第35話 対抗
オットマーがハーバーを使ってエルマーの店への公開買付を実施してきた。
買い付け価格は一株5,000マルク。
資金はLBOで調達してきた。
僕は屋敷に帰ると直ぐにブリュンヒルデと打ち合わせにはいる。
ハーバーが関わっていることを伝えると、ブリュンヒルデは一瞬複雑そうな表情をしたが、直ぐに元に戻った。
やはり、思うところがあるのだろう。
そして、僕は今後の計画をブリュンヒルデに伝える。
「対抗TOBをしようと思うんだ」
「予定通り、と言いたいところですが、価格が予定よりも高いのでは?」
ブリュンヒルデに話していた計画では、もう少し低い価格でオットマーにTOBをかけさせる予定だった。
こちらがTOBを実施して、それに対抗TOBをするように仕向けようと思ったが、結果的に逆になってしまった。
価格も最終的には5,000マルクを狙っていたが、いきなりそれを達成してしまったのだ。
このままでも計画は成功だが、折角の状況なので更に上を狙わせてもらう。
「ハーバーが出てきて、価格は予定よりも上がったからね。やはり相場を操るのがうまい」
「あら、ハーバーを評価してますの?」
「勿論だよ。あんな手強い相手は中々いないよ」
今思い出しても、塩の相場でのハーバーのやり口は秀逸だった。
現渡し出来ないように荷馬車をおさえて、街道も封鎖する事を考えついて実行するなんて、並の相場師には出来ないだろう。
「あら、マクシミリアンは他の相場も経験してきた様な事を言いますわね。どこかで経験でもあるのかしら?」
「あ、塩の値動きを調べていた時に、過去の相場の歴史を見たからね」
危ない、前世の記憶があることがバレるところだった。
前世の記憶があることを話して、ブリュンヒルデに受け入れられるかわからない。
異質なものを受け入れるなんて簡単なことじゃないからね。
これは墓場まで持っていくつもりだ。
それはそうと、ハーバーは地球にいたとしても、名前が残る相場師になっていたと思う。
運悪く調味料を作る魔法が使える僕がいたから失敗したが、それさえなければつけ入る隙きのない組み立てだった。
ま、その運の悪さってのが相場師にはとっても重要なんだが。
売りの山種こと山崎種二は、1936年に株の売りで担がれて破産直前まで追い込まれた。
2月25日には追証の解消のために売りを手仕舞い始める。
そして、その日は新潟からお得意さんが山崎の家に泊まりに来ていた。
翌日彼のために新潟に電話をかける予約していたのだが――当時は電話をかけるのに予約が必要だった――電話をする直前に226事件が起きたのだ。
東京の証券取引所は当然封鎖されて取引は行われなかったが、新潟には情報が伝わらず証券取引所が開いた。
そこで、予定していた客の電話を取り止め、新潟証券取引所で残った資産で最後の空売り勝負に出た。
山種の売り注文が成立した直後に、新潟にも情報が伝わり証券取引所は取引停止となった。
取引が再開した後は当然の大暴落。
彼は九死に一生を得て、その後会社を作ったり美術館を作ったりとなるのである。
運が良かった例としてはやはりこのエピソードだろう。
運が良かった、悪かったというのはとても重要なのだ。
そして、一度悪くなった流れは中々変わらないものだが、こうやってあっという間にまた目の前に立ちはだかってくるハーバーは、やはり只者ではない。
「さて、それで対抗TOBの話なんだけど」
「それですわ。買い付け価格を上げたところで相手が乗ってこなければ、せっかくの獲物を取り逃がす事になってしまいますわよ」
ブリュンヒルデはこのチャンスを逃す事を心配している。
彼女にしてみたら相場で儲けることは二の次で、オットマーを叩く事が最優先なのだ。
だけど、僕はもっと大きなダメージを相手に与えてやりたい。
そのための作戦もある。
