第一幕/出立 [旅路]第6話-8
機長・沢渡の言葉と同時にスクリーンが再び格納されていく。ハルカも客席全体に一礼をした後、背後の階段を昇って行った。スクリーンが完全に格納されて一拍、シャトルに軽い衝撃が襲う。どうもシャトルが動き出したようだ。だが、景色を見てみると、自走しているわけではなく何かに運ばれているようだった。そう思いながらマコトが窓から外を見ていると、
[ご利用ありがとうございます。只今からアナウンスを開始致します。]
明るい音楽の後に、イヤホンから‐人の声を真似た、少々機械っぽい‐音声が流れ始めた。マコトは端末を見ると、液晶画面にシャトルと、それを引っ張る複数の車両が図として映し出されていた。
[現在、本機は牽引用車両に引かれ、電磁誘導式マスドライバーまで移送中。]
マコトは窓から少し前の方を見てみると、確かに牽引用のワイヤーを積んである車両がシャトルを引っ張っており、その前には巨大なマスドライバーが見えた。
「おや、どうやら聞こえ始めたようだね。」
マコトの様子を見たノブヒトが声を掛ける。マコトはノブヒトの方を向いて頷きつつ、
「今、シャトルを車両が牽引している様です。あまり燃料を無駄にしたくないのかな?」
と、自分の疑問を呟きつつ再び窓の外へと目をやる。複数の車両に牽引され、マスドライバーはどんどん近づいていき、ついには後方の格納庫らしき所へ搬入された。
[移送完了。追加ブースターの接続を開始します。]
ガコン、と後方から大きな音が聞こえてきた。同時に何かが接続される音も聞こえてくる。マコトは窓から後ろの方を見ようと試みた。あまり良くは見えなかったが、角ばった金属物の側面だけが視界に入った。端末に目を移すと、シャトルの後方に細長い台形の物体が2つ〔Connection〕の文字と共にくっついている図が映し出されていた。
[追加ブースター接続完了。レールへのドッキングを開始。同時に対衝撃波吸収板、展開。]
直後、マコトにエレベーター等で上に上がる時の独特の感覚が体を襲った。窓を見ると、景色が上方へと動いていた。下の方を見ると、建物の地面がせり上がり、シャトルが持ち上げられている事が分かった。端末を見てみると、建物の床がリフトになっており、それによってシャトルが持ち上げられていた。暫くすると上昇が止まり、今度はゆっくりと前へ窓の景色が進んでいく。景色が前に進んでいくにつれ、壁がマスドライバー下部から折りたたまれていたのが伸びていく様に次々出現し、やがてトンネル状にマスドライバーを覆うよういにして形成された。シャトルがある程度マスドライバー上を進むと、出現した壁によって完全に周囲が暗くなっていた。
「わー、もう宇宙にきたの?」
窓の外を見つつ、無邪気な声ではしゃぐ子ども。いつの間にか起きたらしい。「まだだよ」と隣に座っていた母親が頭を撫でる。ノブヒトはそんな母子の様子をニコニコしながら見つつ、そのままの顔でマコトの方を向いた。
「う~ん、ワクワクするね~。男の子はやっぱりこういうのが好きなんだよ。うん。天野君はどう?」
マコトはノブヒトの突然の問いに戸惑いつつも、「嫌いじゃないです」と微笑みながら答えた。「だよねだよね」と頷きつつ、「一ノ瀬君は?」と前の席に座っているユウヤに聞いた。ユウヤは首を振りつつ、「あまり興味ないっすね」と、少々素っ気なく答えた。ユウヤの答えを隣で聞いたスズネは「えー」と口を尖らせ、
「高速からここが見えた時は思いっきり興奮してたじゃん。ワクワクしないの?」
と、現在とマスドライバー施設が見えた時のユウヤの態度との温度差を指摘した。「あー・・・」とユウヤは困ったように頭をポリポリと掻きながら、
「あれは、完成された美?や、ロマン?みたいなものを感じて〝すごい!でかい!〟言っていたが、こういうのは興味なくてな。後、なんていうか・・・」
少し言葉に詰まりつつ、スズネに説明をした。
「そうかな?ロボットアニメみたいでカッコいいじゃん。それと、絶叫マシンみたいにワクワクしない?」
「そうだよ、それ。絶叫マシンみたいにこの先、何があるのか分からない感じ。アレが苦手なんだよ。」
自分の抱いている感想にピッタリの言葉が見つかったのか、ぶんぶんと腕を振りつつスズネを指さした。そんな前の二人の会話を聴いていたノブヒトは肘掛けを支えに頬杖を突きながら「はははっ」と笑っていた。
「はは、そうだったか。一ノ瀬君の意外な面が見られて良かった。っと、そうこうしている内にどうもシャトルが止まったらしいね。」
