第62話 聖下再誕

 僕がマルガレーテと婚約した翌日、教皇と会う事になった。

 なお、昨夜はマルガレーテと婚約したことをブリュンヒルデ、ジークフリーデ、エマに責められ、そのまま朝まで攻められる事になった。

 正直、ここにマルガレーテが加わると体が持たないのだが、彼女との婚約は僕が約束を破らないための枷でしかない。

 マルガレーテに子づくりを求めるつもりはない。

 今のところは。


 睡眠不足で教皇との謁見となる。

 向こうからのオーダーで、マクシーネの格好でと言われているので、化粧で目の下のクマは消えていると思う。

 一応鏡で確認したときは消えていた。

 水色のエプロンドレスに白いタイツという聖下の正装で教会を訪れる。

 そこでは教皇がわざわざ出迎えてくれて、入り口で足の甲に口づけをされた。

 宗教的な意味があるらしいのだが、どう見ても本人の欲望からの行為だ。

 ただ、教会の権威とお金を借りる立場の僕に拒否することは出来なかった。


「ようこそおいでくださいました」


「こちらこそ、突然のお願いにもかかわらず、お時間を取っていただきましてありがとうございます」


 挨拶が終わると教会の奥に案内される。

 他人には聞かれては不味い話をする時に、外部に音の漏れない部屋があるのだ。

 それはつまり、僕がどんなに泣き叫ぼうが誰も助けに来ないという事でもある。

 そこまで暴走するとは思えないが、想像するだけで怖い。


 部屋のドアを開いた時、つい緊張から奥歯を強く噛み締めてしまった。

 狭い部屋には僕と教皇だけ。

 丸テーブルに椅子がふたつ向かい合うように置かれている。

 窓はなく全て壁におおわれている。

 僕が奥の椅子に座り、教皇がドア側の椅子に座る。


「それで、本日のご要件は?」


「僕が大父様のようにべドム草の毒入りワインで奇跡を起こせば聖下になることができるでしょうか?」


 教皇は思ってもいない質問が来て面くらった。

 目を丸くしてしばらく固まったのだ。

 そして、答える。


「勿論ですとも。しかし、マクシーネ様には罪状がない」


「そうだね。だから、僕が他の者に奇跡を与えるようにしたいんだ。犯罪者を二人用意してもらいたい。一人は小麦の高騰に関わる罪を犯した者。もう一人は誰が見ても弁護の余地のない凶悪犯」


