第47話 放火

 清算日まであと20日となった。

 ユルゲン商会とヨーナス商会はそれぞれの建玉が6万枚を超えて7万枚に迫ろうとしていた。

 提灯筋の売買も活発で、今や国中の相場師が王都の材木価格の動向に目を光らせていた。

 当然建玉の枚数は過去最高である。

 そして、ユルゲンは焦っていた。

 今日も今後のことについて、教皇との会合である。

 そして、その場にはギルベルトも同席していた。


 ユルゲンは焦った表情で教皇にうったえる。


「そろそろ行動を取りませんと、万が一雨が続いた場合計画が台無しになります」


「ふむ」


 そう言って教皇は息子であるギルベルトを見た。

 ギルベルトは満面の笑みで答える。


「教皇猊下、準備は整っております。あとは天候を待つばかり。既に乾燥した日が続いておりますので、あとは風の強い日に火を放てば、王都が炎に包まれることは間違いないでしょう」


 彼らの計画はマクシミリアンが予想したとおり、王都に火を放つものであった。

 ユルゲンも言葉に勢いがつく


「材木置き場にも火を放って、現物を燃やしてしまえば、あとは教団領から材木を持ち込み高値で売りさばくだけです」


「しかし、それでは材木の生産量を増やしているシェーレンベルク家とローエンシュタイン家も儲かってしまうのではないかな?」


「ご安心ください。火事で材木価格が高騰すれば奴らは破産です。現物をいくら高値で捌こうが、先物の損失が雪だるま式に膨らんでいきますから」


 実際はマクシミリアンとヨーナスの自己資金だけでやっているのだが、連日の馬車から降ろされる箱を見て、あの中には証拠金が入っていると、見た者たちが勝手に勘違いしてくれたのだ。

 そして、その話はユルゲンにも伝わった。

 なので、ユルゲンもそう勘違いをしているのだ。


「宗教裁判にかける前に、自殺してしまいそうですね、教皇猊下」


 ギルベルトも教皇にそういった。


「ギルベルト、絶対に尻尾は掴まれるなよ。付け火は大罪だ。いくらヴァルハラ教の力が強くとも、王都を放火で焼き払ったなどという罪は揉み消せないぞ」


「ご安心ください。必ず完璧に成功させてご覧にいれましょう猊下」


 そして室内は三人の笑い声に包まれた。


 それから三日後


 今日は雨はひと月以上降らず、強い北風が吹くという天候に加えて、月が見えない新月という絶好の放火日和である。

 ユルゲン達が仕掛けてくるのであれば、今日ほどやりやすい日は無いだろう。

 僕は数日前に義父にお願いして、王都の警備兵の夜間パトロールを強化してもらっていた。

 そして、特に風上にあたる北の地域は重点的にパトロールをお願いした。

 連日警備兵が目を光らせてくれている。

 今の所、放火未遂の報告は受けていない。


 明暦の大火では諸説あるが一番死者が多いものだと10万人という説がある。

 当時の江戸の人口は町方がおよそ28万5千人ほど。

 実に1/3が死亡しているのだ。

 それに火災旋風が発生する可能性もある。

 一度火をつけられてしまえば、どれほど被害が拡大するかわかったものではない。


 魔法学園の教室で、窓ガラスに叩きつけられる北風の音を聞きながら外を見ていたら、ドミニク殿下がやってきた。

 僕のことを心配そうに見つめてくる。


「どうした、浮かない顔をして。婚約者と喧嘩でもしたのか?」


 殿下、それ以上はいけません。

 何処に腐女子の目があるかわかりませんので。

 とも言えず、


「婚約者との仲は良好ですよ。今日も日の出前まで可愛がられていましたから」


 と答えた。

 勿論、悪い方の意味の可愛がりである。

 もう、他にはお嫁に行けない。

 僕も婚約者たちも。

 何があったのかはご想像にお任せいたします。


「ドミニクは、王都の防火体制についてどう思う?」


「どうした突然?」


 殿下は僕の質問が唐突すぎて、返答する前にその意図を訊ねてきた。

 僕は前世の知識を使って説明する。


「王都の平民居住地域では、道幅がとても狭くなっております。火災が発生したら延焼しやすいと思いませんか?それに、延焼を防ぐために空き地を計画的に作るのも良いかもしれません」