マコトは窓の外を見てみる。暗いからあまり分からないが、景色が動いていない。シャトルはマスドライバー上で完全に停止していた。
[発射位置に到着。現在最終点検中]
イヤホンから音声が流れると同時に、機内のスピーカーから先程の機長と名乗る男性の声が聞こえてきた。
「皆様、現在マスドライバーの最終点検中です。少々時間をいただくことになりますが、これも皆様の安全の為とご理解いただけるようお願い申し上げます。点検が終わるまでの間、お寛ぎになってお待ちください。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
〔ハミングバード号〕機長、沢渡はふぅっと大きく息を吐いた。発射フェーズの殆どが終了し、後はマスドライバーの起動を残すのみとなった。横目で隣に座っている副機長を見る。副機長はぶつぶつと呟きながら操縦桿を握りつつ、目の前の計器を一つずつチェックしていた。が、見ていて分かるレベルで体が強張っている。息も少し荒い。そんな彼を見て、沢渡は緊張を解そうと副機長の肩を叩いた。
「何緊張しているんだ?これまで何回も経験しているだろう。」
「いや、そうなんですけども・・・。客の命を預かっている実感とかもありますが、それよりも宇宙に上がった後のワープドライヴ起動の感覚。アレは何度経験しても慣れなくて。こうしていないと落ち着かないんす。」
副機長は苦笑いを浮かべた。まぁ、確かに彼の言うことも分からなくはない。沢渡もこれまで何十回も宙間フライトを経験しているが、ワープ時のあの独特な感覚。あれは、幾つになっても慣れないだろうな。少し自嘲気味に笑いながらも、沢渡は同時に使命感を思い出し、もう一度副機長の肩を叩く。
「確かに、お前の言っている事は俺も理解できる。が、俺らがビビってたら客が安心して旅行なんて出来ないし、何より客と俺達の命にも関わってくる。大丈夫だ。お前ならできる。そして、このシャトルの安全性は折り紙付きだし、何かあれば俺が付いている。」
安心させる様に激励の言葉を掛ける沢渡。「そ、そうですよね」と緊張が解れたのか、副機長は緊張した面持ちから安堵の表情を浮かべた。その時、二人の間からニュっと細い腕が伸びてきた。その手のひらは飴が2個乗っかっている。
「はい、どうぞ。」
後ろに座っていたハルカが笑顔で飴を差し出していた。「どうも」と、二人は同時に飴を受け取る。
「甘いものは人の緊張を解す効果があるそうです。あ、ゴミはちゃんとダストボックスに捨ててくださいね。」
そう言いつつハルカは手を引っ込め、膝の上に乗せていた端末を操作し、顧客データやスケジュールを確認し始めた。沢渡は貰った飴を直ぐに口に放り込んで舐め始めたが、副機長は飴を見つつ、にへらにへらとだらしなく表情を崩していた。「確かに緊張するなとは言ったが、少しは緊張感を持て」と、部下のだらしない表情を横目に沢渡はため息を吐いたが、「まぁ、緊張が解れたのなら良しとするか」口の中で飴を転がしながら考えを切り替えた。砂糖と甘味料の味が口全体に広がる。
『こちら管制塔。機長?沢渡さん?聞こえますか?』
操舵室にクリアな音声で女性の声が響き渡る。この声は先週に配属されたばかりの新人だったか。沢渡は少し惜しみつつも、急いで口の中の飴を嚙み砕いた。
「こちら沢渡。大丈夫だ。問題なく聞こえている。」
『良かった。追加ブースターとマスドライバーの最終点検完了致しました。世界の各へのフライトスケジュールの再伝達も完了、返信の内容も〝問題なし〟との事でした。シャトルの方は問題ありませんか?』
沢渡と副機長は計器一つ一つに目を通し、異常がないか確認する。どの計器も正常値を示しており、異常はなさそうだ。最後にシート脇から客席から出てきたものよりも一回り大きい液晶端末を取り出す。画面には客席のものよりシャトルの詳しい図が表示されており、各部位の状態を示す表示欄には〔ALL GREEN〕と記載されていた。ついでに同行するエンジニアから「機関部、ワープドライヴ共に問題なし。いつでも飛べますよ!」とメッセージも送られている。
「こちら沢渡。各部位、計器、機関部共々異常なし。エンジニアから〝いつでも飛べる〟とのお墨付きだ。」
『分かりました。発射までの全工程が完了したということで、マスドライバー制御・管理室に伝えます。よろしいですか?』
「構わない」と短く答える沢渡。副機長の方を見ると、色々と思い出したのか‐それとも飴の効果がなくなったのか‐緊張した面持ちで真っすぐ正面を見つめていた。時折、生唾をゴクリと飲む音が聞こえてくる。対照的に、後ろに座っているハルカはとてもリラックスしており、持っていたタブレットを仕舞った後、陽気に鼻歌を歌いつつ、腕時計を確認している。
