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 やっと町の中心地まで辿り着くことが出きた。

『着きましたよ。伸介さん。これからどうします。すぐにお祖母さんを探しますか。それとも、ひと休みしてからにしますか…』

『休むと言ったって、ぼくはそんなに疲れてもいないしなぁ。うーん、どうしようか…、まあ、ちょっと休憩しようか。モクさん』

『はい、そうしましょう。ドッコイショっと』

 山羊のモクさんは、両足を折ると地べたに寝そべった。伸介も両膝を折って、その場にしゃがみ込んだ。

『どこに行って誰に聞けば、お祖母さんの居場所がわかるのかなぁ。まさか、ここには警察なんかないだろうし…』

『そうですねぇ。わたしも人間のことは、よく判らないんですよ。すみませんねぇ。でも、行きあたりばったりに、その辺を歩いている人に、聞いて回ってはどうでしょう。そのほうがわりと早く判るかも知れませんよ』

『そうだなぁ…。それしかないのなら、そうするよりないか…。よし、そうと決まれば、さっそく聞いて回ろう』

 伸介は立ち上がると、前方からこちらに向かって歩いてきた、中年の女性を呼び止めて訊ねた。

『あのう…、すみません。ぼくの祖母なんですが、浅丘信子という人は知りませんか…。八十歳くらいなんですが』

『さあ…、あたしは判りませんね。でも、ちょっと待ってください。友達にも聞いてあげますから』

 中年の女は、その場で方々に向けて自分の想念を送った。

『あなたお名前は何とおっしゃるの』

『あ、すみません。浅丘伸介と言います』

『浅丘伸介さんですね。しばらくお待ちになってくださいね』

 女は「浅丘伸介さんという方が、お祖母さまの浅丘信子さんの、消息を訪ねていらっしゃいます。どなたかお心当たりの方はおりませんか」という想念を送った。

 すると、想念を送った女の表情がパッと明るくなった。

『お喜びください。浅丘さん、たった今、あなたのお祖母さま、ご本人から直接ご連絡がありました』

『え、本当ですか…。それで、今どこにいるんですか…』

『すぐ、この近くに住んでいらっしゃるそうです。これからあたしが案内しますから、ご一緒に来てください』

『よかったですねぇ、伸介さん。これでわたしも安心して帰れますよ。それでは、わたしはこの辺で失礼しますよ。はい、さようなら』

『いろいろどうもありがとう。ラインの親父さんによろしく言っといてください。モクさんもお元気でねー』

 遠ざかっていく山羊を見送りながら、伸介は必死に手を振りながら見送った。

『それでは、あたしらもまいりましょうか、こちらです。どうぞ』

『すっかりお世話になってすみません。失礼ですが、おばさんもこちらに来られて長いんですか…』

『あたしですか。どれくらい経ちますかね…。ここではあまり時間は関係ないですから、どれくらい経つかなんて、数えてみたこともないですね』

『そうですか…。ここでは時間という概念そのものが、ないのに等しいのかも知れませんね。もしかすると、時間なんか気にしているのは、人間だけかも知れないなぁ…』

『あ、ここみたいですよ。浅丘さん、あたし先に行って確かめてきますから、ここで少し待っていてくださいな』

 女はそう言い残して、一軒の家に向かって歩いて行った。

 ものの二分も経つか絶たないうちに、女は足早に伸介のところへ戻ってきた。

『どうでしたか…』

『ええ、ここにお住まいの方は間違いなく、浅丘さんのお祖母さまの信子さんでした』