 そう言うと殿下は考え込んだ。


「フィエルテ王国はその長い歴史の中で、人口を増やしてきた。そのせいで、今では王都の土地が足りなくなっている。城壁の外に暮らしているものも多い。道を広げ、空き地を作るとなると簡単にはいかないだろうな」


「例えば王都を焼き尽くすような火事があったとしたら、更地からなら楽にできますよね」


 そう言うと、殿下の顔色が変わる。


「マクシミリアン、まさかお前」


「付け火などしたりしませんよ。それに、殿下は僕の材木先物のポジションをご存知ないのですか?」


「そうだったな」


 殿下も既に僕が材木相場に、かなりの資金を投じているのを知っている。

 殿下の態度だと、知っていてわざとからかってきたのだろう。

 大人びているようで、子供っぽい茶目っ気があるなあ。

 休み時間の間、殿下とは防火対策の話をした。

 今したところで、数日以内に行われるであろう、放火までには間に合わないが。


 魔法学園から屋敷に帰ると、僕は直ぐに食事を取った。

 ハーバーからの連絡も来ており、今日が本命だということだ。

 ユルゲンは仕入れのため王都を離れたというし、教皇も視察のため王都には居ないという情報があった。

 ハーバーが相手の立場なら、仕掛けるのは今日しかないと考えると言われると、その説得力に重みが増すな。

 食事が終わると動きやすい服装に着替える。

 そして、婚約者たちの待つ部屋に行った。


 その部屋には婚約者の三人の他に、若い男が二人いる。

 一人は赤毛のほっそりとした顔立ち。

 気弱が服を着て歩いているように、頼りなさがにじみ出ている。

 ニクラウス・フォン・ローエンシュタイン、僕の従兄弟である。

 親は男爵だが、本人は家を継げないため、王都で仕事を探していた。

 水属性の魔法が使えるので、今日のために臨時で雇ったのだ。

 もうひとりは、短髪の黒髪に発達した筋肉。

 ニクラウスとは対照的だ。

 彼の名前はルーカス・フォン・シェーレンベルク。

 シェーレンベルクというが、ブリュンヒルデの遠い親戚であり、彼の実家に爵位はない。

 本家の所有する騎士団に入り、出世を狙っているとブリュンヒルデからは聞いている。

 今夜の僕の護衛としてついてきてくれる事になっている。

 そう、僕は今夜パトロールに加わるつもりだ。

 加わるというか、別働隊として動く。

 警備兵を信頼してないわけではないが、これだけ大きな勝負をしているのだから、他人に任せておくというのは落ち着かない。


「おまたせ」


 僕はそう声をかけると、二人はお辞儀してくれた。

 婚約者たちは顔から不安がにじみ出ている。


 最初に口を開いたのはマルガレータだった。


「マクシミリアン様、外は風が強く吹いていて、夜は更に冷える事でしょう。もっと厚着されたほうがよろしいのでは」


 ってお母さんか。

 いや、ベッドの上ではママって呼ばされているけどさあ。

 因みに、ママの日もあれば、お姉ちゃんの日もある。


「大丈夫、アイテムボックスにはコートやマフラーが入っているから。寒くなったらそれを取り出すよ」


 それを聞いて、マルガレータはニッコリと微笑む。

 ブリュンヒルデは


「ルーカス、マクシミリアンをしっかり守るのですよ」


 とルーカスを見た。

 ルーカスは首肯する。


「お任せください」


「さて、日も沈みかけている事だし、そろそろ行こうか」


 僕はそう言って、ニクラウスとルーカスを連れて部屋を出た。

 屋敷から風上に向かうのも徒歩である。

 馬車では目立ちすぎて、放火犯が隠れてしまうので使えない。


 吹き付ける冷たい北風に向かい歩いていくと、街は帰宅すると思われる人や、夜の街に繰り出す人で混み合っていた。

 やはり道が狭いよな。


 それでも午後8時もなると、通行人たちは少なくなってきた。

 変わって、警備兵の姿が目立つようになる。

 パトロールを強化したせいで、僕たちが職務質問を受ける頻度が高い。

 何度目かの職務質問を受けて身分を明かすと、警備兵は恐縮して頭を下げた。


「職務ご苦労」


 そう言って警備兵と反対の方に歩き去る。

 その後、既に時を告げる鐘はならなくなり、星の位置から多分日が変わるくらいだと推測した時刻に、事態は動き始めた。

 犯罪者を見つけた合図の警笛が、月明かりのない夜空に響き渡る。

 それも一箇所だけではない。

 あちらこちらから鳴り響いた。


「始まったねえ」


