第一幕/出立 [旅路]第6話-7

「よく旅行後の予定があるなんて分かったな。」

シートに着席しシートベルトを着用したノブヒトに、ユウヤはシートから顔を出さずに声だけ投げかけた。

「なぁに、あれはハッタリだよ。まぁ、待合室で二人を見た時〝旅行はムード作りにしか考えていなくて、その後に色々あるんだろうな~〟って薄々感づいてはいたけどね。」

「ははっ」と苦笑いするノブヒト。「さいでっか」と溜め息を吐くユウヤ。

「しかし、先生がCAさんの所まで行くの凄く早かった。何時席を立ったのか全く分かりませんでした。」

マコトは感心した様子でノブヒトに声を掛ける。

「ははは、それは影が薄いってことかな?」

「いえ、ち、違います。そういう事ではなくて。」

自分の言葉でわたわたと慌てるマコトを見て、ノブヒトは思わず吹き出した。

「ごめんごめん、冗談だよ。いや、体が勝手に動いてね。気が付いたらCAさんの所まで来ちゃったって感じ。」

ノブヒトは肩を竦めつつ、恥ずかしそうに笑った。

「まぁ、これでさっきの写真の件で下がったボクの評価は少し元通りになったかな?」

そんなノブヒトの評価を気にする言葉にスズネは吹き出し、

「それまだ気にしていたんですか?すみません、言い過ぎちゃって。けど、さっきの先生はかっこよかったですよ。」

スズネの称賛にマコトも「すごかった」とうんうんと頷く。ユウヤは少し呆れつつも、

「生徒の前でかっこつけるのが教師ではない気がするが。なんか、少し俗っぽいんだよな・・・まぁ、さっきの迅速な行動は凄かったよ、うん。」

なんだかんだでノブヒトを称賛した。

「お話しの中、大変失礼致します。シートベルトの確認に参りました。」

ノブヒトの行動に対して話に花が咲いている中、男性と女性のシートベルトの確認を終えたハルカがユウヤとスズネの席にやってきた。「おっと」とユウヤは呟き、ハルカに会釈をした後、確認しやすい様に姿勢を正した。スズネは笑顔で「お願いしまーす」とハルカに声を掛ける。ハルカは「失礼します」と一礼し、ユウヤとスズネのシートベルトに不備がないことを確認する。二人のシートベルトに問題がないことを確認したら手元の端末で前の客たちと同じようにロックを掛け、すぐ後ろのマコトとノブヒトの席へ向かう。ノブヒトの姿を確認したハルカは、