『沢渡さん、お待たせしました。制御・管理室から〝確認お疲れ様です。後10分後に起動します。〟と返事が返ってきました。』
「了解。制御・管理室への連絡、感謝する。」
『いえいえ。私からは発射までカウントダウンだけとなりますが、操舵室の皆様からは何かございますか?』
沢渡は操舵室にいる二人の乗組員を見る。副機長は相変わらず緊張した様子だったが、何もないと首を横に振る。ハルカも柔らかな笑顔で「大丈夫です」と答えた。二人の様子を確認し終え返事を返す前に、一度沢渡は目を瞑った。ここまでの行程、手順には何一つ問題ない。いつも通りのフライト。一日もすれば地球に帰ってこれる。いつも通りに飛べば何も問題はない。深く息を吐く沢渡。
「よし、一泊二日の旅だ。いつも通り、安全第一に気楽に行こう。」
周囲‐と自分‐に発破をかけ、管制塔に「大丈夫だ。操舵室からは何もない」と答えた。
『分かりました。・・・っと、カウントダウン前に私個人から一つだけ。沢渡さん、良い旅を!』
―――――――――――――――――――――――――――――――――
シャトルが停止してから7分程度経過しただろうか。シャトルが動きだしてから宇宙に上がるまで割と時間がかかるのだな、とマコトは思いながら壁に覆われた暗い景色をぼーっと見ていた。ノブヒトも頬杖を突きながら退屈そうに自分の席から出てきた液晶端末を眺めている。前の席から‐いつも通りだが‐ユウヤの眠そうな欠伸が聞こえてきた。
「お母さん、まだ~・・・暗いの怖いよ・・・」
子どもの不安そうな声も聞こえてきた。「大丈夫。もうすぐよ」と母親がなだめても子どもの不安は拭いきれない。恐らく中年男性のものだろう、トントントンと苛ついた様に肘掛け叩く音も聞こえてくる。思った以上に掛かる待ち時間で鬱屈した空気が機内に流れ始めた時、
「こちら機長の沢渡です。乗客の皆様、大変長らくお待たせしました。」
前のスピーカーから沢渡の声が聞こえてきた。
「マスドライバーの準備が整いましたのでご報告させていただきます。後3分程でマスドライバーが起動し、本機は発射致します。発射の際に軽い衝撃がありますので、念の為今一度シートベルトが締まっており、ロックが掛かっていることをお確かめください。」
マコトとノブヒトは装着しているシートベルトを引っ張ったりしつつロックが掛かっている事を確かめる。‐中年男性と若い女性を除いた‐他の客も、自分のシートベルトをチェックしている。
「皆様、少し経ちましたら管制塔から発射のカウントダウンが始まります。」
一通りシートベルトのチェックが終わった時、スピーカーから沢渡が管制塔からカウントダウンが始まることを告げる。マコトは頷きつつ、手元の端末を見る。端末にはまだ[点検・準備中]表示されている。
「カウントダウンか~。すごい〝らしく〟なってきなねぇ。」
ワクワクを隠し切れないノブヒトがそう言った後、沢渡の声とは違う女性の声が聞こえてきた。
『こちら管制塔。マスドライバー起動カウントダウンを開始します。』
音源も機内のスピーカーではなく、シャトルの外から聞こえてくる。「来た来た」とノブヒトは子どもの様にはしゃぎ始めた。マコトは端末に目をやると、[点検・準備中]から[マスドライバー起動まで残り180秒]と表示が変わっていた。
「対フラッシュ加工、展開。」
スピーカーからの沢渡の声と共に、窓がカチカチと点滅し、細かい斑模様が描かれた。
『起動まで、後150秒。』
さっきまで暗かった窓の外の風景が、静かに青白く明るくなり始めた。明るくなったお陰で、あまり見えなかった壁の湾曲した面が見えてくる。
[残り120]
落ち着かないのだろうか、子どもがキョロキョロと周りを見渡す。母親が落ち着かせようと、優しく子どもの頭を撫で始めた。
『起動まで、後90秒。』
「対ショック用NMジェル、活性。」
壁から何かが流れ、蠢く音が聞こえる。それを聞いたユウヤは気持ち悪そうに壁を見た。一方の窓側に座っているスズネは音など気にする様子を見せず、鼻歌を歌いながらこれから事を想像し、ウキウキした表情をしていた。
「残り30」
残り30秒。流石に緊張してきたのか、マコトは生唾を飲み込む。手にも汗が流れ始めた。窓の外が一層青白く光り始める。
『起動まで残り10、9、8、7、6、5、4、3、2、1・・・』
[マスドライバー、起動]
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