第43話 河村瑞賢

 副教皇から伝えられ、このままユルゲン商会とぶつかれば、僕の身に危険が及ぶことがわかった。

 婚約者たちは僕がオットマーに刺された事を思い出して、不安そうな顔をする。

 特にブリュンヒルデはまた悩んでしまった。

 副教皇が帰ったあとも顔色が冴えない。


「マクシミリアン、今ならまだ引き返すことが出来ます」


 ブリュンヒルデがそう提案してきた。

 だけど、僕はその提案を拒否する。


「それはしないよ。このままだとギルベルトがヴァルハラ教に影響力を持つことになる。それは阻止しなければならない」


「でも…………」


「大丈夫だよ、ヴァルハラ教の全てと敵対するわけじゃない。少なくとも副教皇は味方だ。彼を教皇にすることが出来れば、ブリュンヒルデも楽になるんじゃないかな」


「そうなのですが、ヴァルハラ教を敵に回してしまえば、オットマーの時よりも命の危険はあります」


「対抗策は考えてあるさ。それに、どのみちカール王子が国王に即位すればどうなるかはわからない。避けては通れない問題なんだよね」


 そう、反カール王子の急先鋒であるシェーレンベルク家は、カール王子が国王に即位すれば間違いなく報復される。

 ましてや教皇はあのギルベルトの父親だ。

 叩き潰す以外に僕たちの未来はひらけない。


 その時、メイドが僕を呼びに来る。


「マクシミリアン様、ヨーナス様とハーバー様がお見えです」


「来たか。応接に通しておいて」


「かしこまりました」


 メイドは一礼して部屋を出ていく。

 ハーバーが帰ってきたか。

 いよいよ次の仕掛けに移るときが来たようだ。


「ブリュンヒルデ、一緒に来て欲しい。ヨーナスたちと今後のことを打ち合わせするから」


「わかりました、信じてよいのですね」


「もちろんだよ」


 僕は微笑んでみせた。

 そして、ブリュンヒルデの手を取って応接へと向かう。


「マクシミリアン様?」


 応接に入ると、ヨーナスとハーバーが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 おやっと思ったが、よく考えたら今はマクシーネの格好のままだった。


