第48話 宗教裁判

 放火実行の翌々日、教皇とユルゲンは王都に帰ってきていた。

 本来であれば、そのは当たり一面の焼け野原となっている筈だったのだが、被害は平民向けの教会とその周囲の住宅だけだった。

 聞けば、マクシミリアンが火災を最小限で食い止めたというのだ。

 王都に放火して家や家具、それに材木を灰にする計画は失敗に終わっていた。

 民家や材木置き場の放火はおろか、教会の中から放火したものまで防がれてしまって、目論見は完全に外れていた。


 そして、材木先物の価格も下落しており、325,600マルクとなっていた。

 これは市場に火災で材木の需要を上げるのを狙った計画が失敗したと流れた事で、提灯筋が買い玉を投げ出した事によるものだった。

 勿論、情報の出処はマクシミリアンたちである。

 放火未遂の犯人たちは依頼主を喋ってはいない。

 ただ、火をつけてスカッとしたかったと主張しているだけだ。

 教会に火をつけた犯人に至っては、目撃情報すらない。

 それでも、ハーバーが上手いこと噂を流した事と、ほぼ事実で説得力があったことから、買い方は急いでポジションを解消しようとしたのだ。


「まずい、このままでは追証が。教皇猊下に急いで使者を送らねば」


 ユルゲンは焦っていた。

 10万マルクの値下がりともなれば、追証は7000億マルクにものぼる。

 差し入れが出来なければ、ポジションは強制決済となり、とてつもない損失を被る事になる。

 ただ、教皇に使者を送ったところで、これ以上の資金援助を直ぐにとなると難しいだろう。

 それでも、教皇に縋るしかなかった。


 そして、教皇は使者から書状を受け取ると、最後の手段に打って出ることにした。

 元々、自分に歯向かってきたマクシミリアンは、教皇選挙が終わったら始末するつもりだった。

 息子のギルベルトからもお願いされており、選挙後に権力を安定させれば、そんな無理をしてもどうにでもできると思っていた。

 が、計画が早まった。

 放火による相場操縦に失敗した今となっては、売り本尊のマクシミリアンを始末して、売り方の士気をくじくくらいしか逆転の目が無いのだ。


「さて、どうしたものか…………」


 教皇はマクシミリアンをどう始末するかを考えた。

 暗部を使うとなると、公爵家の屋敷を襲うことになる。

 当然警備もされているだろうから、証拠を残さずに暗殺するのは難しい。

 それに、ギルベルトはマクシミリアンを宗教裁判で裁くことを望んでいた。

 マクシミリアンの婚約者が絶望する瞬間を見たいのだと言うのだ。

 結局、教皇は宗教裁判でマクシミリアンを処分することにした。


 直ぐに教皇はマクシミリアンの罪状をでっち上げる。

 燃える教会を一瞬で消したのは、悪魔と契約しているからという事にし、それを宗教裁判で裁くとしたのだ。

 かなり無理がある話ではあったが、通常ではありえないアイテムボックスのサイズが人外の力によって得られたものであるとして、悪魔との契約があったかのようにすればよい。

 どのみち、宗教裁判は教団の特権で、国王ですら介入することは出来ない。


 マクシミリアンは直ぐに捕らえられ、大聖堂の一室に閉じ込められた。

 しかし、ここでシェーレンベルク家からの横槍が入る。

 裁判は王都の広場で行うこと、立会人に副教皇を加えることの二点を要求してきた。

 教皇はこれを承諾した。

 何故なら、なんの問題もないからだ。


 普通は自白させるために拷問にかけるのだが、貴族相手にそれは流石に出来ず、通例として毒入りのワインを飲ませる事となっていた。

 毒入りのワインではあるが、無罪であれば神の奇跡で命が助かるという理屈だ。

 しかし、毒が神によって無毒化された事はなく、合法的な毒殺の手段として用いられてきた。

 過去に一度たりとも神の奇跡は起こっていないのだ。


「ローエンシュタインの様子はどうだ?」


