第42話 副教皇

 週末のお茶会に女装して出席したことで、ブリュンヒルデたちは味をしめてしまい、次はいつにしようかなどという話題で盛り上がっていた。

 いつバレるかわからない恐怖は二度と味わいたくないのだけれど、そんな僕がテンパっている様子を見たいと言われてしまった。

 Sっ気たっぷりの婚約者の笑顔が怖い。

 まあ、女装する前からSっ気があるのはわかっていましたけどね。


 それと、ドミニク殿下と恋仲であるという噂を聞いてしまったので、ついつい魔法学園の中では意識して殿下を避けてしまった。

 言われて気が付いたのだけど、女生徒たちが僕と殿下に向ける好奇の視線が、針のように背中に刺さっていた。

 鋭利すぎるだろ。

 そんな根も葉もない噂にうつつを抜かす女生徒たちに、僕の夜の生活を見せてあげたい。

 殿下が入り込む余地など1ミリもない事がわかるはずだ。

 見せたら見せたで違う噂が独り歩きするんだろうけどね。


 結局学園では自分の噂を気にしすぎて、周囲に気を配っていたらどっと疲れた。

 そろそろハーバーが戻ってくる頃なので、次の段階にうつる準備もしておきたいので、あまり学生生活に煩わされたくないのだが、周囲が中々それを許してくれない。

 ゲッソリとして帰りの馬車に乗ろうとしたら、御者が申し訳無さそうに


「本日は屋敷にお客様がみえているので、真っ直ぐ帰ってくるようにとブリュンヒルデお嬢様から言伝を預かっております」


 と言ってきた。


「来客か。相手の名前は?」


「いえ、そこまでは」


「ふうん、誰だろうねえ」


 ハーバーの可能性もあるなと思ったが、ブリュンヒルデが名前を伝えなかったとなると、その可能性は低いかな。

 なんて考えながら帰ったら、来訪したのは思わぬ人物だった。


「副教皇がお待ちです」


 と玄関でメイドに教えられる。

 副教皇といえば、週末のお茶会で初めて見たのに、身の毛のよだつ思いをしたあの人物か。

 ブリュンヒルデは多分僕が逃げると思って名前を明かさなかったんだと思う。

 僕は学生服のまま副教皇の待つ応接に向かった。

 そこにはナイスミドルの副教皇と、僕の婚約者の三人がいた。


「お待たせいたしまして申し訳ございません。マクシミリアン・フォン・ローエンシュタインです」


 そう挨拶するとブリュンヒルデが笑いながら


「マクシーネ、そんな男の子の服ではなく、女の子らしい格好に着替えてきなさい」


 と言うではないか。

 僕の思考が停止する。

 すると、今度はマルガレータが


「ビッテンフェルト様はマクシーネに会いに来たのよ」


 と教えてくれた。

 すると、副教皇はソファーから立ち上がり挨拶を始める。


「マクシーネ様、はじめまして。ヴァルハラ教の副教皇をつとめているコンスタンティン・フォン・ビッテンフェルトです。本日はマクシーネ様のご尊顔を拝見しにうかがいました」


 そこにブリュンヒルデが呼んだメイドたちが入ってくる。


「あなたたち、マクシミリアンの着替えを手伝ってあげて」


「かしこまりました」


 恭しく頭を下げるメイドたち。

 でも、今マクシミリアンって言ったよね?

 抗議の視線を投げつつも、メイドたちに連れられて一度応接からでる。

 そして、ワンピースに着替えさせられて、お化粧もさせられた。

 再びのマクシーネである。

 その格好で応接に戻ると、僕を見た副教皇はうっとりとした表情になる。

 なにか違法なお薬を使った感じだな。


「素晴らしい」


「お手を振らないようにお願いいたしますわ」


 今にも飛びついてきそうな副教皇をブリュンヒルデが牽制する。

 またもぞわりとした感覚が体を突き抜けた。


「ひょっとして未成年の女の子が好きな部類の人種ですか?」


 恐る恐る副教皇に訊ねると、彼はそれを強く否定する。


「いいえ、私は可愛い男の子が好きなのです。その男の子が女装しているともなれば、それは地上に神が示現したも同様。マクシーネ様こそが地上に舞い降りた天使なのです」


 その言葉を聞いて腕に鳥肌が立った。

 これは、ブリュンヒルデたちがベッドの上で見せる表情と同じだ。


「まさか、この前の週末のお茶会で視線があったのは?」


「勿論女装している男子だとわかりましたので。あまりの美しさに目線を奪われてしまいました」


 つまり、あの時すでに女装しているのがバレてて、女性として性の対象に見られていたのではなく、男性として性の対象に見られていたわけだ。

 危険感知アラートがけたたましく鳴るのも当然だな。

 というか、ヴァルハラ教の教義ってどうなんだろう?