「お客様、先程はお手数をお掛けして、大変申し訳ございませんでした。」

と、謝罪の言葉を述べ深々と頭を下げた。

「頭を上げてください。別に迷惑とか思ってはいないんで。」

ノブヒトは両手を振りつつ、ハルカに頭を上げるように促した。「すみません」と言いつつ頭を上げるハルカ。

「しかし、お客様の手を煩わせる事になったのは事実です。この度はなんと言ったらいいか・・・」

少し気落ちしているハルカに対し、ノブヒトは安心させる様に微笑んだ。

「ボクが勝手にやったことなんで、CAさんが気落ちする必要なんてないんですよ。それよりも、謝られるよりかはお礼を言われた方が嬉しいです。腕、大丈夫ですか?」

ハルカはノブヒトの言葉にハッとし、少し恥ずかしそうにはにかんだ。

「そうですよね・・・この度は助けていただき、ありがとうございます。腕はこの通り。」

ハルカは小声でそう言うと、男に掴まれていた左腕をクルクルと回す。それを見たノブヒトは「良かった良かった」と微笑みながら頷いた。

「っと、そろそろお時間になりそうなので、シートベルトの方を確認致します。」

時間が迫っている事に気づいたハルカは、腕時計を見ながら端末に目を移した。

「あれ?お客様、お席が・・・」

端末に登録されている顔写真でノブヒトとマコトの席が入れ替わっていた事に気づいたハルカは、ノブヒトの方を見る。ノブヒトは苦笑いしつつ後頭部をボリボリと掻いた。

「いや~、実は前の席の二人を含めて学校の教え子でねぇ。社会勉強をさせたいな、と思って良く外が見える窓際の席と交換したわけなんですが・・・」

パンっ、と音が鳴るくらいに勢いよく両手を合わせ、懇願するように頭を下げるノブヒト。

「すみません!勝手に席を交換したことは謝るので、見逃してくれませんか?」

必死に頭を下げながら、度々ちらちらとハルカの様子を伺うノブヒトを見て、ハルカはクスっと小さく笑った。

「大丈夫ですよ。席の交換は両人の同意があれば問題ございません。」

ハルカの言葉を聞き、ノブヒトは安心したように元の態勢に戻る。「では、失礼します」とハルカはマコトとノブヒトに一礼し、二人のシートベルトの確認を始めた。ベルトやバックル部分を、触ったり引っ張ったりして確認し終え、「大丈夫です。しっかりと着用されております」とハルカは端末を操作する。バックルの方から小さくカチっと何か嵌る音が聞こえた。どうやらこれでロックが掛かった様だ。ノブヒトはロックが掛かった状態のシートの座り心地を確かめた後、笑顔で「ありがとう」とハルカに礼を言った。

「いえ、こちらこそ。助けていただいた事と確認のご協力、ありがとうございます。」

ハルカも笑顔で返し、二人に向かって再び深く一礼した後、前方の階段の方へ戻って行く。丁度シャトルの説明をした位置まで到達したハルカは、回れ右をして客席を見渡す。

「皆様、シートベルト着用のご協力、誠にありがとうございました。全ての確認が終了した為、本機はまもなく発射致します。私からは以上となりますが、最後に機長の沢渡からお客様にご挨拶があります。」

ハルカはそう言うと、襟元についているピンマイクを口元に寄せて、何かを呟いた。次の瞬間、客席前方と後方に備え付けられているスピーカーからプツっと音が聞こえた後、低い男性の声が聞こえてきた。

「皆様、今回は[JST]が企画致しました海王星ツアーにご参加いただき、ありがとうございます。今回、皆様の旅の安全を与らせていただきます、機長の沢渡です。」

声の主、機長の沢渡が続ける。

「昨今、宇宙開発の進歩が著しく、比較的安全に宇宙へと出られる時代となりましたが、弊社は発達した技術のみに頼らず、安心・安全・快適をモットーにし、宇宙旅行が良き旅をお約束できるよう、人員一人一人がサービス向上の為、一層の精進をしてまいりました。私自身は操舵室から離れることは出来ませんが、何かご不明な点がございましたら、弊社桐城を通じて仰っていただくようお願い致します。その他の質問事項も〝スタッフに対する個人的な質問〟以外、お気軽にお申し付けください。」

機長の言葉に対し、中年男性はバツが悪そうな顔しつつ「ケッ!」と吐き出した。

「最後に発射から宇宙に出るまでの流れをご説明したいと思います。」

再びハルカが説明した時と同じく、客席前方のスクリーンが降りてきた。

「また説明かよ・・・」

ユウヤがつまらなそうに呟きながら欠伸をした。その態度を見たスズネは「ちょっと」と注意しようと手を伸ばしたが、先程の事が頭を過り、手を止めた。それに気付いたユウヤは「どうした?」とスズネに聞く。スズネは手を引きつつ、

「ううん、何でもない・・・」

と、首を振った後、

「・・・でも、説明は聴いた方がいいと思うよ。」

少し困ったような‐少し悲しそうな、そして取り繕うかの様に‐笑みを見せた。降りてきたスクリーンにシャトル発射までの図が映し出される。

「まず、本機はこの施設の電磁誘導式のマスドライバーを使用し、成層圏付近まで打ち上がります。その後、追加ブースターを使い大気圏を突破。高度400㎞まで上昇した後、追加ブースターを切り離し、ワープドライヴで火星までジャンプします。その後は桐城がお客様にご説明した通りのルートで航行致します。」

シートの肘掛け先端から低い音が鳴り、カードの様な薄い端末が点滅しながら飛び出す様に出てきた。マコトはそれを手にとり、時々裏返しながらまじまじと観察した。液晶画面に、下部には骨伝導イヤホンの様なものが付いている。

「もし、発射シークエンスから大気圏突破までの臨場感を味わいたいお客様がいらっしゃれば、先程起動致しました本機の状態とリンクした端末で、発射までのアナウンスがお聞きいただけますので、是非シャトルの外の風景と合わせてお楽しみください。」

マコトをつつきながら、「つけてみれば」とノブヒトが囁いた。マコトは試しに片耳側だけイヤホンをつけてみたが、当然の如く何も聞こえない。首を振るマコトにノブヒトは「だよね~。ごめんごめん、まだ時間早かったね」と小声で謝った。客席前方のスクリーンが上へと格納されていく。

「少々長々とした挨拶にお付き合い下さり、ありがとうございました。私からは以上となります。それではお客様、大変お待たせ致しました。海王星行き、〔ハミングバード号〕出発致します!」

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