第69話 倒産

 その日の引けにゲオルグにマージンコール、追証が発生したことは直ぐに噂として広まった。

 当然マクシミリアンの耳にも入る。

 ヨーナスが噂を聞きつけて、金融商品取引所の職員に裏を取ってから、急いでマクシミリアンの屋敷にやってきたのだ。

 マクシミリアンはジークフリーデと共にヨーナスの報告を聞く。


「買ってこないと思ったら、追証が発生してたのか。わかっていればもっと売り込んだのにね」


 報告を聞いたマクシミリアンは悔しがる。


「それと、追証の差し入れで気になることがありまして」


「なにかな?」


「証拠金の入ったチェストが運び込まれたのですが、中身は見るなという指示が出ているそうなのです。厳重に鍵がかけられていて、誰も中を見ていないのだとか。ただ、ずっしりとした重みはあるので、中に何もないという訳ではないと」


 ヨーナスの報告を聞いて、マクシミリアンは大父の書いたことが頭によぎる。


「中身は追証ほどの価値もない何かだろうね。職員すら中身を確認しないなんてあり得るの?」


「彼らもローエンシュタイン伯爵に提灯をつけて、長いこと儲けてきましたからね。ここでローエンシュタイン伯爵がパンクでもしたら一緒に破産ですよ」


「なるほどねえ。それは実に面白い」


 マクシミリアンは意地悪く笑う。

 新しい獲物を見つけたことでワクワクが止まらないのだ。


「取引所の人間がゲオルグと組んで、小麦の吊り上げとは嘆かわしい事ですわね。庶民の苦しみなどわかってないのかしら」


 ジークフリーデは怒りをあらわにした。

 ブリュンヒルデから大父マクシミリアンが不当に吊り上げられた商品価格を売り崩し、物価を下げて庶民の生活を助けたかを聞いて育ったので、物価の吊り上げをする投機家を嫌悪しているのだ。

 元々ゲオルグに対しては嫌悪感を隠さなかったが、事実を知って金融商品取引所の職員にもそれが向いた。


「ま、ゲオルグの手元に現金がないのがわかって良かったよ。後は最後の仕掛けだね」


 とマクシミリアンが言うと、ジークフリーデとヨーナスはそれが何であるかを訊ねた。

 マクシミリアンは二人に計画を説明する。


「今ゲオルグは手元に現金がない。でも、マルガレータ家のの資金を結集すれば、小麦の買い占めはまだ出来る筈だよ。となると、ゲオルグは現金でないものの換金に動くはずだよね。現金化されたらこちらの負けだ。だから、ゲオルグが現金を手に入れられないようにしようと思う。ちょっと気が引けるけどね」


「今更気が引ける事もないでしょう?」


 ジークフリーデはマクシミリアンが気が引けると言った意味がわからなかった。

 これだけの大金を使って叩き潰そうとしているのに、今更何をためらう必要があるのか。

 だが、マクシミリアンは首を振った。


「マルガレーテに申し訳なくてね」


「どうしてマルガレーテ様なのですか?」


 今度はヨーナスが訊ねる。

 マクシミリアンは少し言葉に詰まる。


「マルガレーテの銀行を潰すからだよ」


「あの女の銀行を?」


 ジークフリーデが驚く。

 マクシミリアンは頷いて言葉を続けた。

 

「僕があの銀行を手に入れたのは潰すためだよ。ただ、業績を悪化させたのはローエンシュタイン男爵だから、多少は罪悪感も薄れるけどね。これからマルガレーテに迎えをやって、この屋敷に来てもらう。彼女には悪いけど、全てが終わるまではこの屋敷から出さない。ジークフリーデはマルガレーテの相手をしてあげて」


「相手をするのは構いませんけど、もっと詳しい理由を教えてほしいものですわ」


「わかったよ」


 マクシミリアンは計画の詳細を二人に伝えた。


 そして、マルガレーテに迎えの馬車を送り、屋敷へと来てもらった。

 案内された部屋にはマクシミリアンとマルガレーテがふたりきりとなる。

 そこでマクシミリアンはマルガレーテに銀行を潰すことを話す。


「マルガレーテ、実は銀行を潰そうと思うんだ」


 その言葉にマルガレーテは不快感を隠そうとしなかった。


「理由をお聞きしても?」


「経営状態が悪くてとてもじゃないけど経営を続けられないんだ。内容を調べてみたら貴女の父上の男爵が無理な貸付をして、貸した途端にみんな倒産してるんだよ。僕への露骨な嫌がらせだろうね」


 男爵はマクシミリアンに損をさせようとして、マルガレーテ・ローエンシュタイン銀行に無理な融資をさせ、融資先を次々と倒産させていった。

 もちろん、全て男爵の息のかかった融資先であり、融資した金は男爵の懐に入っている。

 マクシミリアンは経営内容を調査しており、その過程で不正融資を把握していた。

 そして、敢えてそれを見逃してきたのである。

 マルガレーテも、自分の父親がそういう無理な融資を行員に指示しているのを知っていた。


「さて、マルガレーテ。貴女がこの事実を知らなかったのであれば頭取として無能であるし、知っていたとなればやはり頭取には相応しくないと思うのだけど。以前約束したように、僕は銀行がどうなろうとも貴女と行員の生活は保証します。行員の人たちには新しい職を与えましょう。貴女は僕の妻として不自由のない生活をお約束いたします」