『あれ、お祖母ちゃんなら、真っ先に飛び出してくると思っただけど、変だなぁ。どうしたんだろう』

『ああ、それなら、ちょっとした理由がありまして、いきなり出て行ったのでは、伸介さんがびっくりなさるといけないので、とのことでした』

『え、でも、なぜぼくがびっくりするんですか…』

『それはお逢いになれば分かりますよ。どうぞ、こちらへ』

 女に伴われて伸介もついて行った。

『信子さん、伸介さんを連れてまいりました』

 入口の扉を開けると、すぐに祖母の声が聞こえてきた。

『まあ、まあ、伸介。よく来たわね』

 祖母の姿を見た途端、伸介は頭から冷水を浴びせられたような思いがした。なんと伸介の目の前に立っていたのは、伸介よりも五・六歳は若いと思われる女性だったからだ。

『こ、これがお祖母ちゃん…、確かぼくのお祖母ちゃんは、八十何歳かで亡くなったはずなのに、こんなに若いはずがないんだ。あなたは一体誰なんですか…』

『まあ、伸介が驚くのも無理はないわね。あたしは正真正銘のあなたの父親、伸太郎を生んだ浅丘信子ですよ。安心なさい。伸介』

『だけど、どうしてそんなに若いんですか。ぼくにはまだ信じられません』

『伸介が信じられないのは無理もないわ。あら、あら、いつまでもそんなところに立ってないで、中にお入りなさい。中でゆっくり話しましょう』

 信子はふたりを室内に招き入れた。

『信子さん、あたしはこの辺で失礼しますわ。でも、本当によかったですわね。伸介さん、お祖母さまにお逢いできて…』

『あら、あなた、まだいいじゃありませんか。せっかく伸介を案内してきていただいたのに、どうぞゆっくりして行ってくださいな』

『そうですか…。それではせっかくですから、ほんの少しだけお邪魔しようかしら』

 案内してくれた女も交えて、三人は席について信子が話し出した。

『ずいぶんになるわね。伸介の顔を見るのも…、何年になるのかしらね。あたしがこちらに来てから…、もっとも、ここではそんなに時間なんて、気にする必要もないんだけどね。それでもやっぱり懐かしいわ。何といっても伸介はあたしの孫だものね』

『うん、ぼくも判ってきたよ。姿形は若く見えるけど、やっぱりあなたはぼくのお祖母ちゃんなんだってことが……、でも、どうしてそんなに若返ったの…』

『それはね…。あたしたちが元いた世界では、母親が受精して赤ちゃんが生まれてきて、だんだん成長して大人になって、やがて年老いて死んでしまうでしょう。ところが、ここ迷界ではまったく逆なの…』

『逆…、逆ってどういうことですか…』

『逆っていうのはね。もちろん個人差はあるらしいんだけど、時間が経つに連れてどんどん若くなっていくのよ。あたしの場合は特に若返る時間が早いらしくてね。見てのとおり、いまではこんなに若くなってしまったわ』

『そ、それじゃ、もっと若くなって最後には赤ちゃんになってしまったら、その先は一体どうなるんですか…』

『さあ、どうなるのかしらね…。あたしにも判らないわ。たぶん、また卵子と精子に分かれて、宇宙の真っただ中を漂っていくのかも知れないわね…。

 だけど、伸介さん。あなたは少しばかり、こちらに来るのか早すぎたのではありませんか…。あなたの年齢ならあと六十年くらいは、人間界に存在できてもおかしくないたはずなのに、一体どうしたのですか』

『それがね。お祖母ちゃん、突然だったんだよ。さっき、このおばさんには話さなかったんだけど、ぼくが昼飯を食いに行こうとした時に、ついうっかりしてて車に跳ね飛ばされたらしいんだ…。それできがついたら、この迷界の中を彷徨っていたんだよ。でも、お祖母ちゃんに逢えてとても嬉しかったよ』