「ああ、これは気にしないで。今度ある仮装パーティーの衣装合わせをブリュンヒルデとしていただけだから」


「そうですか」


 ヨーナスが胡乱な目で見てくる。

 これは信じてないな。

 まあ、嘘なんだけど。

 もう、話題を変えよう。


「それで、ハーバー調べた結果はどうだった?」


「はい、ヴァルハラ教の領地では材木の生産量が大幅に増えておりました。しかし、何処に出荷するでもなく、領地内に蓄えられております」


 その報告に僕は満足した。


「ちょっと、どういうことですの?話が見えないのですけれども」


 ブリュンヒルデが説明を求めてくる。

 僕はブリュンヒルデにイチから説明をする。


「材木の相場は安定していてほとんど動きがないんだ。だけど、ある特定の条件下で値段が跳ね上がってきた。それが記録に残っているんだ」


「ある特定の条件下?」


「大火事だよ。フィエルテ王国の建物には木材が使用されている。それに、家具にもね。大火事になると材木の相場は上がってきた」


 ブリュンヒルデはその説明で納得した。


「つまり、ユルゲンは大火事が起こる事に賭けている訳ですわね。材木の現物を買わないのは、王都にあれば燃えてしまうのがわかっているから」


「そう、僕はそういう仮説を立てたんだ。それで、ハーバーにヴァルハラ教の領地を探ってもらったんだよ」


 ハーバーがうなずく。

 実はこの仮説には前世の記憶も役立っていた。

 河村瑞賢が財を成したのが正しくこれだったのだ。

 河村瑞賢は品川でお盆の精霊流しの瓜や茄子が捨てられているのを、浮浪者を雇って拾わせて漬物にして売ることで相場の資金を作った。

 そして、彼が一気に財産を築いたのが明暦の大火、所謂振袖火事である。

 河村瑞賢が凄いのは、この火事を見て自分の家が燃えるかもしれないのを気にせず、財産をかき集めて一目散に木曽を目指した事だ。

 これは自分が東日本大震災の揺れの中で、全力で空売りしたのと似ていて好感が持てたエピソードだ。

 相場師たるもの、災害の中にあってまず考えるのは値動きだ。

 命は二の次。

 そして、河村瑞賢はいち早く木曽の尾張藩で木材の管理をしていた山村甚兵衛という男に会いにいく。

 河村瑞賢は山村の邸宅に駆け込むと、子供相手に小判で遊び始めた。

 山村はそれを見て豪商が来たと勘違いをする。

 そして、河村瑞賢は見事山村から木曽尾張藩の材木を全て買い付けることに成功した。

 なお、このとき山村は高値で売ることに成功したとほくそ笑んだのだが、翌日江戸から商人が大挙して押し寄せてきて、江戸で大火事が起こって材木も家も燃えてしまったので、材木を売って欲しいと言ってきたことで、河村にまんまと買い占められたことに気付く。

 しかし、それを好機と捉えてその後河村のよきパートナーとなるのだ。

 ただ、河村瑞賢のこのエピソードはあまり有名ではなく、東廻り航路や西廻海運だとか、灌漑治水の実績で偉人とされている。


 そんな河村瑞賢のエピソードを思い出すと、今回のユルゲンが先物だけ買っている狙いが見えてきたのだ。

 放火して現物の材木も焼けてしまえば一石二鳥だ。

 ただし、実際にそんなことをすればどうやっても犯人の目星をつけられそうなものだが、そこは教皇の政治力がバックにあるから、いざとなっても逃げおおせられると思っているのだろう。

 夢で王都が大火になるのを見たとか言われて、教皇が神の啓示とかフォローしたらそれまでだ。

 ハーバーが調べてくれたおかげで、疑惑は確信に変わった。

 現物を別の場所で抑えているのだから、王都の材木が使い物にならなくなるとわかっているのだろう。


「それが本当なら許せませんわね」


 ブリュンヒルデの瞳に怒りの炎が灯る。


「これを放置は出来ないよね」


「はい。なんとしてもたくらみを阻止してみせますわ。そして、空売りですわね」


「まずは価格をもっとあげようと思う。多分ユルゲンはまだ仕込みが足りないはずだ。なにせ、選挙では一説では数千億マルクが動くと言われているからね。だから、ヨーナスには材木の現物を買いまくってもらおうと思う。僕の名前を出してね」


「承知いたしました。マクシミリアン様とユルゲンが材木の値上がりに賭けていると思わせるのですな」


 ヨーナスがニコニコしながらうなずく。


「そう。どうせ僕は先物で売りを入れるから、現渡し用の材木は用意しておかないとね」


 そういうと、ハーバーもニコニコする。


「放火が成功したらマクシミリアン様は破産ですね」


 そう言われて僕も笑う。


「そうだよ。投機なんて大金を得るか破産するかなんだ。だから、最高に楽しいんだよ」


「既に何もしなくとも優雅に暮らすだけのお金をお持ちなのに、よくやりますな。しかし、だからこそ本尊にふさわしい」


「ありがとう。それに、今回は王都の住民の命も賭かっているからね」


「そうですわね。これは父にも話しておかないと」


 ブリュンヒルデも覚悟を決めてくれた。

 そして僕はブリュンヒルデにあるお願いをする。


「ブリュンヒルデ、公爵にお願いして領地で材木の生産を増やしてほしい。僕も実家にお願いしてみるよ。それで最悪は現渡しをする。まあ、放火が成功したら実質こちらの負けだけどね」


 ブリュンヒルデはうなずいてくれた。

 ヨーナスとハーバーにも売買の指示を出して帰らせる。

 ブリュンヒルデはすぐに公爵に今回のことを報告に行った。

 僕は実家に材木の生産を増やすようお願いする手紙を書く。

 さあ、いよいよこれからが本番だ。

 先物を高値でドテンして、ユルゲンを売り崩してやる。

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