【短編】 冥土喫茶

さくらかるかん

卒業出来なかった女の子

輪廻の輪に続く道の途中にある喫茶店。

名前を冥土喫茶。冥土、つまり冥界にある喫茶店だから冥土喫茶と言う名前ではなく……そこで働いている社員は皆メイド服を着ており、ドアを開けて入れば……『おかえりなさいませ、ご主人様』と今回は腰をしっかりと曲げて綺麗なお姉さんが出迎えてくれた。

そう、ここはメイド喫茶なのだ。


今日も今日とて、新しいお客さんが店に入ってくる。

入ってきたのは高校の制服を来た女の子。

顔は緊張していて、一歩歩くたびにビクビクしている。メイドの一人が女の子に気づき出迎える。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

女の子は恥ずかしいのか、顔を下に向けて小声言葉を返す。

「あっ、えっと……こんにちは」

「お嬢様、席にどうぞ」

「わ、分かりました……」

女の子はまだビクビクしながら案内された席に座る。席に座ると女の子は何か喋りたそうにこちらを見てくる。

「お嬢様、どうかなさいましたか?」

「この喫茶店は現世での心残りを晴らしてくれると聞いたんですけど……」

女の子はこちらを信用してないのか怪しむような視線を向けながら話す。

「ええ、そうですよ。ここは冥土喫茶。現世での忘れ物、心残りを私達メイドがご主人様、お嬢様にご奉仕して輪廻の輪へと向かってもらう所です。まぁ、たまにゆっくりしたいだけのご主人様、お嬢様も居ますがね」

