第53話 遠くの戦争は買い、近くの戦争は売り
殿下に呼ばれた翌日、ヨーナスとハーバーを呼んだ。
そこに妻たちと、ニクラウスとルーカスも同席させる。
全員が集まると僕は今後の計画を話した。
「帝国との戦争のため、殿下に1兆マルクを貸すことにした。戦争国債という形で、年利5%の10年債の条件となる。ヨーナスはどれくらい出せる?」
額が大きいだけに、ヨーナスは真剣な表情だ。
戦争に負けて国が傾けば支払いがどうなるかわからない。
最悪、滅ぼされてしまえば返ってこないのだ。
前世でも家に大日本帝国債があった。
昭和22年償還とあったが、大日本帝国は昭和20年に消滅しており、国債が償還されることはなかった。
文字通り紙くずとなったのである。
「マクシミリアン様は勝てる可能性がどれくらいあるとお考えですか?それによりますが」
「80%かな」
僕なりに弾いた結果だ。
それを聞いたヨーナスは少し考え込む。
「5000億マルクお引き受けいたします」
「随分と大きく出たねえ」
「金利と勝つ確率がバランスが悪いですからね。確率的には引き受けたほうが得かと」
その計算がよくわからないが、引き受けてくれるなら助かった。
なにせ、ここからが本番なのだ。
「じゃあ、まずはこれから一週間の予定を話すね。まずは商品先物はとにかく買う。そして、帝国との国境に近い上場企業を空売りだ。今は他の貴族たちは殿下が戦費を調達できるか見極め段階で、相場は動いていない。だから一気にやる」
殿下に一週間の時間をもらったのはこの為だ。
現金を用意するのは難しくなかったが、戦争によって動くであろう商品や株で一儲けするための仕込みをしたかったのだ。
インサイダーといえばそうかもしれないが、法律に触れることではない。
商品先物にインサイダーは適用されないし、個別企業と戦争にもインサイダーは適用されない。
あくまでも、フィエルテの法律ではだが。
「現物の買い占めはされないのですか?」
ハーバーが質問してきた。
「それはしない。物資が足りなくなればこちらが負けるからね。戦争をすることが市場に知れ渡ったところで手仕舞いするんだよ」
「確かに国が戦争に負けてしまったら、戦争国債の償還も怪しくなりますからな」
と納得してくれた。
そして僕は続ける。
「で、僕は殿下にお金を渡したら帝国に行く。ニクラウスとルーカスには護衛としてついてきてもらうからね」
その言葉に全員が驚いた。
特にニクラウスは狼狽する。
「マクシミリアン様、これから戦争する国に三人で乗り込むのですか?あまりにも危険では」
「予定では四人だよ。殿下に帝国に送り込んである間者と連絡を取るための人員を借りる予定だから」
「一人増えたって変わりませんよ」
ニクラウスは泣きそうになる。
「別に四人で帝国軍と正面切って戦うわけじゃないよ。僕の考えているのは非対称戦争だから」
「非対称戦争?」
「正規軍を並べて戦うわけじゃない。狙うのは物資だ。僕のアイテムボックスに収納して、奪った痕跡は残さない。相手も事態を把握できないだろうからね」
物資の輸送を狙って奇襲をするつもりだ。
相手はフィエルテが国内に入り込んでいるとは思ってないから、護衛もそんなにはつけないだろう。
そこを襲って物資を奪う。
輸送している兵士たちの死体もアイテムボックスに収納してしまえば、原因不明の失踪事件になるから、僕らの動きが察知されにくくなるはずだ。
これで戦争の勝敗が左右されるかはわからないが、古来より物資のない軍隊は負けることが多い。
少なくとも国境の砦くらいは落とすことができるだろう。
そして、それが出来れば僕はフィエルテのベンジャミン・ハッチンソンになる事ができる。
ハッチンソンは19世紀で最も有名な投機家である。
彼の名声を一気に押し上げたのは、南北戦争での小麦先物であった。
