第61話 死を告げる乙女
翌日、約束通りマルガレータ・ローエンシュタイン銀行の市場外取引が実施された。
これによりマクシミリアンには1兆マルクを超える利益が転がり込んだ。
尚、借りた金はそのままであり、一門の一任勘定取引も引き続き出来る。
そして、同じ日に別の会社の市場外取引が行われた。
その会社の名前はマルガレーテ・ローエンシュタイン銀行。
非常に紛らわしい名前だが、業務内容は庶民への貸し出しである。
街金と言えばよいだろうか。
何故マルガレーテという名前なのかというと、社長の名前だからである。
社長はマルガレーテ・フォン・M・ローエンシュタイン。
30歳の女社長である。
ローエンシュタイン男爵家の長女で、大母マルガレータのような茶髪であった。
生まれた時に他の名前にするはずであったが、大母のような髪の毛の色だったので、母親がマルガレーテという名前にすると主張してそれに決まったのであった。
このマルガレーテであるが、成人前に婚約者が決まっていたのだが、不幸にも馬車の事故で亡くなってしまった。
本人は別に好きな相手でもなく、それどころか数度顔をあわせた程度で何の思い入れもないので、悲しいということはなかった。
そして、親が別の婚約者を見つけてくる。
だが、その婚約者も領地の視察中に乗っていた馬が虻に刺されて突然暴れだし、振り落とされて落馬。
その時の傷が元で亡くなってしまった。
男爵は三度目の正直とばかりにまた婚約者を見つけてきたが、その婚約者も馬車の事故で亡くなってしまった。
立て続けに三人の婚約者が事故で死亡したことが噂となり、マルガレーテは陰で死を告げる乙女という名前で呼ばれる事となった。
結局その噂のせいで結婚相手が見つかることがなく、未婚のまま25歳を越えてしまった。
男爵はそんな娘のために、女社長の地位を与え働く女性として生きる事が出来るようにしたのだ。
そんなマルガレーテ・ローエンシュタイン銀行をマクシミリアンは借名口座で買っていた。
借名口座取引とは他人の名前の口座を借りて取引をするものである。
とある鉄道会社のオーナーが自社株価の保有比率を下げずに、上場基準をクリアーするために社員の名前の口座を借りたり、弁護士が鉄砲事件というお金を持たずに株取引をするのに使ったりと良くない事に使われる。
当然日本では違法である。
フィエルテ王国でもグレーゾーンではあるが、仲買人のヨーナスが上手くやって、ローエンシュタイン家とは無関係の名前の複数の口座でひっそりと買い集めて、67%の保有比率となっていたのだ。
ローエンシュタイン男爵も、娘の社長の座さえあればよかったので、上場時に10%を残して残部売りに出してしまったので、今回のローエンシュタイン財閥の仕手戦で簡単に集めることが出来た。
しかも、マルガレーテ・ローエンシュタイン銀行は資本関係が無いので、グループ企業とは言えないのだ。
ただし、投資家はそんなことはわからないので、同じグループ企業と勘違いして活発な売買を行った。
時価総額も10億マクルと小さかったので、殆ど資金もいらずに買い占めが出来た。
ゲオルグにも報告は行ったが、グループ企業ではないので彼自身が動くことはなかったし、他の者にも何の指示も出してはいない。
だが、ローエンシュタイン男爵だけはそれが面白くなかった。
マルガレーテの父親であるデニス・フォン・M・ローエンシュタイン男爵は大母マルガレータがマクシミリアンから貰った男爵位を受け継いだ男爵であり、後に爵位を得た一門とは一線を画す名門であるという自負があった。
だから、元々娘のためを思って創設した銀行で、株式は金のために売り出してしまったが、それをブリュンヒルデ一門に買われるのは我慢ならなかったのである。
大母たちは仲が良く、生きていれば叱られたであろうが、長い年月でそれぞれの血統が反目し合うようになってしまい、デニスも例に漏れなかった。
「申し訳ございません、お父様。まさかこんな事になるとは」
マルガレーテは屋敷でデニスに市場外取引でいきなり筆頭株主に躍り出たマクシミリアンの事を報告していた。
それを聞いたデニスの顔は真っ赤になった。
「市場外取引などと小賢しい真似を。銀行など潰してしまえ!」
そう怒鳴る。
マルガレーテは萎縮しながらも答えた。
「株式総数の2/3をおさえられているので、倒産手続きにはローエンシュタイン辺境伯の許可が必要です」
「ならば、利益を出すな。赤字経営ならばやつも困るだろう。明日から従業員の給料も上げるのだ!わかったな」
「はい」
マルガレーテは頷いたが、本心では反対したかった。
自分の経営する会社も従業員も好きで、出来ればこのまま経営を続けたかったのである。
どうも、その気持ちが顔に出てしまったようで、男爵がそれに気付いた。
「不満か?」
男爵はマルガレーテをギロリと睨んだ。
既にバレてしまっているので、マルガレーテは隠さずに頷いた。
「あそこは大切な場所です、潰したくはありません」
「では、せめてマクシミリアンの影響を排除しろ。株を買い戻すのでも暗殺するのでも、手段はまかせる。なんなら、婚約してみるか?」