 それを聞いて教皇は納得する。


「その二人にワインを飲ませて、片方に奇跡を起こすわけですね」


「そうだよ。民衆の前でそれを実行すれば信者から浄財が集まりやすくなるからね」


「目的はそこですか」


「それもあるかな。あとはローエンシュタイン伯爵を憎む気持ちを増殖させたい。僕が正義のために戦うっていう御旗を掲げたいんだ」


 そこで教皇は目を細めた。


「しかし、マクシーネ様が聖下と同じ奇跡を起こせるのですか?」


 誰もがそれを疑問に思うだろう。

 僕は大父様の日記で真相を知っているが、教会には大父様が起こした奇跡が、魔法によるものだったという記録は無いようだ。

 まあ、権威が失墜するような危ない記録は残さないか。


「それについては事前に確認したから大丈夫だよ。僕は聖下の生まれ変わりだから」


 べドム草の毒を魔法で作って、それを消去出来るところまで確認してある。

 無詠唱で違和感のない動作も出来るように、何度も繰り返し練習したのだ。


「承知いたしました。では、一週間後に広場で実行するのでよろしいですね」


 こうして、翌日には聖下の再誕イベントが教会から告知された。


 イベント当日、僕は屋敷にマルガレーテを呼んだ。

 彼女から聞いた話では、婚約のことはまだ男爵に話していないそうだ。

 婚約自体は自分でも納得しているが、父親に話すのには心の整理が必要なのだという。

 それについては問題ないので、心の整理がついてからで構わないと言った。


 それはさておき、屋敷の雰囲気がギスギスしている。

 僕の一大イベントになのでジークフリーデだけではなく、ブリュンヒルデも来ていた。

 そして、ブリュンヒルデ母娘がマルガレーテに対して剣呑な雰囲気を作り出している。

 まるで空間が歪んでいるかのような錯覚に襲われる。


 それに、エマの態度からもトゲが見て取れた。

 お茶の出し方が雑だ。

 ティーカップを置くときの音がいつもよりも大きい。


 が、マルガレーテからも似たような雰囲気は出ていた。


「本日は婚約者として呼ばれておりますので、皆様と同じ立場ですわね。今夜にでも早速マクシミリアン様と子づくりを始めますから」


 ニッコリと笑うが、和やかな雰囲気とは180度方向が違う。

 僕はオロオロすることしか出来なかった。

 そして、夜のお仕置きに期待と不安で胸が膨らんだ。

 おかげで、今日のイベントへの不安がまったくない。


 僕に教会から迎えの馬車が来たので、婚約者たちと別れて馬車に乗る。

 彼女たちはローエンシュタイン家の馬車で広場に行ってもらう事になっている。

 馬車の中で喧嘩にならないといいけど。

 そんな心配をしつつ教会へと向かった。


 教会では大父様と同じデザインの法衣が用意してあった。

 この前のエプロンドレスよりもフリフリが増量してある。

 この前のやつはブリュンヒルデが用意したそれっぽいやつで、仕立屋が肖像画を見ながらこんなもんかと仕立てたやつなので、本物とは少し違いがあった。


 それに着替えさせられるのだが、どういうわけかみんなが着替えを見ている。

 視姦されているようで、背中がゾワゾワとした。

 大父様の日記にも教会の雰囲気には慣れないと書いてあったが、今ならとても良く理解できる。


 着替えも終わり、教皇と一緒に広場に馬車で向かう。

 馬車の中では向き合って座っている。

 隣同士は危ないとヴァルハラから大父様が教えてくれている気がしたからだ。


「本日の罪人は小麦の高騰で生活に困り、教会に来る信者に対してスリをはたらいていた女と、強盗殺人を繰り返していた男となります」


 教皇が用意した罪人の罪状を教えてくれる。


「よく用意できたね」


「教会内でのスリはこちらの管轄なので問題ありませんでした。男の方は国に掛け合って借りてきました」


「返せないけどいいの?」


 借りてきたという言葉に不安になった。

 強盗殺人は救うつもりはない。

 毒が本物である証明に死んでもらう予定だからだ。


「問題ありませんよ。国王も聖下の再誕を見てみたいとおっしゃるので、特等席のご用意で合意しております」


「そうか、それなら安心したよ。それにしても、よく聖下の法衣を用意してありましたね」


「教会では神への信仰とは別に聖下の個人崇拝もあるのです。歴代教皇は聖下の権現に常に備えているのですよ。マクシミリアン様は聖下に似ていると思っていましたが、本日奇跡を起こすのであれば、聖下信仰が再び活発になりますな」


 そう語る教皇の目には薄っすらと狂気が混じっていた。

 うん、怖い。


 程なくして馬車は広場に到着した。

 長い年月は経ってしまったが、聖下の奇跡が起こった場所として今でも綺麗に整備されている。

 そして、貴族や庶民で溢れかえっていた。

 教会が宣伝したおかげで、誰も彼もが聖下の奇跡を見ようと集まったのである。


 勿論そうなることは事前にわかっていたので、僕と教皇が舞台まで移動できるだけの通路は確保されている。

 舞台も聖下の宗教裁判を再現したものだ。

 そこには若い女性と凶悪そうな男が椅子に縛られている。

 周囲は教会所有の騎士団で囲んで逃げられないようになっている。

 が、観客の視線を遮らないように、舞台の上には三人だけだ。

 それぞれの罪人の脇に一人ずつと、小さい男の子を抱えた騎士が一人。

 男の子は罪人の女の子供であると事前に説明を受けている。


 僕らが舞台に上がると広場の興奮は最高潮となった。

 それを鎮めるために打鐘して大きな音を出す。

 ざわめきが収まったところで教皇が高らかに宣言する。


「今日、ここに二人の罪人が在る。一人は高騰する小麦によって生活が困窮し、子供に食べさせるために盗みを働いた者。もう一人は己の欲望のままに強盗殺人を犯した者。盗みは重罪であるが、それは人間の決めた法であり、神の定めたものでは無い。どちらの犯罪も神が赦されないのか、それとも慈悲があるのか、本日ここで皆に証人になってもらいたい」


 そういうと、修道女がワインの入ったデキャンタと、空のワイングラスを二つ持ってきた。

 僕は片方のワイングラスにワインを注ぎ、それを手に持ったまま神への祈りを捧げる。

 その時にワインに含まれる毒を除去した。

 ワイングラスを口につけ、少しワインを飲んでみせる。


「ほら、このように神に祈れば毒も無毒化されるのです」


 そう言って高々とワイングラスを掲げる。

 そして女性の口元へ持っていった。


「お願いです、私が死んだらその子のことを」


 女性が泣きながら懇願してくる。

 僕が頷くと女性は安心したようで、覚悟を決めた顔をした。

 そして、僕が口に注いであげるとそれを一気に飲んだ。


 広場の全員が固唾を呑む。

 静寂が続いたが、それを打ち破ったのは教皇だった。


「彼女は赦されました」


 すると、大歓声に包まれる。

 そこで再び打鐘がなされ、騒がしくなった群衆を黙らせた。


 静かになったところで今度は教皇が空のワイングラスにワインを注ぐ。

 そして神への祈りの言葉を捧げて、男の犯罪者にワインを飲ませた。

 男は奇跡など信じておらず、最初から毒など入っていないと高を括っていたのか、全く躊躇せずに飲み込んだ。

 が、直ぐに苦しみだして口から泡を吹いた。

 そして動かなくなる。


 これを見ては誰も言葉が出ない。

 同じデキャンタからワインを注いでいるので、最初から毒は入っていたとわかるだろう。

 そして、僕は自らもワインを口にしたが、教皇はそれをしていない。

 つまり、僕は神の意志で無毒化されて守られたが、教皇はそれがあったかなかったかわからないのだ。

 当時のコンスタンティン教皇は、聖下とともにワインを飲んだと記録にあるが、そのお陰で教会内で絶大な権力を手にした。

 現教皇はそれをしなかったのだ。

 結果として、この瞬間ヴァルハラ教の実質的なトップは僕になった。

 聖下の権現、神への祈りが通じる者として、これ以上の地位はない。

 間髪入れずに民衆に語りかける。


「神は小麦の高騰をお嘆きです。これを下げることが僕の使命」


 どこからともなく拍手が湧く。

 そして、それはどんどん大きくなっていった。


 この日、僕は教会から正式に聖下として認められたのである。

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