戦争が始まってから小麦は値上がりの一途を辿っていた。
1861年には16セントだった小麦は1863年6月には67セントまで値上がりした。
ハッチンソンはそこで9月の小麦を先物で売りに回ったのだ。
このとき、まだ南北のどちらが勝つかはわからない状況であり、南軍が勝てばシカゴに小麦は集まらずにハッチンソンは破産することになる。
が、工業力で勝る北軍が勝つことに賭けたのだ。
そして、7月のゲティスバーグの戦いで北軍の優位が決定的なものになり、小麦は大暴落することになった。
帝国との国境に近い地域は穀倉地帯だ。
戦争による物資の買い上げに加え、帝国がこちらに侵入してくることになれば、小麦の価格が暴騰するのは目に見えている。
そこを売りで入る。
帝国の侵入を防ぎ、戦争が短期で集結すれば僕の勝ちだ。
「僕が帝国に行ってから、小麦相場は上がるだろうから、半年先の清算日のものを売って欲しい。短期で戦争が終わってフィエルテが勝つなら大儲けだからね」
ヨーナスが笑顔を崩さずに
「失敗したら破産ですよ」
と言う。
「その時は僕は帝国で死んでいるだろうね。だから破産は関係ないよ。勝つか死ぬかだから」
その言葉に妻たちの表情が険しくなった。
「出産には間に合わなくても、子供に父親の顔は見せてくださいませ」
エリーゼにぴしゃりと言われてしまった。
僕だって死ぬ気はないが、こればかりはなあ。
それと一応、僕の持っている資産のうちある程度は三人の妻に渡してある。
いきなり無一文となるわけではないが、そのうちお金は尽きてしまう。
家族を巻き込んでまで相場を張るのはどうなのかという思いもある。
それでも止められないのだが。
妻たちもそこをわかっているからこそ、父親の顔を子供に見せるようにという言い方で終わっているのだろう。
「ハーバー、お願いがある」
「何でしょう?」
僕は肝心な事をハーバーに依頼する。
過去の小麦の値動きでは、今の季節の天候からして不作は無いと思う。
ただし、天候はどう変わるかわからない。
「北部のライ麦の生育を見張っていてほしい。夏にかけて収穫するライ麦が不作になると、その年は小麦も不作になり値上がりしてきた。これは過去の値動きから間違いない。収穫後にはみんな気づくからその前に見極めないとだね」
「わかりました。で、不作なら買いにまわるんですか?」
「それはしないよ。小麦の買い占めは可能だけど、それをすれば庶民が困る。僕らは投機で商品を売り買いするけど、庶民はそうじゃない。株以外は買い占めはやりたくないんだよね。どうせなら売りで買ったほうがみんなに喜ばれるじゃない」
そう、これは僕の投機の哲学だ。
ベンジャミン・ハッチンソンも、ジョセフ・パトリック・ジョー・ケネディも問題が起きるのは制度が悪いと言って、その穴をついて巨万の富を得た。
だけど、その買い占めの裏で生活に困った庶民がいたはずだ。
僕ら投機家なんていう生き物は、別に存在しなかった所で社会に何ら影響はない。
存在意義は商品の流動性の供給くらいなもんだ。
それが、本来価格の安定を目的とした先物取引で、好き勝手に値段を吊り上げているのだから、一般人からしてみたら害悪でしかない。
だから、価格を吊り上げようとする奴を売りで叩き潰すのだ。
「私は買わせてもらいますよ」
ハーバーの目はお人好しですねと語っていた。
僕はうなずく。
「売買は強制しないよ。手下でもなければ仲間でもないからね。たまたま利害が一致しているだけなんだから」
「そこまで割り切っているなら、買い占めをしてもよさそうなもんですがね」
ハーバーは肩をすくめた。
呆れられたかな?
その後直ぐに建玉を持ち、仕込みが終わったところで殿下に資金を提供した。
そして、僕は直ぐに帝国へと出発した。
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