの部屋には重力が働いているとは思わなかったよ。お陰で床に頭ぶつけちゃった。って、どうした天野君?」

頭を擦りながらトイレから戻ってきたノブヒトは、窓の外を凝視するマコトに声を掛ける。「どうした?」と、ユウヤもマコトの様子を伺った後、自分も窓に視線を移した。瞬間、辺りが白い光に覆われる。眩い程の光にマコトは目を細めた。ワープの時と同じ様な光。狭くなった視界に映るのは巨大な何か・・・いや鳥の影だった。だんだんと光が収まり、徐々に影の正体が露わになっていく。それは、全長500mはあろうかと思われる巨大な白い鳥。翼の先が青と赤、黄色のトリコロールに塗られている。羽と羽の間から蒼い光が流れていた。突然現れた〝それ〟に客室は静まり返っている。マコトは唖然としながらも、尾翼にあたる部分に何か描かれているのに気づいた。丸い円の中に植物の種、そこから生える茎と葉、そして美しく咲く花。その〝国章〟を見たマコトは呟く。

「ソウシード技州国・・・」

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