 マクシミリアンはマルガレーテに手を差し出した。

 が、マルガレーテはその手を振り払った。


「私は、あの銀行を潰したりはしません」


 目に涙を浮かべてマクシミリアンに反論した。


「では、潰したあとで新しく銀行を設立しましょう。そこの頭取には貴女になってもらいます」


 マクシミリアンの提案にマルガレーテは強く頭を振った。


「例えば、子供の時の好きなおもちゃが壊れたときに、同じ物を買い与えられたとしてもそれは同じと思えなかったことはありませんか?新しい物にはそれと一緒に過ごした時間が無いのです。あの銀行は結婚を諦めた私にとって子供のようなものです。それを潰すなんて出来ません!」


「気持ちはわかります。でも、潰すことは僕単独でも決められます。2/3の株を握っているので、特別議決は全て僕の思いのままです。潰したくないのであれば、もっと男爵に抵抗するべきでしたね。ここまで経営が傾いたのであればもう手遅れだ。解散価値を考えたら少しでも早く潰して、資産の流出を止めようと思うのは当然だよ。株主としてこの状況は看過できない」


 マクシミリアンにそう言われマルガレーテは言葉が出なかった。

 父親のやっていることを知っていたのに、それを止めなかったのは自分だ。

 結果、あっという間に経営は傾き、マクシミリアンが決断しなくとも数ヶ月以内に倒産していただろう。

 だが、それでも10年以上経営してきた会社を潰すということは認められなかった。


 マルガレーテは自分の体に魔力を流す。

 マクシミリアンもそれに気づいた。


「何をしようというのですか?」


「マクシミリアン様を実力で止めてみせます。子供同然の銀行を潰されるのを黙って見ていられません」


 それを聞いてマクシミリアンは悲しそうな表情を見せた。


「その決断をどうしてもっと早く出来なかったのですか?僕の婚約者にならず、銀行を守っていく気概を見せてくれたらもう少し違った結末もあったかもしれないのに。それに、聖属性の貴女に攻撃するだけのスキルは無い筈です」


 マクシミリアンの指摘するように、マルガレーテには攻撃魔法は無かった。

 しかし、支援魔法で自らの肉体を強化することは出来た。

 そして、強化が終わると髪留めを手に持ち、マクシミリアンに襲いかかる。


「塩分消去」


 マクシミリアンは向かってくるマルガレーテの体内の塩分を致死量にならない程度に抜いた。

 塩分不足からマルガレーテの動きが止まる。

 そしてマルガレーテは意識を失った。

 意識を失う直前に


「ごめんなさい」


 と聞こえた気がした。


 次にマルガレーテが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。

 横に目をやればジークフリーデが椅子に座っていた。


 マルガレーテは上体を起こして、ジークフリーデに訊ねた。


「どれくらい寝ていましたか?」


 ジークフリーデは素っ気無く答える。


「一晩、今は翌日の昼よ」


「あの、マクシミリアン様はどちらに?」


 そう訊ねられると、ジークフリーデは今度は少し考え込んだ。


「そうね、本当なら貴方に話せることでは無いけど、どうせ全てが終わるまではこの屋敷に軟禁するのだから構わないわよね。いいわ、教えてあげるけどマクシミリアンは最後の仕上げに向かったのよ。貴女の銀行の倒産手続きと、ローエンシュタイン伯爵の金策封じね」


「そんな、頭取の私がここにいるのに倒産手続きなど出来るはずがないわ」


 マルガレーテは強い口調で反論した。

 倒産手続きには経営者のサインが必要なのだ。

 ジークフリーデはそれを聞いて笑った。


「議決権の2/3はマクシミリアンが持っているのよ。貴女を解任して自分が頭取になる事だって可能なのよ」


 それを聞いて、マルガレーテは初めて自分が頭取を解任されたことを知った。

 そしてショックを隠せない。

 そんなマルガレーテにジークフリーデは冷たく言い放つ。


「ショックを受けるくらいなら、男爵の行動を止めるべきだったわね。遅かれ早かれ倒産は避けられなかったわ。倒産手続きを自分でしなくて済んだのだから、マクシミリアンに感謝しなさい。あの子、意外と繊細で銀行を潰すことを悩んだいたのだから。そんなマクシミリアンに刃を向けるなんて自分勝手にも程があるわ。辺境伯に襲いかかったのだから、本来なら処刑ものよ」


 そう言われてマルガレーテは自分の行動を後悔した。

 もし、あそこでマクシミリアンの命を奪っていれば、自分は処刑されただろうし、家も取り潰しになっていたかも知れない。

 それに、従業員たちの生活の保証もされることは無くなっていただろう。


「あの、私の処遇はどうなるのでしょうか?」


 マルガレーテは不安になって訊ねた。


「言ったでしょ、全てが終わるまで軟禁よ。マルガレータ一門に情報が漏れるといけないから。その後はマクシミリアンの婚約者として普通に生活が出来るわ。まあ、第一夫人は私だから、その辺の序列はしっかり認識してもらわないと困るけど」


 マルガレーテはジークフリーデの言葉に拍子抜けした。

 マクシミリアンに歯向かった罰が何もないのだ。


「それと、マクシミリアンが貴女の体から塩分を一時的にだけど抜いたから、何処か不調を感じたら言ってね。寝ている間に塩分濃度はもとに戻しておいたけど、それでも何かあったらいけないから」


「はい」


 そう返事をすると、マルガレーテは横になって頭から布団を被った。

 ジークフリーデに涙を見られたくなかったのだ。


 そして、マルガレーテとジークフリーデが会話をしていた頃、王都ではマルガレータ・ローエンシュタイン銀行が倒産したと話題になっていた。

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