「あの、同性愛とか小児愛好とかって、教義に反したりしないのですか?」


「神の前に愛は平等です。それに、何故少年聖歌隊が存在するかわかりますか?あれは教皇が可愛い男の子を手元に置くためのものなんですよ。神の祝福と言いながら、夜な夜な特別法話をしているのです」


 少年聖歌隊とはボーイソプラノの歌声が美しい、少年だけで組織された聖歌隊だ。

 それが教皇の毒牙にかかっているとか、聞きたくもなかった。


「随分と心の広い神様のようですね」


「はい。それなのでその心の広さゆえ、教会と戦うことになるであろうマクシーネ様の身を案じ、こうして馳せ参じたわけでございます」


 副教皇の目つきが途端に厳しいものに変わった。

 真面目モードだ。


「教会と戦うつもりなどありませんが」


「そうですね。正確には教皇と戦うと言い直さねばなりません。ユルゲン商会の材木先物価格の操作に対して、売りで対抗するおつもりでしょう?なにせ教団所有の領地に人を派遣して調査を行うくらいですから」


 その指摘に自分の眉がピクリと動いたのがわかった。


「まさか、ハーバーを?」


「いえ、何も手出しはしておりませんよ。ただ、教団は国家と同じような組織を所有しております。軍事部門もあれば、諜報機関も所有しております。特に、自領ともなれば異物の発見など容易いのです」


「それをどうして僕に?」


 その言葉を聞いて、副教皇は破顔した。


「すいません、もう一度言っていただけますか」


「それをどうして僕に?」


 言われたとおりに、先程の言葉を繰り返す。

 すると、副教皇は手で顔を覆った。


「女装した男の子が僕って言った…………」


 うん、だめだこの人。

 でも、何故か婚約者たちもうんうんとうなずいている。

 似た者同士か!

 しばらくそんな感じで会話が止まっていたが、副教皇はまた真面目モードに切り替わって話を続ける。


「この情報を伝えることが私の利益になるからですよ。シェーレンベルク公爵とは話がついておりますが、次の教皇選挙に私も立候補いたします。教皇は投票権を持つ教団関係者に多額の金をばら撒くつもりでしょう。前回の選挙でもそうして勝ちましたので。そして、その資金はユルゲン商会から提供される。見返りは教団の仕入れの一括受注。教皇は教団を私物化しているのです」


「少年聖歌隊も私物化してたしね」


 と茶化す。

 が、副教皇は真面目モードのままだ。


「まったくです。それに加えて、マクシーネ様を手に掛けるなど許されません」


「手にかけられるの?」


「ユルゲン商会とぶつかる事になれば、間違いなく排除しにかかるでしょう」


 それを聞いてショックを受けたのは、僕よりも婚約者たちだった。

 前回オットマーに刺されて死にかけたからなあ。


「教団の暗部でもつかうのかな?」


「いいえ、恐らくはシェーレンベルク家とローエンシュタイン家の名を貶めるために、宗教裁判でマクシーネ様を裁くことになります」


 その時はマクシーネじゃなくて、マクシミリアンとして裁かれると思ったが、話がそれるので黙っていた。


「宗教裁判ってことは、拷問にかけられて自白を強要されられるのかな?」


 すると、副教皇は首を横に振った。


「貴族の場合は公開で毒入りのワインを飲まされます」


「100%死ぬよね」


「はい。しかし、建前上は無罪であれば神の奇跡で無毒化されるとなっております。それなので、マクシーネ様が本格的にユルゲン商会と争う前に伝えておかねばと思いまして」


「ありがとうございます。お礼は、見返りに何を求められますか?」


「あなたの笑顔と、足に口づけをする事をお許しください」


 足に口づけをするのは、変態行為じゃなくて宗教的に敬愛を示す行為だ。

 そういう物があるのを知っているが、どうも副教皇のランランとした目を見ていると、本当に宗教行為なのかと首を傾げたくなる。

 本当はさせたくなんか無いが、ここまで貴重な情報の対価であるならば仕方がないか。

 拒否反応を示す体を制御するために、ブリュンヒルデに隣に座ってもらい、手をギュッと握ってもらった。

 そして目を強く瞑る。


 次の瞬間、舌が触れる暖かい感触が伝わってきた。

 恐怖から涙が少し溢れる。

 ブリュンヒルデの手が、握る力を強めたのがわかった。


「出来ればこのまま持ち帰って、私の方でマクシーネ様を保護したいのですが」


「いいえ、それには及びませんわ」


 ブリュンヒルデがきっぱりと断ってくれた。

 その日僕はお風呂で足の舐められた場所を、肌が真っ赤になるまで洗った。

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