第34話 LBO

 オットマーが近衛騎士の仕事を終えて屋敷に帰ってくると、そこにはハーバーが待ち構えていた。

 エルマーの店の乗っ取りが完了したのかと期待したが、ハーバーの口から出てきたのは真逆の報告だった。


「株券が期待したほど集まりません。次の手を打ちたいと思います」


「次の手?」


 オットマーはギロリとハーバーを睨んだ。

 今まで株の買い付けなどしたことがなかったオットマーは、ハーバーが使えない男だと思っていたのだった。

 アンネリーゼが望むエルマーの店の所有を早く完成させたいのだが、そんなものは3日もあれば出来ると考えていたのだ。

 しかし、現実はそんな簡単にはいかなかった。


「公開買付をしましょう」


「公開買付?」


 オットマーは知らない単語が出てきたので、ハーバーを睨んで説明を促す。

 ハーバーは睨まれたことなどどこ吹く風で、冷静に公開買付の説明をする。


「買い付け価格を宣言して、株を売ってもらうのです」


「そんなことが可能なのか?」


 オットマーが怪訝そうにハーバーを見た。

 ハーバーは力強く頷いてみせる。


「ただし、今のままでは資金が足りません。50億マルクの資金が必要になります」


「ハーバー、貴様わかっているのか。俺にはそんな資金は無いぞ。それに、父にそんな金を出させようにも首を縦にはふるまい」


 オットマーはハーバーが馬鹿にしているのかと思い、声を荒らげた。

 だが、ハーバーは両手を前に突き出し、興奮したオットマーを落ち着かせる。


「落ち着いてください。金は借りればよいのです」


「俺に50億マルクも貸してくれる商人のあてがあるのか?自分でもそんな価値があるとは思えんが」


 オットマーはフンと鼻を鳴らした。

 ハーバーいたって冷静に話を続ける。

 オットマーはそんな感情の薄いハーバーの態度が気に入らなかったが、アンネリーゼに喜んでもらうためにとこれ以上ハーバーを責めるのをやめた。


「エルマーの店を担保に金を引っ張るのです」


「は?何を言っておるのだ。エルマーの店を手に入れようとしているのに、なんでそれを担保にするというのだ」


「全てを手に入れてしまえば、借りた金を返すことも簡単でしょう。金を貸した側も回収する見込みは十分にあるというものです」


「ほう」


 ハーバーが説明したのはLBO、レバレッジド・バイアウトと呼ばれる手法だ。

 買収先の資産を担保に金を借りて買収を行う手法である。

 エルマーの店なら貴族に人気なので、彼の腕を担保に金を貸してくれるところも出てくるという判断だ。

 駄目なら買収後に株券を担保に入れさせて、それを売り捌けば良い。

 ただ、全株式を取得する事になるから、エルマーの店は一旦上場廃止となる。

 なので、株を市場で売ることが出来なくなるので、他の上場株式と比べると売り捌くのに骨が折れるが。


「難しい事はわからんから、ハーバーお前に任せているのだ。エルマーの店を手に入れることができ、家の金に手を付けなくて済むのならその方法でやってくれ」


「承知いたしました」


 ハーバーはオットマーの許可を得たことで、翌日からLBOの資金を貸してくれる商人を探すことになった。

 そして、その商人は直ぐにみつかり、エルマーの店の公開買付に踏み切った。

 買い付け価格は1株5,000マルク。

 全部で50億マルクとなる価格であった。


 そして、それは当然マクシミリアンの耳にも入る。




 僕は学園の授業が終わるとヨーナスのところに来ていた。


「いらっしゃいませ、マクシミリアン様」


 ヨーナスがニコニコしながら僕を出迎える。


「なにか動きはあった?」


「はい。公開買付の宣言がありました」


「早かったねえ。今週から吊り上げに入ろうかと思っていたけど、先を越されたか。公開買付の宣言はオットマーだよね?」


 僕がそう訊ねると、ヨーナスは複雑そうな顔をした。


「まさか違った?」


「違っていたといえば違っていますが、違っていないといえば違っていません」


 ヨーナスの返事が要領を得ない。


「意味がわからないんだけど」


「オットマー様が一任勘定を任せたのがハーバーだったのです」


「ハーバーって、あの?」


「はい」


 僕はその懐かしい名前に驚きを隠せなかった。

 ハーバーは僕に負けて破産したはずだ。

 王都で再起を図るつもりだとは聞いていたが、見事にそれを成し遂げたということか。

 一任勘定とは顧客の資産を証券会社が自由に取引する契約で、一部は違法行為とされている。

 とまあ、それは日本の話であって、フィエルテ王国では違法ではない。

 そもそも貴族は面倒なことを避ける者も多いので、良きに計らえの一言で運用を丸投げする者がいる。

 そんな需要に応える必要もあって、合法となっているのだ。


「また、面倒なのが出て来たねえ。公開買付価格はいくらを提示してきたの?」


「一株5,000マルクですね」


 その価格にピクリと眉が動いたのが自分でもわかった。


「50億マルク用意したってことか。ヒンデンブルク侯爵家としては破格の値段だねえ」


 ヨーナスからの報告で、ヒンデンブルク家が動かせる金額は100億マルク程度だろうと聞いていた。

 しかし、それは不動産やら美術品などを売っぱらって用意出来る金額であり、直ぐに用意出来る現金はその半分にも満たないだろうという見立てだった。

 企業の内部留保や個人の資産でも、換金性の低い資産っていうものがある。

 現預金は直ぐに使える資産であり、次に国債や投資信託、上場株式などがある。

 市場で売却するための流動性があって、比較的換金しやすい資産だ。

 しかし、不動産や美術品などは換金には時間がかかる。

 相続したときに、相続税を払うのに苦労するのはこういったものが資産として評価されるからだ。

 今回もヒンデンブルク侯爵家の資産を見積もってもらったが、そういった換金性の低いものも入っていた。

 だから、50億マルクというのは少々驚きの買い付け価格なのだ。


「それがですね、ハーバーはエルマーの店を担保に金を借りてるんですよ。買収する店を担保にするなんて聞いたことがありませんよ」


「LBOか」


 僕の口にした単語を知らなかったのか、ヨーナスが説明を求めてきた。


「LBOってなんですか?」


「レバレッジド・バイアウトって言ってね、買収先の資産を担保に金を貸し借りする手法だよ。例えば僕が100億マルクの資産を持つ会社を所有していたとしようか。ヨーナスがそれを手に入れることが出来るとわかれば、100億マルクまではお金を貸しても貸し倒れになる心配は無いよね」


「おお、それならわかります」


 ヨーナスでも知らないような手法を出してくるとは、やはりハーバーは優秀な相場師だな。

 というか、よくそんなことを考えついたものだ。

 地球でもLBOは20世紀後半に登場した新しいファイナンスなのに、独自でそこに辿り着くのは本当にすごい。

 僕が予定していたシナリオは公開買付をさせることだったが、予定よりも早くしかも相手が自らそれを選択してきた。

 しかも、予想していた価格よりも高い値段で。

 やはり相場は想定外の事が起きるものだ。

 そう思ったら、自然と笑みがこぼれていた。

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