第49話 聖下
教皇が死に、金主を失ったユルゲンに相場を打開する力はなかった。
追証が払えずに、建玉は強制決済された。
僕はその強制決済に自分の売り玉の決済をぶつけて、ポジションを解消した。
先物の利益は1兆マルク程になったが、実家や公爵にお願いして、材木の生産を増やしてもらった分の代金支払いがあるので、実際の利益はもっと少ない。
それと、ヨーナス商会を通じて出していた売り注文は、僕だけではなくヨーナスやハーバーの注文もあったので、世間的にはもっと儲けたように思われているが、そうでも無かったのだ。
宗教裁判から一週間後、仕手戦の集結を祝って関係者を公爵の屋敷に呼んで、ささやかなパーティーを開催することになった。
僕と婚約者とヨーナスとハーバー、それに副教皇とニクラウスにルーカスがいる。
公爵は領地に帰っており、参加する事は出来なかった。
「みんなのおかげで勝つことが出来ました。ありがとうございます」
僕の挨拶でパーティーが始まる。
テーブルにはブルーノが腕によりをかけた料理が並んでいる。
それを皿にとって食べる、立食パーティー形式だ。
メイドに料理を取ってもらったルーカスとニクラウスが、皿を片手にこちらにやってきた。
「マクシミリアン様が教会に捕らえられたときは肝を冷やしましたよ」
とルーカス。
「神の奇跡があって良かったです」
とニクラウスは涙ぐんだ。
僕はこの二人にも種明かしをしようと思った。
他のみんなはすでに知っている。
「実はあれは僕の魔法なんだ」
「「えっ?」」
二人の声が揃う。
「僕の魔法は味を扱う事ができる。副教皇からワインに入れる毒はべドム草って聞いていたから、甘い味をつけるなら調味料扱いになるかなと思ってね。魔法で消してみたらうまくいったんだ。勿論、ぶつけ本番じゃなくて、事前に動物で実験したよ。無詠唱で実行できるかも確認出来たしね」
そう、毒とはいえ甘味料になるならと思い、魔法で消去出来ることを確認したのだ。
だから、最初にデキャンタに注がれたワインには間違いなく毒が入っていた。
それをワイングラスに注ぐ前に魔法で無毒化したのだ。
そして、教皇にデキャンタを差し出すときに、べドム草の毒を魔法で入れてやった。
教皇はワインそのものが入れ替わっていると勘違いしたのだろうが、実際はそうではなかった。
結局の所神の奇跡などは無かったには変わりないが。
「ひょっとして、みんな知っていたんですか?」
ニクラウスが会場のみんなを見る。
僕は首を振って否定した。
「副教皇だけだよ」
「コンスタンティンとお呼びください聖下」
そこに副教皇がやって来た。
「名前で呼ぶのはまだ抵抗があってね。って、聖下って何?」
「歴史上初めて神の奇跡を起こしたので、一代限りの称号ですが聖下を贈ることが決定いたしました」
「聞いてないんだけど」
「はい、本日初めてご報告させていただきましたので」
副教皇は満面の笑みだ。
「聖下の即位式は是非マクシーネ様としておいでください」
「意味がわからないんだけど」
「男女を超越した尊い存在として、その御身を示していただきたいのです」
「それ、趣味だよね」
ジト目で睨んだが聞いてないな。
「式典では大聖堂の関係者全員が聖下の足に口付けをいたします」
それを聞いて鳥肌が立った。
ブリュンヒルデたちに助けを求める視線を送るが、ニコニコと笑っているだけだ。
三人共僕が毒を無効にできるのを事前に伝えなかった事を知ってから、とても機嫌が悪い。
伝える間もなく捕まっちゃったから仕方ないのに。
何度も謝ったけど、あれだけ泣かせてと言われてしまう。
僕もベッドの上で泣きながら謝罪させられたんですが、それでも気が収まらなかったようだ。
曰く、謝罪しながら気絶するなんて誠意がないと。
酷い話だ。
副教皇は更に続ける。
「それと、今回は選挙なしで私が教皇になることが決定しました。神の奇跡を味わったとして、対立候補が出てこないのです」
「おめでとう」
選挙資金もいらないし、いい事ずくめだな。
「はい。それと教皇の息子のギルベルトですが、教会に放火した者がギルベルトの指示だったと自白した事で、逮捕処刑いたしました。これは表には出ませんので口外無用でお願いいたします」
恥部は外に出せないって事か。
まあ、妥当だな。
これでついにアンネリーゼの取り巻きも、カール王子だけになったわけだ。
ブリュンヒルデの戦いももうすぐ終わりだな。