「はい」


 ルーカスがうなずく。


「だ、大丈夫でしょうか?」


 ニクラウスは震えだした。

 こんな暗闇で賊と出くわしたら怖いのはわかる。

 特に、ニクラウスは消火担当であり、戦闘はからっきしで期待はしていない。

 それは僕も同じだけど。


 その時、こちらに向かってくる気配がした。


「待てー!!」


 警備兵が怒鳴り声をあげている。

 放火犯を追いかけているようだ。


「ルーカス!」


「承知」


 ルーカスは僕の意図を理解し、声の方に走り出した。

 そして、直ぐに叫び声があがる。


「ギャア」


「痛え!」


 ルーカスの後を追って、僕とニクラウスもそちらに向かうと、男たちが二人地面に転がっていた。

 そして警備兵に捕縛される。


「ご協力感謝いたします」


「どういたしまして」


 とルーカスは警備兵にこたえた。

 よく見たら、数時間前に職務質問をしてきた警備兵だった。

 彼らは捕まえた男たちを牢に入れるため、一度戻るという。

 それを見送ると、僕たちは再び歩き始めた。


 すると、直ぐに火事を知らせる鐘がけたたましく打鐘された。


「火事か、やられたな。何処だ?」


 空を見上げると、少し東の方が明るくなっていた。


「行こう」


「「はい」」


 僕たちは打鐘で目が覚めて、外に出てきた住民たちの間を縫って、火事が起きたと思われる方へ向かった。

 そして火元にたどり着く。


「教会か」


 燃えていたのは教会だった。

 ここは平民用の小さな教会で、夜間は人がいないはずだ。

 王都にはそんな教会がいくつがある。

 大聖堂は平民は普通は入れないのだ。

 そして、警備兵も建物の中までは入って確認することはしない。

 してやられたな。


 既に屋根まで火がまわっており、近づこうとすると、熱気で肺が焼けるのがわかる。

 不謹慎だが、空に舞う火の粉がとても美しい。


「火のまわりが早すぎますね。中に油でも撒いて火をつけたのでしょう」


 ルーカスはそう分析した。


「ニクラウス、消火出来る?」


「いいえ、ここまで火の勢いが強いと難しいです」


 ニクラウスは首を振った。


「わかった。じゃあ、僕に水をかけてほしい」


「マクシミリアン様に?」


「そう。といっても、僕が今からマントを出すから、それをびちょびちょに濡らしてほしいんだ。それが終わったら風下の家の壁に水を掛けて、延焼しないようにしてほしい」


「わかりました」


 そこで僕はアイテムボックスからマントを取り出した。

 ニクラウスは魔法で水を作り出すとマントにかけた。

 僕はそれを纏う。


「冷たっ!」


 冬の夜中に水浸しのマントなんて纏うものではないな。

 二度とやりたくないと思いながら、息を大きく吸って燃え盛る教会に向かって走り始める。

 ニクラウスとルーカスが驚いたのがわかった。


 教会に近づくにつれ、空気がどんどん熱くなっていくのがわかる。

 マントの隙間から熱風が入り込んできた。

 そして、すごい勢いで水分を奪っていく。

 なんとか教会の手前3メートルまで来たところで、僕は燃え盛る教会をアイテムボックスに収納した。

 アイテムボックスへの収納は、対象に触れてなくてもよいが、ある程度近寄らなければならない。

 出す時はもう少し遠くに出せるのだが、収納は3メートルくらいの距離まで近寄る必要があった。


「あっつい」


 大きく息を吐いた。

 マントはすっかり乾き、熱の余韻が体に残る。

 熱源が無くなったので、あとは徐々に冷めていくだけなので、一安心ではあるな。

 一息ついて周囲を見ると、延焼した家の消火を行っているのが見えた。

 ニクラウスや他の水魔法の使い手が、水を作っては燃えている箇所にぶつけていく。


「あっちも手伝うか」


 僕は燃えている家に近寄ると、これもアイテムボックスに収納した。

 周囲の燃えている家を全て収納したあとは、空き地となった教会の跡地に一個ずつ出していく。

 燃えるものが周囲に無くなったので、ここならば消火に時間がかかっても安全だ。

 消火したら元の場所に家を戻し、次の家を出すのを繰り返す。

 全てが終わった頃には、空が瑠璃色になってきていた。

 やれやれ、今日の魔法学園は休むかな。

 そう考えて屋敷に戻った。

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