第36話 応募

 いつもの様に魔法学園の授業が終わってから、エルマーの店に調味料を卸すために立ち寄った。

 よく見ると、エルマーの顔に元気がない。

 どうしたのだろうか?


「エルマー、どうしたの?悩み事があるなら相談にのるよ」


「ありがとうございます、マクシミリアン様。実は…………」


 エルマーの話ではハーバーが店にやってきて、エルマーが保有している店の株券を公開買付に応じて手放すように言ってきたというのだ。

 ふむ、予定通りだな。

 とはいえ、エルマーが情報をうっかり漏らしてしまう可能性があったので、僕は今までエルマーには何も伝えてこなかった。

 もう仕上げの時期なので、そろそろいいだろう。

 僕はエルマーに株を手放すように伝えた。


「エルマー、その話を受けるんだ」


「えっ、マクシミリアン様よろしいのですか?このお店が取られちゃうんですよ」


 エルマーは不満を隠そうともしない。

 それだけ思い入れがあるのだろう。

 その気持ちがわからなくもない。


「エルマー、店の場所は変わるかもしれないが、料理は自由に続けさせてあげるよ」


 僕の言葉にエルマーは納得できないという顔をした。


「大丈夫、オットマーを追い払う手段があるんだ。悪いようにはしない。失敗したらずっと調味料を無料でエルマーに卸す約束をしてもいい」


「本当ですか?それならどちらに転んでも私に損はないですが」


 そういうエルマーに僕は頷いてみせた。


「僕とブリュンヒルデの争いにエルマーを巻き込んで申し訳ないと思っているんだよ」


「そんな、元はと言えば私が独立するときにマクシミリアン様にお願いしたことが始まりですので」


「本当にそう思ってる?」


「はい」


 僕の質問にかしこまるエルマー。

 なんかだましたみたいで悪いが、オットマーにトドメを指すために協力してもらおうか。


「じゃあ、今日の調味料の仕入れは新株予約権で支払ってもらおうか。というか、今までの仕入れもストックオプションだったけど、今日の仕入れは市場価格での仕入れにするよ。黒コショウやカラシにトマト。全部船で運んだ時の価格にさせてもらう」