今度はヨーナスとハーバーが僕のところにやってきた。
ヨーナスはいつものようにニコニコとしている。
「逮捕されて教会に連れて行かれたときは肝を冷やしましたよ。噂が広まれば提灯筋が逃げ出しますからね」
終わってしまった相場だからだろうか、ヨーナスの表情からは肝を冷やした様子がうかがい知れない。
「よく持ちこたえたねえ。あそこで流れが変わってもおかしくなかったのに」
そう言うと、ハーバーがニヤリとした。
「ブリュンヒルデ様にご足労いただきましたので」
「よく言うよ。ブリュンヒルデを連れ出したのはハーバーなのに」
そう、これはあとから聞いた話だが、売り方が逃げ出して買い方の勢いがつくのを防ぐため、僕がいなくてもブリュンヒルデが相場を仕切ると思わせるため、逮捕当日にブリュンヒルデを迎えに来たのだ。
それでも、僕が逮捕されて宗教裁判で死ぬかもしれない状況で、気丈にも相場に立ち向かったブリュンヒルデはやはり貴族としての立ち振舞が出来ているのだろう。
ここだけの話、惚れ直した。
相場とともに死ぬ覚悟はあるが、それを共感してくれて実行出来るパートナーなど、世界中を探してもブリュンヒルデくらいなものだろう。
ただ、今それを言うと不機嫌が加速しそうなので言えてない。
もっと自分の命を大切にしろって怒られるんだろうな。
チラッとブリュンヒルデの方を見たら、目があったのだがプイッと横を向かれてしまった。
「それにしても、ヨーナスもハーバーもかなり儲かったんだろう?」
話題を変えよう。
「宗教裁判でマクシミリアン様の無罪が確定したのを見て、売り増しするか悩んでいましたが、考えているうちに教皇様が亡くなられましたので、急いで店に戻り、資金の限り売り注文をいれましたよ」
ヨーナスは笑顔で答える。
ハーバーもヨーナスから金を借りて、可能な限り売ったらしい。
ま、あの状況じゃ買い注文を入れるのは下さい売りを買い戻す奴だけだろうからなあ。
みんなユルゲンの強制決済に期待してバカスカ売りを入れてきたし。
「ところで、マクシミリアン様は材木の現物をどう処理するおつもりですか?」
ハーバーが訊いてきた。
市場で買った分は放火を防いだときに殆ど処分したが、領地で増産したものについては、一気に売り出すと値崩れして損するので、一度買い取ってアイテムボックスに収納しておき、少しずつ売っていこうと思っている。
そう話すとハーバーは愉快そうに笑う。
「マクシミリアン様でも売り抜けに失敗するのですな」
「僕だって完璧じゃないよ。それに、これは万が一の対策でもあったからね」
そう、放火を防げなかったときに、破産を免れるための保険だった。
だから、この分の損失は必要経費である。
それに時間を掛けて売っていけばいつかは資金を回収できる。
その間にデフレが起きれば、その分損するがそれは仕方がない。
まさか、自分で自分放火するわけにもいかないし、これはヨーナスにお願いして少しずつ市場に出していくと諦めている。
パーティーが終わり、夜になると僕は女装させられてベッドの上に寝転んでいた。
聖下として即位に望む時の格好である。
衣装はきらびやかではなく、単に男の子が女装した男の娘を愛でるための、フリフリのスカート丈の短い水色のエプロンドレスであった。
なお、スカートの下は白いタイツだ。
国教たる宗教の儀式にそれでいいのかと突っ込みたい。
突っ込んだら負けな気もするけど。
エリーゼが
「こんな事もあろうかと、密かに用意しておきました」
と胸を張る。
こんな事が起こる確率をブラック・ショールズモデルで計算してもらいたいものだ。
ブラック・スワンも驚いて赤道まで飛んでいきそうな確率だと思う。
ブリュンヒルデが毒蛇のような視線で睨みつけてくる。
舌舐めずりするので、余計にそう思えた。
「私たちに心配させておいて、自分はどんどん偉くなっちゃうんだから。今度は聖下ですって。それで、みんなにこうやって足を舐められちゃうのですわね」
ブリュンヒルデが僕の右足を持ってつま先をねぶる。
タイツ越しに彼女の舌の感触が伝わってくる。
「あら、これは貴方に反省してもらうためなのに、期待に満ちた子犬のような目でこちらを見ているのはどういうことかしら?」
ブリュンヒルデに睥睨され、僕は背中がゾクゾクした。
夜はこれからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます