第63話 婚前旅行

 僕はジークフリーデと外国に旅行することにした。

 勿論、家族サービスというのは表向きで、実際には海を隔てた隣国のドリッテン王国への小麦の買い付けが本当の目的だ。

 今回ブリュンヒルデは同行しない。

 何故ならば、


「お母様はご懐妊されましたので、しばらくは屋敷で大人しくされるそうですわ」


 とジークフリーデから聞いた。

 それを聞いた瞬間、僕は口の中のお茶を噴き出し、エマは持っていたポットを床に落とした。

 ジークフリーデは僕らの慌てぶりを見てケラケラと笑う。


「心配しなくても大丈夫ですわ。生まれてくる子供はお父様の子供として育てられますから」


「その言い方だと僕の子供だよね」


「当たり前ですわ。あれだけやっていれば懐妊するのも当然。まったく、私よりもお母様が先にご懐妊してしまったので、早く子供をつくれというお説教が大変でしたわ」


 僕は熱くもないのに汗が止まらない。

 ローエンシュタイン公爵にバレたらと思うと、嫌な想像がグルグルと頭の中を駆け巡る。

 僕が聖下の称号を得てからは、ブリュンヒルデはよくお腹を触っていたが、あれは妊娠するようにというおまじないだったのかもしれない。


「大丈夫、きっと元気な子が生まれてくるから」


 心配してるのはそこじゃない。


「私も今回の旅行中に子供を授かるかしら?」


 ジークフリーデの目は完全に獲物を見つけた猛禽類のそれだった。

 大父様の日記にも似たような事が書いてあったな。

 大母様達の目は猛獣か猛禽類のそれの如しと。

 今ならよくわかる。


 それと、マルガレーテも同行しない。

 彼女は婚約をまだ親に伝えていないし、銀行経営が忙しくて何日もあけるわけにはいかないそうだ。

 なので、今回はジークフリーデとエマ、それにヨーナスと一緒の旅行になる。

 ヨーナスとは現地集合だけど。

 彼はすでに出発しており、今頃はドリッテン王国で小麦の買い付けを行っているはずだ。


 船で一週間程でドリッテン王国に到着する。

 全員が船酔いでダウンしたお陰で、夜は何もなかった。

 というか、そんな気分になれず早く陸に上がりたい気持ちでいっぱいだった。


 そして、ようやく上陸すると三人共薄っすらと目に涙を浮かべた。

 帰りも船かと思うと気が重い。

 護衛で来てくれているニクラウス一門とルーカス一門の面々はなんともなさそうだ。

 流石は軍人だな。

 船酔いで戦えないなんてことは無さそうだ。


 ヘロヘロの体調でヨーナスの泊まっているホテルに向かう。


 到着したホテルは貴族や豪商向けの高級なホテルで、客層も裕福なものしかいない。

 一泊どのくらいなのだろうか?