そう言われると、マルガレーテの目に涙が浮かんだ。
涙がこぼれるのを我慢できずに、大粒の涙が頬を伝ってしまうが、それを拭うこともせずに部屋を飛び出す。
親に言われて悲しかったのもあるが、自分の大切なものを守れない不甲斐なさが悔しかった。
部屋を飛び出して直ぐに、マルガレーテはマクシミリアンに会う決意をした。
どうなるかわからないが、自分の会社を守るためにマクシミリアンに直談判しようと考えたのだ。
その頃マクシミリアンは小麦の買い占めをどうやって止めさせようか、最後の詰めを考えていた。
資金力ではゲオルグに及ばない。
単に売り買いの力比べなら確実に負ける。
僕は策を弄しても上手くいくのかを頭の中でシミュレートし、少しずつシナリオに修正を加えていった。
「詰めが甘いなあ。もうちょっとなんだけど」
単純な相場の値動き勝負なら、大父様の残したテクニカルでなんとかなるけど、相手はテクニカルを無理矢理ねじ伏せる事ができる資金を持っている。
効率の良さから言えば暗殺なんだけど、後継者も買い占めを継続されたら意味がない。
大母ブリュンヒルデ様の塩の買い占めを止めた時の大父様のように、相手よりも少ない資金で投機に勝つ為には奇策が必要だ。
「難しい顔をされていますね。お茶をお淹れいたしましょうか?」
「いや、もう少しこのままで」
膝枕をしてくれているエマにそう言った。
僕はソファーの上で横になり、エマに膝枕をしてもらっている。
大父様の日記に考え事をするときは、大母様の膝枕が良いと書いてあったので真似てみたのだ。
丁度その時ドアがノックされる。
「何か?」
とエマがドアの向こうの人物に訊ねた。
「マクシミリアン様にお客様がお見えです。マルガレーテ・フォン・M・ローエンシュタインと名乗る御婦人です」
「あー、ひょっとしてこちらから会いに行こうと思っていた女社長かな」
筆頭株主として、そのうち会いに行こうと思っていたのだ。
向こうからやってきたか。
「追い返しますか?」
エマにそう言われると、僕は体を起こした。
「いや、会うよ。元々早いうちに会おうと思っていたんだから。ここに通して」
僕の指示を聞いて使用人はマルガレーテを呼びに行った。
しばらくすると、マルガレーテがやってきた。
雰囲気的には大母マルガレータ様に似ている。
まあ、髪の毛の色と肖像画が描かれたころの年齢にちかいせいだろう。
こちらを見ると深々と頭を下げた。
「実はお願いがあって、こうしてうかがいました」
「お願い?」
僕に株を手放せというのかな?
「実は辺境伯様に私の会社の株を売っていただきたいのです」
やはりか、と思った。
「それは金額次第かな」
「おいくらでしょうか?」
不安そうにこちらをみるマルガレーテに僕は金額を提示した。
「6兆マルク」
その言葉に彼女は驚きを隠さなかった。
「御冗談を」
「冗談ではないよ。マルガレーテ・ローエンシュタイン銀行にはそれだけの価値があるんだ」
「いいえ、預かり資産でも20億マルク程度ですから、そんな数字は信じられません」
「それは額面上の数字しか見てないからだ。本当の価値はもっと高いんだよ」
これは本心である。
ここからゲオルグと戦うのにこの銀行は値段をつけられないほどの価値がある。
「それに、僕は銀行の経営についてまだ何も口出しをしていないのに、どうして貴女は買い戻しをしようというのですか?」
「辺境伯様もご存じかと思いますが、元々は同じ大父様の血を引くローエンシュタイン家であっても、大母様ごとにまとまってお互いを敵視するようになってしまいました。父も今回の買い占めをよく思っておりませんで、銀行を潰せと言われてしまいました。私はこの銀行が、そして従業員が好きです。潰したくはありません。だから株を買い戻して経営に口を出されないようにすれば、父も潰せと言わなくなると思ったのです」
成程そういう事情か。
だけど、僕は株を手放すつもりはない。
「じゃあこうしようか。銀行が無くなっても従業員と貴女の生活は私が保証しましょう」
そういうとマルガレーテは信じられないといった表情をした。
なので、僕は譲歩案を出す。
「僕と婚約しませんか?そうなれば、僕が嘘をつけば評判は落ちます。それが貴族社会において瑕となることはご存じでしょう。誰も僕を信じなくなりますからね。今後は一切の信用を使った取引ができなくなります」
その案にマルガレーテは目を丸くした。
「私の事をご存じないのですか?」
「今日会ったばかりですからね。よくは知りませんよ」
「私は過去に三人の婚約者を事故で無くした不吉な女です」
「でも、貴女が殺したわけじゃないでしょう」
「勿論です!」
僕の質問にマルガレーテは声が大きくなった。
「それなら特に問題はないですよ。これで交渉成立ですね」
マルガレーテは狐につままれたようであったが、納得して帰って行った。
さて、次の一手を打つか。
僕は教皇に書をしたためた。
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