 教皇は息子であるギルベルトにそう訊ねた。


「ムカつくほど落ち着いていましたね、明日には死ぬというのに。出された食事に手を付けないのは毒殺を恐れての事でしょうけど、どうせ明日毒で死ぬのに無駄な努力だ」


 ギルベルトは悪党としか表現できない笑みを浮かべた。

 彼にしてみれば、アンネリーゼにブリュンヒルデが絶望する姿を見せられるのが嬉しくて仕方ないのだ。


「明日のワインは抜かりないか?」


「はい。べドム草から抽出した毒をワインに入れてあります。先程効果を確認するために牛に飲ませたところ、たちどころに死亡いたしました。人間なら間違いなく即死です」


 べドム草とは赤い花をつける一年草で、とても甘い汁を出すのだが、その汁には猛毒が含まれていた。

 汁を煮詰めて毒を抜いてやれば、甘味料として使えるのだが、現在までその方法は確立されていない。

 ヴァルハラ教では古来より、宗教裁判にこの毒が用いられてきた。

 明日のマクシミリアンもこの毒が入ったワインを飲まされるのだ。

 なお、べドム草の毒が使用されているのは、教団でもごく一部が知るのみで、一般には知られていない。

 教団の威光を示すためにも、神の創り給うた毒である必要があるので、一般的に入手出来るものでは困るのだ。


 教皇はギルベルトの報告を聞き安心した。

 悪魔のような先見性をもつマクシミリアンも、明日でその命の灯火は消え、材木先物の踏み上げで教皇選挙の資金をつくる。

 そして、選挙に勝利して盤石の権力体制を築く。

 それが約束されたのだと確信したのだ。


 そして翌日。

 雲ひとつない青空に、この時期としては珍しく冷たい北風も止んでいた。

 広場に急遽作られた台の上には、教皇と副教皇、そしてマクシミリアンがいた。

 テーブルの上には真っ赤なワインの入ったデキャンタとワイングラスが置いてある。

 椅子には手錠と首輪をつけられたマクシミリアンが座っており、教皇と副教皇はテーブルを囲むように立っていた。

 広場は貴族席と立ち見の平民に区切られており、貴族席にはブリュンヒルデたち婚約者と、ギルベルトにカールがアンネリーゼを伴って宗教裁判を見に来ていた。

 ブリュンヒルデの表情は暗い。

 そして、それをあざ笑うかのようなアンネリーゼの笑みが対照的であった。

 平民たちは見世物として見に来ているものの他に、放火から守ってくれたマクシミリアンの身を案じた、風上地区の住民も来ていた。

 彼らは早くも神に奇跡を起こすように祈っている。

 放火された教会に命を顧みず近寄り、アイテムボックスに収納した姿を見てから、マクシミリアンに好意を抱く者は増えていたのだ。


 そして、ついに教皇が宗教裁判の開始を高らかに宣言した。


「マクシミリアン・フォン・ローエンシュタイン侯爵は、悪魔と契約して人としては成し得ない巨大な容量のアイテムボックスを手に入れた。そして、神の言葉を伝える神聖な場所である神殿を消し去った。これについて、神の裁きを下す」


 マクシミリアンはそれを聞いても同様を見せなかった。

 過去、宗教裁判にかけられた貴族たちは、皆その場で泣いて命乞いをしたという記録が残っている。

 だが、マクシミリアンはまるで自分には神の奇跡が訪れると確信したような態度だった。


 教皇は続ける。


「このワインには悪しき者を裁く毒が入っておる。無罪であれば神の奇跡によって無毒化される。さあ、飲むがよい」


 その宣言を受け、マクシミリアンはデキャンタを手に取った。

 しかし、手錠があるせいで、ワイングラスにうまく注げない。

 見かねて副教皇がデキャンタを手に取り、ワイングラスにワインを注いだ。

 マクシミリアンはワイングラスを持つと、躊躇うことなく一気に飲み干した。


「よいワインですね。もう少し香りを楽しむべきでしたか」


 マクシミリアンは笑顔でそう言った。

 それを見て教皇はこころの中で


(もうすぐ貴様は死ぬのだ。精々強がっていろ)