「私の願いも聞いてくれますか?」

女の子はさっきの怪しむ視線とはうってかわって何かに縋り付くような視線を向けてくる。

「ええ、だって私は冥土喫茶のメイドですから。その願いをお聞かせください」

私がそう言うと女の子は息を1つ吐いて話を切り出した。

「私、高校の卒業式の前日に事故で死んでしまったんです。友達とっカラオケで遊んでっ本当にっ楽しかったんです。でもっ、帰り道でっ……」

女の子はとても辛そうに話している。私はそれが見るに耐えなくて、心がとても痛くて女の子の話を遮った。

「お嬢様、辛い話は別にしなくても大丈夫でございます。お嬢様の願いを聞かせてください」

「あっ、えっと……私は卒業式に出たいんです。阿山小夜(あやまさよ)って呼ばれて賞状をもらいたいんです。だって、学校だけが私の頑張った証だから」

女の子は何かを決意したかのように強い目でこちらを見つめる。

「……小夜お嬢様、はっきり言います。お嬢様が生き返る事は決してありません。それでも、卒業式に出たいんですね?」

「はい。私にはそれだけが心残りです」

強い目は決して揺らぐことなく私を見つめていた。

「分かりました。では、ミルクティーでも飲んでゆったりしていてください」

「あっ、分かりました」

女の子はちょっとずつちょっとずつミルクティーを飲み始めた。

『卒業式に出たい』この彼女の願いは色々な願いが重なっていると考える。3年間高校生活をやりきったという証明、友人との別れの言葉、阿山小夜の生きた証。

「あちっ、舌がいたひ……」

女の子がミルクティーで舌をやけどしたのか口で舌を挟んでヒィーヒィーと舌に息を吐いている。

「大丈夫ですか。小夜お嬢様、冷たい物もご用意致しましたのでどうぞ」

「あっ、ありがとうございます。えっと、メイドさん」

「いえいえ」

私はメイドさんと言われて若干気分が上がっていた。

「では、小夜お嬢様。そのミルクティーを飲み終わりましたら私をお呼びください。このベルを鳴らして頂ければすぐに参りますので」

「あっ、分かりました」

では、私は小夜お嬢様がミルクティーを飲み終わるまでに願いを叶える準備をしよう。


私はベルを鳴らす。

するとすぐに私にミルクティーをくれたメイドさんが奥のドアから現れた。

「えっと、ミルクティー美味しかったです。ありがとうございました」

「いえいえ、私も美味しいと言われて大変嬉しく思います。では、行きましょうか」

「えっと、どこにですか?」

私はメイドさんの言葉に困惑して質問する。

「もちろん、小夜お嬢様の卒業式にですよ」

「え?」

私はメイドさんの言っていることがよく分からなかった。でも、メイドさんの言葉は私の心を刺激した。

メイドさんは私を店の裏に案内し、一つの黒いドアの前で止まった。

「えっと、ここを通れば良いんですか?」

「ええ、この先で小夜お嬢様の願いを叶える事が出来ます」

「願いを叶える?」

「はい。この先に小夜お嬢様の全てが詰まっています。安心してください。私も付いていくので」

「分かりました」

私は困惑しながらもメイドさんのことを信じて黒いドアを開き、足を一歩踏み出した。

踏み出した先に待っていたのは私の通っていた鶴光高校の校門だった。校門の横には卒業式と大きな看板が建てられていて、その看板の横に親子で立ち写真を撮る同級生がたくさんいた。

「えっと、メイドさん。これって」

「小夜お嬢様の卒業式です。ただ、そこにいる人々、小夜お嬢様のお友達に私達の姿が見える事はありませんが……」

「そうですか……」

また友人達と話ができるのでは少し期待してしまったがしょうがない。なんせ私はもう死んでいるのだから。

「では、行きましょうか」

「あっ、はい」

私は前を進むメイドさんに着いていく。メイドさんが私を連れてきたのは卒業式が行われる体育館だった。

「小夜お嬢様はどこに座る予定だったんですか?」

「私は3年1組1番だったので左側の1番前の席ですね」

「そうですか……ですが、小夜お嬢様。少しこの後ろの席に座って卒業式を見てみましょうか」

「えっと、はい」

私はメイドさんが何を言っているのかいまいち良くわからなかったがメイドさんが椅子に座ったので私も隣に座ることにした。

少し時間が経って卒業生、つまり私の同級生が入場してき……た。

私の目の前には信じられない光景があった。3年1組1番、一番最初に入場する私の姿がそこにあったのだ。

「メイドさん、私が……」

「ええ、ここは小夜お嬢様が生きていた世界とは違います。ここは小夜お嬢様が死ななかった世界なのです」

「私が死ななかった世界?」

「ええ。私の好きな説で時間とは1つの川の流れのようなものと言う物と世界線は紐のように絡み合って出来ていると言うものがあります。つまりこの世には小夜お嬢様が生きている世界線もあるという事です」 

「で、でも私はこうして死んで……」

「α世界線の小夜お嬢様は死んでいますが、このβ世界線の小夜お嬢様は死んでいない。この違いだけ分かればいいのです」

「そ、そうですか?」

私は未だに困惑していたが無理やり自分を納得させた。

「小夜お嬢様」

「なんですか?メイドさん」

「私はあなたの願いを叶える方法を色々と考えました。その中で唯一実現可能と判断したのがこの生きている貴方を見せて友人との関係についての不安を取り除くという物です」

「はい。間接的にですけど、卒業式にも出れましたからね……」

私はここまでやってくれたメイドさんの為にも無理やり納得した。

「いえ、小夜お嬢様の卒業式はまだ終わっていませんよ。私の手をお握りください」

「えっと、はい」

私は恐る恐るだったがメイドさんの手を握った。するとまた世界が変わり、私は体育館のステージの上に立っていた。

「え?」

「小夜お嬢様。大変申し訳無いと思いますが鶴光高校の校長の代わりに私が小夜お嬢様に卒業証書をお渡ししたいと思います」

「あっ、はい」

メイドさんの言うことがさっきから理解出来ていないがメイドさんの手には阿山小夜と書かれた私が貰うはずだった卒業証書が握られていた。

「阿山小夜」

「はい」

「貴方は第175289代鶴光高校卒業生として証明するとともに3年間のカリキュラムを終了したことを証する。2021年3月5日校長代理冥土喫茶メイド永遠。お疲れさまでした」

私は学校のリハーサルでやった通りに証書を受け取る。そして、私、阿山小夜は永遠さんの言葉に今までで一番元気よく返事をした。

「はいっ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】 冥土喫茶 さくらかるかん @sakurakarukan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