第一幕/出立 [旅路]第6話-6
程なくして、ハルカが前方の階段から降りてきた。
「皆様、大変お待たせ致しました。出発の時刻となりましたのでシートベルトの着用をお願い致します。」
マコトはシートの脇に付いているベルトを伸ばし、自分の腰を締める様に反対側のバックルに先端のストラップ部分を嵌めた。同時に隣や前からカチッと音がした。ユウヤやスズネ、ノブヒトもシートベルトを着用した様だった。
「皆様、着用できたでしょうか?確認の為、私が見て回りますので、そのままの状態でお待ちください。」
ハルカは乗客の中で一番前の客席にいた老夫婦の席へ向かった。「失礼します」と老夫婦の腰に着用されたシートベルトを触ったりしながら、締まっているかどうかを確認し、手元の端末で客席の確認が済んだか否かのチェックを付ける。
「よし、大丈夫ですね。次の休憩時間まで私の端末でロックを掛けさせて頂きますが、お手洗い等は大丈夫でしょうか。」
老夫婦は、にこやかに「大丈夫です」「ありがとう」と答えた。ハルカは老夫婦に微笑み、「失礼致しました。」と一礼して、次の親子が座っている席に向かった。父親のシートベルトを確認し終え、後ろの母子の席を見る。母親の隣では子どもが静かに寝息を立てて眠っていた。「すみません」と子どもを起こそうとする母親を、口に「しーっ」と人差し指を当てながら制止し、
「やっぱり難しかったよね。お姉さんも難しくて覚えるのに苦労したんだ。」
と、子どもの寝顔に愛おしさを感じながら、母親が着用したであろうシートベルトを優しく確認した。
「先程は本当にありがとうございます。けどこの子ったら頂いた飴を舐め終わったら直ぐに寝ちゃって。」
「いいえ、良いんですよ。子どもにはとても難しい話ですし。」
子どものシートベルトにロックを掛けた後、母親のシートベルトを確認しながらにこやかに答えるハルカ。
「私、子ども大好きですし。それに・・・」
母親のシートベルトにロックを掛け、子どもの方を見る。
「人生に一度あるかないかの宇宙旅行。一生忘れられない思い出になって欲しい。特にお子さんの年齢の子どもには楽しい思い出として残って欲しい。私は常にそう想ってこの仕事に取り組んでいるんです。」
ふと、自分の言っていることが恥ずかしく思えてきたのか、ハルカは顔を赤らめつつ「すみません」と母親の方に頭を下げる。母親は首を振りつつ、
「いいんですよ。私も、この子には楽しい良い思い出として残って欲しい、と思っていますから。」
と、ハルカの意見に同意し、微笑みながら優しく子どもの頭を撫でた。ハルカは再び母親に頭を下げた後、中年男性と若い女性の席へ向かう。窓側に座っていた若い女性はシートベルトを着用しているが、中年男性の方はシートベルトを着用していなかった。ニヤニヤしながら男性は言う
「よぉ、ねえちゃん。おじさん、シートベルトのつけ方が分からなくてな。悪いけど教えてくんねぇかな?」
ハルカは「失礼します」と頭を下げた後、シートベルトを伸ばして反対側のバックルに留めようとした時、突然男性に腕を掴まれた。
「ちょ、お客様!何を・・・。離してください!」
必死に振りほどこうとするも、男性の力が強く振りほどけない。
「やっぱり・・・結構良い体してんじゃねぇか。ね、年齢は幾つ?電話番号は?3サイズは?」
しゃべりかけた時と同様のニヤついた表情で男性はねっとりとハルカに聞く。隣に座っていた女性が眉間に皺をよせながら「ちょっと」と男性に文句を言おうとしたが、「うるせぇ、別にいいじゃねぇか」と語気を強めた男性に遮られてしまい、納得がいかないような顔をしながら二人を交互に見つつ、引っ込んでしまった。
「誰か・・・助けて・・・」
ハルカが首を振りながら助けを求める。その様子をシートから顔を出してみていたユウヤは、溜め息を吐きつつシートのバックルに手を掛ける。瞬間、隣で何かが動いた。何事かと、ユウヤは気配があった方向を見るも、そこには何もいなかった。隣のシートではスズネが少し不安そうな表情で状況を把握しようと必死に背を伸ばして中年男性の席の方を見ようとしている。
「え?」
今度は後ろからマコトの驚いた声が聞こえた。ユウヤはシートから顔を出し、自分の後ろの席を確認すると、そこに座っているはずのノブヒトの姿がなかった。
「あ、先生。」
ようやく前の状況が確認できたスズネが呟く。ユウヤは中年男性の席の方を見る。そこにはノブヒトが‐少し頼りなさげな雰囲気ではあるものも‐男性の蛮行を止めようと手を掴まれているハルカの隣に立っていた。
「なんだ、てめぇは?」
中年男性がノブヒトを睨みつける。ノブヒトは苦笑いしながらポリポリと頬を掻きながら
「いや~すみません。CAさんが何か困っていたようだったので。どうかしたんですか?」
のんびりとした声でノブヒトはハルカと男性の二人に聞いた。「助けて・・・」とハルカはノブヒトに向かって小さく呟く。
「チッ。今話している最中なんだよ!見て分からねぇか?何、俺が聞きたい事を聞き終えたら離してやるから。で、3サイズは?」
男性はノブヒトを睨みつけながら舌打ちをした後、その存在を無視するかの如く再びハルカに質問を続けた。その様子を見たノブヒトは目頭を押さえながらため息を吐き、「仕方ない」と呟いた後、ハルカの腕を掴んでいる男性の腕を掴んだ。
「なんだぁ?邪魔すんじゃねぇ!」
「いやはや、CAさんが痛そうだったので、つい。それに、これ以上CAさんを拘束してしまうと出発時間に影響が出そうですし。ほら、あなたも隣の彼女と旅行後にも予定があるでしょ?出発時間が押してしまうと、必然的に旅行後の二人きりの時間が少なくなってしまうのですが・・・」
ノブヒトはちらりと男性の隣に座っている女性の方を見る。
「後、これ以上騒ぎが大きくなると、警察沙汰になって旅行どころじゃなくなってしまいますよ?それはあなたも嫌なはずでは?」
「警察なんて・・・」と言いかけたが、男性はふと周りを見渡し、自分に非難の視線がシート越しに注がれていることに気が付いた。ユウヤも含め通路側の客席から顔を覗かせている人もいる。男性はスクリーンが展開されていた客席の前の方を見て、監視カメラが動作していることにも気が付いた。男性は再び舌打ちし、ノブヒトがゆっくりと腕を離した後、投げ捨てる様にハルカの手を突き放し、乱暴に自分でシートベルトを着用した。
「どうぞ」とノブヒトはハルカに対し、笑顔で男性の方を指し示す。ハルカは「失礼します・・・」と恐る恐る男性のシートベルトを確認し始めた。それを見たノブヒトは、頷きつつ自分の席へと戻った。
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