 と毒づいた。

 しかし、どんなに待ってもマクシミリアンの体に異変は起こらない。

 そして、遂に副教皇が無罪を宣言した。


「マクシミリアン・フォン・ローエンシュタイン侯爵は神の奇跡により無罪と判明した事をここに宣言する」


 その言葉に教皇は焦った。


「コンスタンティン、貴様なにを勝手に」


「教皇猊下、ご覧の通りです。ローエンシュタイン侯爵は歴史上初めて神の奇跡を賜ったのです」


「ぐっ」


 そう言われては反論しようがなかった。

 広場は大歓声に包まれる。

 マクシミリアンの婚約者三人は互いの手を取り合って涙を流していた。

 アンネリーゼたちはそれを面白くなさそうに見ていた。

 ギルベルトに至っては、歯が砕けるのではないかというくらい、強く口を噛みしめている。


「貴方方も奇跡のワインを飲んでみたらいかがですか?」


 マクシミリアンはそう促した。

 すると、副教皇はデキャンタを取り、マクシミリアンの使ったワイングラスにワイン注いだ。

 そして、それを飲む。


「コンスタンティン!」


 教皇が止めようとするのも間に合わなかった。

 そして、副教皇の体にも変化は起きない。


「これが神の奇跡ですか。素晴らしい」


 副教皇は手を握ったり開いたりして、体に異変が無いかを確認する。

 そして、何もない事がわかると教皇の方を向いた。


「教皇猊下、貴方には信者の浄財を私的に流用した疑いが持たれている。無罪だと言うなら、このワインを飲んで証明すべきではないですかな?」


 その宣言に広場は再びどよめく。

 そして、マクシミリアンは不敵な笑みを浮かべながら、デキャンタをズイッと教皇の前に差し出した。

 そこで教皇は自分が嵌められた事に気付く。


(しまった。奴らの狙いはこれか。おそらくワインを毒のない物にすり替えてあったのだろう。ここで儂が神の奇跡を信じてワインを飲むのを拒否すれば、教皇選挙は副教皇が一気に有利になる。公衆の面前とあっては、情報を握りつぶす事もできない)


 教皇が広場を見渡せば平民はおろか、貴族や教団関係者も自分に疑惑の目を向けているのがわかった。


(ふん、ならば飲んでやるわ。どうせワインは毒のない物にすり替えられておる。神の奇跡などはこやつらのトリックだ)


 そう決心すると、副教皇を睨んだ。


「コンスタンティン、儂は今からこのワインを飲む。神の奇跡を見てからの謝罪では遅いぞ?」


 すると副教皇は笑顔でこたえる。


「心得ております」


 その笑顔が気に入らなかったのか、教皇は一気にワインをあおった。


 そして


「ぐっ、ぐっ、ぎゃあああ」


 悶え苦しみながら息絶えた。

 マクシミリアンは床に転がる教皇の死体を睥睨し、


「奇跡は何度も起こらないんだよ」


 と言葉を投げつけた。

 副教皇の合図で教団関係者が台上にやってきて、マクシミリアンの拘束を解く。

 そして、教皇の死体を運んでいった。

 副教皇はマクシミリアンにひざまずき、その足の甲に口づけをした。

 マクシミリアンの顔は引き攣っていたが、それを気にするものはいなかった。


 今度は婚約者たちが台上にやってきて、マクシミリアンに抱きつく。

 人目を憚らず抱きついてきたことにマクシミリアンは驚いた。

 そして、三人を抱きしめると


「心配をかけたね」


 と優しく声をかけた。

 彼女たちが泣き止むまで抱き続けたマクシミリアンの姿は、民衆たちの印象に強く残った。

 後世、マクシミリアンが愛妻家であったと言われるのは、この時の事が強く影響している。


 教皇の死によって、材木先物の仕手戦は終焉を迎えることとなった。

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