第64話 ヘッドアンドショルダー
ドリッテン王国から帰ると翌日、ヨーナス商会に出向いて早速小麦先物に注文を出す。
まずは売りから入る。
そうはいっても枚数自体は少ない。
現在の小麦の価格は1キログラム40,000マルク。
僕が用意したのは25万トンの小麦。
ドリッテン王国の小麦価格はフィエルテ王国の1/10だから、何もせず売れば9兆マルクの利益となる。
が、目的は小麦の買い占めの阻止だ。
単にゲオルグに買わせるだけでは駄目なのだ。
ゲオルグが立ち直れなくなる位の経済的ダメージを与える必要がある。
それと、これにクリストフの2.5万トンが加わる。
この分を利益が出るように捌かなければならない。
クリストフには売買のタイミングはこちらに任せてほしいと言ってあるし、僕のアイテムボックスから出さなければ、勝手に売るような真似もできない。
「どうして買いから入るのですの?」
ジークフリーデは僕の注文を横で不思議そうに見ている。
「まずは目先の天井を演出するために、ヘッドアンドショルダーっていう形のチャートを作るんだ」
これは大父様の秘伝の書に書いてあったテクニカルで、基本中の基本である。
人間を正面から見たときのように、向かって左の肩、頭、向かって右の肩という三つの山が出来る。
そして、真ん中の山が一番高い。
今では広く知られており、相場師はみなこのチャートの形を知っている。
そして、向かって右の肩が空売りポイントだ。
今はゲオルグが小麦を買い占めてしまったせいで値動きがない。
それを少し動かして提灯を呼び込む作戦だ。
「他の相場師が食いついてきましたよ」
板を見ていたヨーナスが教えてくれる。
僕の買いにつられて他の相場師が買いを入れてきたようだ。
「数日間は見ているだけかな。一度どこかで叩いて押し目を作るよ。まずは左肩を描いて、次が頭だね」
他の相場師は僕がヘッドアンドショルダーを狙っているとは知らない。
今のチャートはブレイクチャートに見えるはずだ。
ゲオルグが買っているのかもしれないし、他の誰かが新たに買いを入れたのかもしれない。
そんな不明確な状態で恐る恐る買いを入れてきているはずだ。
「何故自分でもっと買わないの?」
ジークフリーデはもっともな事を訊いてくる。
たしかに、まだまだ価格を吊り上げるつもりなので、ここで買ってもいいとは思うだろう。
だが、本尊が利益確定に動いたときに、僕の資金量では支えきれない。
そして、僕が投げたところでまた安く拾うだろう。
「ゲオルグが売ってくる可能性があるからね。僕はその売りを食らうわけにはいかないんだ」
「それはそうね。でも、他の相場師が食らっても同じでしょう?ヘッドアンドショルダーの形成は出来ないから」
「売りの形のチャートはなにもヘッドアンドショルダーだけじゃないからね。フォロースルーの失敗、つまりは高値更新後の失速も売りのパターンとしてはありだよ」
大父様の残したテクニカルにもそれはある。
それを騙しと呼んでいた。
チャートが騙しになると失望売りが出やすくなる。
ただ、僕は今回利益を大きくするために高いところから売りたいのだ。
日中足を見ながら僕は細かい指示をヨーナスに出していく。
ローソク足とオシレーター指標を組み合わせ、レンジブレイクを自分で演出しては、次のレンジ手前で利食いをする。
たまにはレンジブレイクに失敗してロスカットをすることもあったが、利食いとロスカットの値幅の違いから、勝率が同じであればトータルでは利益が出るようになっている。
勿論、大父様のテクニカルでは勝率はもっと高い。
大父様はこれをゲーム理論と名付けていた。
トレードのルールを決めるにあたり、勝率と得失点の両方を考慮したものにするべしということだ。
例えば一度の勝敗で得失点が1点なら、勝率を50%よりも高くしなければならない。
これが、勝てば1点を得て負けたら2点を失うとなったら2/3以上の勝率にしないとトータルでプラスにならない。
トレードのルールに戻るなら、一度のトレードで利食いは300マルク、ロスカットは100マルクとしておけば勝率は25%でも損はしない。
ただ、手数料があるから実際には30%位の勝率にしたいところだけど。
秘伝の書に何度も損切りは早くすべしと書いてあるのはこのためだ。
大父様はコツコツドカンという言葉で、投資家の行動を戒めている。
これは小さな利益をコツコツと積み上げて、一度の大きな損で帳消しにしてしまうというものだ。
人の心理として利益は失いたくないし、損失は確定させたくないというのがある。
結果として、利益確定が早すぎてその後大きく値上がりしたり、含み損がいつか戻ると信じて持ち続けたらもっと下がったということになるのが多い。
こうならないためにも、ルールを決めてその通りに売買すふやり方をシステムトレードと命名された。
「五日目位に一度天井の演出をしたいね」
「頃合いですね。ローエンシュタイン伯爵も売ってくるかもしれませんし、誰もがそれを思うでしょうね。それにしても、面白いように利益が積み上がっていきますよ」
ヨーナスが注文を出しながらニコニコしている。
今まで気づかなかったけど、以外とトレードが好きなのかな?