 今回は仕手戦で稼げたということでヨーナスの奢りだ。

 エマがフロントで話をすると、しばらくここで待つように言われた。

 待っている間、冷たいお茶が出てくる。

 氷の魔法で冷却してあり、とてもお金がかかっているのがわかった。

 ジークフリーデがエマを解雇して浮いたお金で氷の魔法を使える者を雇いたいと言って、エマと喧嘩になって他の客の視線を集めたのがとても恥ずかしかった。


 二人の喧嘩も終わった頃ヨーナスがやってきた。


「マクシミリアン様、早速クリストフ商会に行きましょう」


「今すぐに?」


 船酔いがまだおさまってないのに、ヨーナスに手をひかれると気持ち悪さに拍車がかかる。

 が、商売のためなら仕方がないか。

 小麦を仕入れるための資金を稼ぐために、調味料を売らないといけない。

 そう頭では理解しているけど、体はやはり拒否反応を示す。

 結局ジークフリーデとエマをホテルに残して、僕だけがヨーナスと行動することになった。


 そんなわけで、無理矢理連れてこられたクリストフ商会。

 会頭のクリストフは40歳位の商人だ。

 ヨーナスみたいにお腹がぽっこりと出ているわけではなく、細身の体型で商人っぽくない。

 整った短い黒髪で目付きは鋭く、厳しい性格であることが見てわかる。

 だが、一度笑うとニコニコと愛想よく出来るのは客商売に向いていそうだけど。


「この度は当商会をご利用いただき、まことにありがとうございます」


 ヨーナスに頼んでドリッテン王国の小麦を買い集めてもらっていた。

 ヨーナス商会はクリストフ商会との付き合いが古く、ドリッテン王国での仕入れはクリストフ商会を使っている。

 特に、今回のような大口の取引では、信頼の置けるところが一番だ。


「こちらこそ、無理な注文に対応していただき感謝しています」


 挨拶を終えるとヨーナスが早速調味料の注文を出してきた。


「マクシミリアン様、ドリッテン王国ではコショウも貴重ですが、八角茴香や茴香も高価なのですよ。是非そちらをお願いしたいのですが」


「そんなものが?」


 八角茴香や茴香はフィエルテ王国でも貴重だけど、コショウと同等までは行かない。


「ドリッテンでは自生できないのです。そして、輸入しようにも薬の材料でもあるので、他国からは中々まとまった量を仕入れることが出来ないのです」


「そういうことか」


 僕は納得した。

 調味料としてだけではなく、薬としての需要もあるので輸出には回らないのだ。

 それでも高額となれば輸出する者も出てくる。

 輸送中の事故を考えたら、国内で扱うほうが得だろうけど。


 依頼された八角茴香と茴香を魔法で作り、それをクリストフに差し出した。

 彼はそれを手に取って本物かどうか見極める。


「信じられない、本物です。魔法で調味料が作り出せると伺っておりましたが、実際に見るまでは信じられませんでした」


 と申し訳無さそうに頭を下げた。

 随分と正直だなと思った。

 黙っていればわからなかったのに。


「火や水を作り出すのと変わりませんよ。むしろ、そちらのほうがすごいと思いますけどね」


「いいえ、貴族には失礼ですが、火や水を作ることのできる者は大勢おります。つまり、希少価値が無いのですよ」


 確かに僕の属性はオンリーワンだ。

 大父様以来味属性は出ていない。

 僕が記録では二人目となる。

 それにしても、八角茴香や茴香がコショウ並みの値段とはありがたい。

 コショウを作るのには多くの魔力を使うが、茴香はそれよりも少ない魔力で済む。

 同じ金額で買ってもらえるなら、量が多いほうが良い。

 因みに、茴香の代金は小麦で払ってもらう。


「そんなに小麦を買っても、持って帰るのが大変じゃないですか?」


 クリストフが心配そうに訊いてきた。

 だけど、僕は味属性の他にも大父様と同じ能力がある。

 無限のアイテムボックスだ。

 これを知っているのは親とヨーナス位だけど。

 だから、ここで1兆マルク分の小麦を仕入れても、持ち帰るのには困らないのだ。

 この1兆マルクはドリッテン王国での取引価格で、フィエルテ王国なら10倍にもなる。

 ただし、船の費用やその後の陸運の費用に加えて、領地を通過するときの税金もかかってくるので、ドリッテン王国からの小麦の輸入は殆ど無い。

 かたや不作で困っている国があり、かたや豊作で余っている国があるというのに、貿易が捗らないというのは残念なことだ。


 それと、この程度の小麦ならゲオルグは全部買い切る事ができるだろう。

 流石にこれ以上はドリッテン王国の国内から小麦が無くなるので、買い付けることはできない。


 と想ったら、クリストフからのお願いが出た。


「運賃分のお金を払いますので、私の小麦もアイテムボックスに入れていただけませんか?」


「それは構わないけど、そんなに利益が出ないんじゃない?」


 と訊ねると、クリストフは首を横に振って否定した。


「領地の通行税が無くなれば十分に利益は出ますよ。それに、私も商人としての人生を賭けた大博打をしてみたくて。小麦を買い集めるのにほうぼうから借金をしました」


 聞けばヨーナスの依頼を受けたときに、自分もその儲け話に乗ろうとして、借金をしてまで小麦を買い集めたそうだ。

 豊作なので金さえ払えばいくらでも小麦は買える。

 フィエルテ王国の通貨で1000億マルク程の小麦を買い集めたそうだ。

 この人も中々熱いな。


 交渉はまとまり、倉庫で小麦を受け取った。

 子供の頃から大父様の生まれ変わりと親に期待され、家だの大岩だのをアイテムボックスに収納して、その底なしの容量を確認してきたが、小麦を収納出来るかは不安だった。

 しかし、難無く収納出来た。

 これで準備は完了だな。


 早くフィエルテ王国に戻りたかったが、5日程ドリッテン王国に滞在し各地を観光してまわった。

 夜には体調が回復したジークフリーデとエマに、旅の恥はかき捨てとばかりに大声が出るほど攻められたけど、本当にかき捨て出来なかったときの噂が怖い。


 なお、帰りも船酔い。

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