「でも、取られちゃう店の株ですよ」


「それでいいんだよ。それと、エルマーにもやってもらいたいことがある」


「何でしょう?」


 エルマーは身構えた。

 だが、これは彼にとって悪い話ではない。

 僕の話を聞くとエルマーは


「なんだ、そんなことですか」


 と胸をなでおろした。

 これで仕込みは完了だ。


「直ぐに料理だけに専念できる環境に戻すからね」


「はい。ところで新しいメニューを考案してみたのですが、味見をしていただけますか?」


「わかったよ」


 こんな時でもエルマーは料理だ。

 いつでも相場のことを考えている自分に近いものがあるな。

 エルマーが作ったのはバター醤油のパスタだった。


「バターもあるにはあるんですが、保存の問題で王都で入手するには冷却魔法が必須ですからね。それが流行らない理由なんですよ」


 とエルマーが以前教えてくれた。

 なので試しにバターを出してみたのだが、バター醤油の話をしたので試作してみたそうだ。


「懐かしい味だなあ」


「懐かしい?」


 一口食べて思わず前世の事を思い出し、口から感想が出てしまった。


「実家にいた頃試しに作ってみたからね」


「そういう事でしたか」


 なんとかごまかせた。

 しかし、懐かしいだけではエルマーの参考にならないな。


「醤油とバターの組み合わせはいいね。これは新しいメニューになると思うよ。ただ、塩気が少し多いから、薄味が好きな人には注意だね」


「濃いですか。気をつけますね。それにしてもニンニク、コショウ、柚子コショウ、塩、出汁調味料と味付けの幅もかなりあって面白いですよ」


「素材もキノコや野菜、肉にも合うしね。海鮮がないのが残念だよ」


「海が遠いですからねえ」


 バター醤油味の海老を食べたい。

 いつか海を見に行って、海鮮料理を食べるのもいいかなと思う。

 それに、アイテムボックスの中は時間が止まるから、大量に買って持って帰ってくることも出来る。

 そうしたらエルマーかブルーノに料理してもらおう。


「いつか、エルマーに海鮮料理もやってもらおうかな」


「食材さえあれば挑戦してみたいですね」


 僕は相場以外の目標が新たに出来たことにウキウキしながら、エルマーの店をあとにした。



 その翌日、ハーバーはオットマーにエルマーが所有している株を手放すことに同意したことを伝えた。

 オットマーの顔が綻ぶ。


「そうか、よくやった。これでエルマーは俺の支配下に入ることを承諾したというわけだな。あとどれくらいで買い付けは終わる?」


「期限を二週間で区切っておりますので、来週には終わります。他の株主からの申込みもかなり来ており、公開買付は無事に完了するでしょう。ただ…………」


「何かあるのか?」


 言い淀むハーバーに、オットマーが訊ねた。


「ローエンシュタイン子爵がまだ応じておりません」


「ローエンシュタイン子爵?ローエンシュタイン家は辺境伯だろう」


「それはローエンシュタイン子爵のお父上ですね。ブリュンヒルデ様の婚約者のマクシミリアン様の方です」


 ブリュンヒルデの名前を聞いて、オットマーの機嫌が途端に悪くなった。

 大きな声でハーバーに命令をする。


「婚約者共々目障りだな。ハーバーなんとしてもローエンシュタイン子爵に持ち株を放出させろ」


「承知いたしました」


 さて、骨が折れるかなとハーバーは考えた。

 しかし、その翌日マクシミリアンの持ち株は公開買付に応じるとの連絡が入る。

 マクシミリアンの委任を受けたヨーナスが、公開買付への応募を伝えてきたのだが、株券の数が明らかにおかしい。

 公開買付に応じたのは約40万株だった。

 元々調べた名簿では、マクシミリアンの保有する株券は発行済株式の10%にあたる10万株であった。

 市場で買い増ししたにしても枚数がおかしい。

 そこまでの売りは出ていないのだ。


 商会から連絡を受けたハーバーはヨーナスのところに乗り込んだ。

 お互い知った仲なので、ヨーナスもハーバーの訪問を断ることはなかった。

 応接に案内してお茶を出す。


「久しぶりですね、ハーバー」


「くたばってなくて驚いたか?」


 ハーバーが皮肉を言ったが、ヨーナスは首を横に振ってにこやかに答える。


「あなたほどの人が簡単にくたばるとは思っていませんでしたよ。現にこうしてまた私の前に立ちはだかっている」


 それを聞いてハーバーは自嘲気味に笑った。


「立ちはだかるってのは正確な表現じゃねえなあ。公開買付に発行済株式の40%を持ってくるってのはどういう魔法だ?他の株主の株券もこっちは押さえているんだぞ。偽装か?」


「まさか。株券は正式なものですよ」


「じゃあ、どうやって株券を増やした!」


 ハーバーはドンとテーブルを叩いた。

 その衝撃でお茶の入ったカップが浮き上がり、中のお茶が溢れる。


「ストックオプションですよ」


「ストックオプションだと?」


「はい。マクシミリアン様はエルマー殿との間でストックオプション契約を結んでおりました。株価が5,000マルクを超えたら行使出来るという約束で、一株500マルクで買う権利を保有していたのです」


 ヨーナスの言葉にハーバーは笑い始めた。

 お腹を抱えての大爆笑である。

 ひとしきり笑ったあと、呼吸を整えてからヨーナスに話しかける。


「ヨーナス、マクシミリアン様ってのはとんでもねえな。勝てる気がしないよ。70億マルクで決着かと思っていたら、30%も株券が増えたことで21億マルクも余計に金がかかるわけだ。しかも公開買付の取りやめは、他の誰かが自分以上の買い付け価格を提示したときのみと来ている。91億マルクともなれば、オットマー様はドボンだよ」


 ハーバーは頭の中でエルマーの店の価値を再度計算したが、どうやっても91億マルクの価値はない。

 金を貸した商人が追加の担保を要求してくるだろう。

 ヒンデンブルク侯爵に頭を下げるか、カール王子に泣きつくかしかないだろうなと考える。

 しかし、ヨーナスから更に驚きの事実が伝えられる。


「それだけではありません。エルマーは新オーナーのオットマー様に退職届を出すことになっております」


「はあ?」


 あまりの話にハーバーが固まった。


「マクシミリアン様はこれをクラウンジュエルと呼んでいます。王冠から宝石を外して価値を下げたものを買い取らせるようなものだということです」


 クラウンジュエルとは買収防衛策の一つで、買収者にとって価値のあるものを防衛側の企業が第三者などに売却してしまい、企業価値を下げることで買収を諦めさせるやり方である。

 エルマーの店の価値は彼の料理の腕であり、エルマーが居なくなれば不動産価値と少しの調味料と調理器具程度しかない。

 その調味料もマクシミリアンが卸さなければ直ぐに底をついてしまう。


 硬直から復帰したハーバーがヨーナスに訊く。


「そんなことが出来るのか?」


「エルマーは元々シェーレンベルク公爵家の料理人だ。職場は円満退職だから、次に店を出すときは公爵家が保証人になってくれるそうだ。それがなければ王都で店を出すのは厳しかったろうな」


 ハーバーはふうと大きなため息をついた。


「まったく、あのお貴族様は何から何まで完璧だな。対抗公開買付もオットマー様を煽るために、わざわざブリュンヒルデ様を出してくる辺も嫌らしいくらいに完璧だったな」


「もっと前から始まっていたのですよ。婚約者たちを使い、エルマーの店の価値を上げていたのです。本来であれば30億マルクもあれば買収出来るような店でしょう」


「そこからか。折角復活のきっかけを掴んだと思ったんだけどなあ」


「まさか儲けがないわけではないでしょう?」


 ヨーナスが探るようにハーバーを見た。


「勿論、自分の持ってる株を公開買付に応募して利益はえたさ。ただ、次に繋がらない。これでヒンデンブルク家には出入り出来なくなるからな」


「あなたなら大丈夫だと思ってますがね」


「毎回叩いておきながらよく言う」


 ハーバーがジト目で見るが、ヨーナスは全く気にする様子はない。

 ニコニコ笑顔を浮かべながら対応する。


「相場の注文があればお受けしますよ」


「ああ、その時はよろしく頼む」


 ハーバーはそう言うと席を立って出ていった。

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