『そう…、そうだったの…。でも、あたしもうれしいよ。伸介に逢えたんだものね』

『でもさ、お祖母ちゃん…。このお祖母ちゃんって呼ぶのも、ぼくよりも若いのになんだか気が引けるよなぁ。どうしようか…』

『そんなこと、気にしなくてもいいわよ、伸介。間違いなくあたしは、あなたのお祖母ちゃんですもの、かわいやしないわよ』

『だけどさ、実年齢はともかくとしても、見かけはぼくよりも若い女性なんだから、何となく気が引けるんだよなぁ…』

『あなたもしつこいわね。あたしがいいって言っているんだから、それでいいでしょう』

『だってさ、知らない人が見たら絶対変に思われるよ』

『しょうがないわね…。だったら信子さんとか信ちゃんって呼びなさいよ。それでいいでしょう』

『信ちゃんか。それいいね。それで行こう。ねえ、信ちゃん』

『なんだか、あなたに言われると気持ちも悪いわねえ…』

『ちえ、何言ってんだよ。自分で言い出したくせに…』

『でね、いいわ。あたしもあなたのことを、伸介くんって呼んじゃうから』

『ちえ、勝手に呼びなよ。信子ちゃん』

『あら、いいわね。本当に若くなった気分だわ』

『充分若いだろう。どう見たってぼくより、ずっと若く見えるじゃないか』

『うふふ、そうぉ、ありがとう。伸介くん』

『これで本当に八十四歳かよ。とても信じられないね』

『あら、失礼ね。あたしはまだ八十二歳よ。バカにしないでちょうだい』

『二歳だろうが、四歳だろうがあんまり変わり映えないだろう』

『何を言ってるの、伸介くん。その二歳や四歳の差が大きいんじゃないの。特に女性にはね。冗談じゃないわよ』

『はい、はい、解かりました。どうもすみませんでした』

 伸介の祖母の信子は、もうすっかり若い娘に徹しているように言い切った。

『それより、これからどうしようかな…。お祖母…じゃない、信子ちゃん』

『どうしようかなって、何がよ』

『だって、ぼくはここに来たばかりだし泊るところもないしさ、どうしようかと思って考えてたんだ…』

『なーんだ、そんなことで迷ってたの。伸介くんは、それなら安心なさい。あたしのところに泊めてあげるから、だいじょうぶよ』

『え、だって、いくら孫と言ったって若い娘さんのところに、ぼくみたいな男が泊ったら、世間の目がうるさいんじゃないの…』

『バカねえ。あなたは、まだそんな人間界の習わしとかに、こだわって生きているの。もうおやめなさい。そんな人間界の生き方にこだわるのは、ここは迷界なのよ、迷界には迷迷界なりの生き方があるわ。あなたもそれに早く慣れることね』

『迷界の生き方…、それはどういうことですか…』

『例えば、人間界では生きていると、さまざまな縛りがあるわよね。生きていく上で、あれをやっちゃいけないとか、これをやっちゃいけないとかいう縛りが、他人の物を盗めば罰せられるし、もちろん殺人を犯せば即罰せられるわ。

 この迷界には、人間界でいうような罪と罰は一切存在しないの。

 なぜなら、罪を犯す人がいないから、罰せられたりしないのよ。わかる、伸介くん』

『うん…、わかったような、わからないような…。あれ、さっきぼくをここへ連れてきてくれた人は帰ったの…』

『ええ、あの人なら少し前にもどったわ。どうかしたの、伸介くん』

『うん、お礼を言おうと思っていたのに、帰っちゃったのか…』

『まあ、そんなこと、それなら心の中でお礼の言葉を念じなさい。

 そうすれば、きっとあの方の心にも通じるわ。ここは迷界で、あたしたちは精神体なのよ。心で念じさえすれば、どんなことだって通じるわ。あなたは、まだここに来たばかりだから、慣れていないだけなんですよ。さあ、あなたも今日はあちこちと、歩き続けてきたみたいだから、だいぶ疲れたでしょうから、そろそろ休むことにしましょうか』

『休むったって、外はまだ明るいよ。真昼間から寝れるのかい…。信子ちゃん』

『だいじょうぶよ。ここには昼も夜も存在しないところよ。明るいのがいやだったら、いくらでも暗くしてあげますよ』

 信子がそういうと、辺りは一気に帳を下ろしたような闇に覆われ、次の瞬間にはふたりのいる部屋だけが、灯りを点したように明るくなった。

『どう、これなら安心して寝れるでしょう。さあ、いらっしゃい。伸介くん』

 信子は立ち上がって伸介を促した。

『どこへ行くの…』

『決まっているでしょう、あたしの寝室よ。何十年ぶりになるかしらね。伸介くんと寝るのって、懐かしいわ』

『え、ぼくも一緒に寝るのかい…。信子ちゃんと…』

『当たり前でしょう。だって、ベッドはひとつしかないもの。さあ、行きましょう』

『しかし、ぼくは…』

『何をそんなに恥ずかしがっているの。あなたは、いやだわ。あたしがあまり若返りすぎたから、それで恥ずかしがっているんでしょう』

『そんなんじゃないけど、しかし…』

『だったらいいじゃない。早く来なさい』

 信子は伸介の手を引くと、自分の寝室へ連れて行った。


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