ヨーナス商会の初代会頭は大父様と一緒に手張りで相場に臨んだそうだけど、こちらのヨーナスもその血を受け継いでいるようだ。
そんな感じで五営業日は買いを買いを回転させながら、下で買った玉の利益を伸ばす。
五日目の後場からは売りを出して、下方向に持っていくようにした。
下で建てた玉を一気に売りに出して、更に売り注文を入れる。
気の緩んでいた投資家は青ざめて我先にと売り注文を出してきた。
これで狙い通り左肩が出来上がる。
数日後に売りが止むのを待って、再び買いを入れ今度は頭の部分を作っていく。
こちらが買いを入れると、今まで投げ一辺倒だったものが、買いが優勢になって再び上昇を始めた。
僕は左肩のてっぺん付近から先物に売りを入れていく。
多分これでゲオルグが気づくはずだ。
そして、僕を踏ませようと買いを入れてくるだろう。
マクシミリアンの読み通り、ゲオルグは手口とチャートを見ていた。
「ダブルトップ狙いの売りか?」
ゲオルグはそう呟く。
ダブルトップとは高値が二度並ぶチャートの形で、フタコブラクダの背中のような形となる。
一度目の高値を二度目のチャレンジで抜けなかった事で、天井をつけたと考えた投資家の売りが出やすくなる。
直近高値付近で多めの売りが出ていたが、確認したらヨーナスB商会からの注文であった。
おそらくは、マクシミリアンの売りであろうと考えたのである。
そして、それは正しかった。
「この前支払った市場外取引の代金を回収させてもらおうか」
翌日からゲオルグが買いを入れていく。
わかりやすいように金融商品取引所に乗り込んで、そこでこれみよがしに買い注文を出した。
直ぐに提灯がついて買いが膨らんでいく。
マクシミリアンの売っていた高値付近は簡単に突破され、新値をどんどん更新していく。
「このまま売り増ししてくれたら追証ですね」
ゲオルグの脇に控えるヨーナス・M・七世が笑顔で話しかける。
が、ゲオルグはニコリともしない。
「そう簡単に行くとは思っとらんよ。ドリッテン王国に旅行に行ったと聞いている。おそらくは、この前の株の売却益で小麦の買い付けでもしてきたのだろう。大父様も売り崩すときは現物を用意したというし、それを真似たのだろうな」
「次の清算日まで一ヶ月ありますから、輸入するならぎりぎり間に合いますか。それでも、通行税を払ってまでここに持ち込めるかどうか」
ヨーナスが海路と陸路にかかる時間を頭の中ではじいた。
しかし、どこの領も小麦の入手に頭を悩ませており、小麦だけは領地の通行税が高く設定されていた。
港から王都まで運ぶくらいなら、その領地で売ったほうが金になるという風に諦めさせて、領内で販売させる行為が横行していた。
当然ヨーナスもそれを知っている。
勿論、ゲオルグも。
「大父様に似ているのは外見だけか」
「しかし、その外見を手に入れたいのですよね?」
「そうだな」
ゲオルグは悪の親玉の様な笑みを浮かべると、マクシミリアンを踏ませる為に、さらなる買い注文を出した。
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