「そうだね。だから、オットマーが引けないように、ブリュンヒルデが対抗TOBを宣言するんだ。そうすれば、アンネリーゼに良いところを見せたいオットマーは引けない筈だよ」
「それは確かにそうですわね。マクシミリアンは本当に相手の嫌がる手を直ぐに考えつきますわね」
ブリュンヒルデの口吻には呆れた様な雰囲気があった。
相手のことがわかっていれば、その弱点を攻めるのは当然だと思うのだが、解せぬ。
「可愛い婚約者の役に立ちたくて、一生懸命考えたのに酷い」
その一言がブリュンヒルデの心に火を着けてしまったらしい。
目が座ったブリュンヒルデが真っすぐにこちらを見てくる。
「あら、申し訳ございませんでした。旦那様のそのお気持ちがありがたいので、今夜はたっぷりとお礼をして差し上げますわ」
悲報、今夜も僕氏今夜も気絶させられる事決定。
こうして翌日、妙にツヤツヤしたブリュンヒルデがヨーナスに対抗TOBの実施を依頼した。
僕は魔法学園に登校したが、朝日が痛くて午前中の授業は耳に入ってこなかった。
休み時間にはそんな僕を見て、ドミニク殿下が笑いながらやって来た。
「マクシミリアン、サキュバスにでも襲われたか?目の下のクマがひどいぞ」
「襲われたような気がしますが、途中から気を失ってしまい記憶が曖昧なんですよ」
「浮気をする隙間がないな、マクシミリアンは」
「貴族同士の婚約とはいえ、僕は彼女たちを愛していますからね。浮気なんてするつもりはありませんよ」
その言葉にドミニクは信じられないといった顔をする。
「貴族の婚約、結婚など家のためだけだろう。マクシミリアンは中々にロマンチストだな」
「僕は家を継ぐ必要がないですからね。家を大きくするとかは兄に任せておけばいいんですよ」
「その割には爵位を得て、更に持て余しているようだが。子供も沢山作らないと領地の管理が大変だろうが」
「あ、忘れてました」
「まったく、お前というやつは」
素で忘れていたことで、ドミニク殿下に呆れられてしまった。
「殿下、黄色い太陽が痛いので寝ます」
「夫はヴァンパイア、妻はサキュバスか」
反論できません。
一方、ブリュンヒルデが対抗TOBを仕掛けたのは当然ハーバーの耳に入り、そしてオットマーに伝えられた。
仕事を終えて帰ってきてみたら、いきなり面白くもない報告を聞かされ、オットマーは非常に機嫌が悪かった。
「あの女、未だにアンネへの嫌がらせをしてくるか」
オットマーは部屋にあった椅子を蹴飛ばした。
ブリュンヒルデの顔が脳裏に浮かび、余計にイラつきが増す。
ハーバーは相変わらず怒りを隠そうともしないオットマーを見ても平静を保っていた。
そして、オットマーに進言する。
「ここらが潮時でしょう。こちらの公開買付を取り下げて、手持ちの株をブリュンヒルデ様に売りつけてはいかがですかな?」
潮時という言葉にオットマーの目つきが一層険しくなる。
血走った目でハーバーを睨んだ。
しかし、ハーバーは相変わらずどこ吹く風と受け流す。
「だめだ!それではアンネの期待を裏切ってしまう。ハーバー、あとどれくらい金を借りられる?」
「20億マルクがよいところでしょうな」
「よし、それでこちらの買い付け価格を上げろ。なんとしてもエルマーを手に入れるんだ。株主たちにも圧力をかけて手放させろ」
「はい、承知いたしました」
素直にオットマーの言うことを聞いたように見えたハーバーであったが、
(やれやれ、引き際が見えませんか……)
と心のなかでため息をつくのであった。
翌日、ハーバーは直ぐに追加の資金を調達して、公開買付価格を7,000マルクに引き上げた。
そして、オットマーに命令されたとおり、株主の説得へと動いたのである。
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