第19話 気付く

 清算日まであと5日となった。

 シェーレンベルク公爵領とヒルデブラント伯爵領から持ち込まれる大量の塩は、ローエンシュタイン辺境伯領で5万マルク付近で取引されていた。

 塩の値崩れを期待した三つの貴族領からは、多くの商人や貴族たちがローエンシュタイン辺境伯領都に押しかける事態となっていたのだ。

 しかし、期待したほどの値崩れが発生しないので、多くが肩透かしを食らったと感じていた。


 その値下がりしない取引価格に満足していたのが、ブリュンヒルデとハーバーだ。

 ブリュンヒルデは昼間は毎日ハーバー商会で塩の取引価格を確認している。


「もう100トンくらい捌いたのかしら。よく値崩れさせずに捌けたわね」


 ブリュンヒルデがハーバーのやり口に感心する。

 100トンの塩ともなれば、ローエンシュタイン辺境伯領で取引される塩のおよそ2ヶ月分に相当する。

 それに加えて、今までむりやり堰き止めていた分と、他領よりもまだ値が高い事に見をつけた商人の持ち分がローエンシュタイン辺境伯領になだれ込んできたので、実際に売りに出されたのはその倍くらいになっているだろう。


「他の商会経由で売り注文を出したり、時々は自分で買ったりしているので、手数料は嵩みますがねえ。それと、時々本尊はまだ諦めていないという噂を流して値を支えております」


 ハーバーはその手口をブリュンヒルデに明かした。

 ハーバーがひたすら売っていては、本尊の売り抜けと勘付かれてしまう。

 なので、他人名義で他の商会を経由して売り注文を出す。

 時には買い注文も出して、売り一色ではない雰囲気を作り出す。

 そして、自分の商会で大きく買ってはそのタイミングで、本尊がまだ諦めていないとの噂を流す。

 買いが集まればまたそれに売りをぶつけていく。

 これは借名取引と言って日本では勿論違法だ。

 ただし、昭和の時代には普通に行われていたし、平成になっても鉄道会社のオーナーがだったり、弁護士だったりが行ってニュースになっていた。

 弁護士は鉄砲事件という、金がないのに取引する犯罪まで起こしている。

 しかし、フィエルテ王国においては違法ではないので、ハーバーはなんの後ろめたさも持たずに行っていた。


 更に彼は先物取引も交えて、巧みな価格操作を行っていたのである。

 アービトラージ戦略をとる商人達もそれに騙され、塩の現物を買いに回ったりもしていた。


「気に入りませんわ」


 と、ブリュンヒルデは値動きを表示しているマジックアイテムを見て険しい表情になる。


「私のやり方は至ってまっとうですが」


 自分が批判されたと思ったハーバーが即座に反論した。

 しかし、ブリュンヒルデが言ったのはハーバーの事ではなかった。


「違います。この前ではタイミングが凄く悪かったのに、今はとても順調なのが気に入らないのです。なにかこう違和感のような物が」


 それはブリュンヒルデの投資家としての勘だった。

 直感的に今の取引に裏があると感じていたのである。


「それはブリュンヒルデ様が今まで出会った相場師が私よりも劣ったからではないでしょうか。毎日手口を確認しておりますが、どこも際立った取引などしておりませんよ。私の支えが無くなればもっと下がると知らぬ哀れな者達です」


「だといいけど……」


 ブリュンヒルデが小さくそう言ったところで、従業員が慌ててハーバーのもとに走ってきた。


「ブリュンヒルデ様失礼いたします。ハーバー様に急ぎお伝えすべきことがあります」


「構いません」


「何だ?」


 従業員は一度呼吸を整えた後、街に広まった噂をハーバーに伝えた。


「マクシミリアン様がヨーナス商会に持ち込んでいる瓶ですが、中身がからっぽだという噂です。荷馬車からおろすときに落として割れた時に、中に何も入ってなかったのを見たという話が出回っております」


「何だと!」


 ハーバーは大変驚いて大きな声をあげた。

 ブリュンヒルデも滅多に見せない驚きの表情を見せてしまう。


「ハーバー、直ぐにヨーナス商会に案内しなさい」


「かしこまりました」


 ハーバーとブリュンヒルデはブリュンヒルデの馬車で大急ぎで、マクシミリアンが塩を届けているヨーナス商会に向かった。

 こういうとき貴族の馬車は便利だ。

 特に公爵家の馬車ともなれば、街なかでどんな速度を出しても罰せられる事がない。

 幸い事故もなくヨーナス商会に馬車は到着した。

 二人は大急ぎで商会の中に入っていく。


「いらっしゃいませ。ハーバー様本日はどのようなご用件でしょうか」


 ヨーナス商会の従業員がハーバーに挨拶をする。

 ハーバーは


「ヨーナス殿はいらっしゃるか!」


 と大きな声で怒鳴った。

 従業員は困った顔で


「生憎と今マクシミリアン様がお見えになっておりまして、会頭はそちらの対応をしております。お待ちいただけますでしょうか」


 と答えた。

 それを聞いたブリュンヒルデは


「私はシェーレンベルク公爵の長女、ブリュンヒルデ・フォン・シェーレンベルクです。表の馬車の紋章を見ればわかるでしょう。直ぐにその場に案内しなさい」


 と従業員に命令した。

 ハーバーだけであったならば、貴族の息子であるマクシミリアンの取引に割り込めば罰せられたかもしれないが、ブリュンヒルデであればマクシミリアンよりも上の扱いとなるので、従業員も従うしかなかった。

 二人が案内されたのは商会の裏手にある、荷物の積み下ろしをする場所だった。

 そこにはいつもの荷馬車が停車しており、マクシミリアンとヨーナスがいた。

 彼らは従業員が積み下ろしをしているのを眺めている。


「中身を見分させてもらう!」


 ハーバーが大声で怒鳴り、ブリュンヒルデと共に荷馬車の方へと向かった。

 従業員が制止しようとしたが、ブリュンヒルデに


「公爵家の令嬢に触ろうというのですか!」


 と言われ、その場に固まった。

 その隙にハーバーが一番手前の瓶の中を見た。


「何も入っていないではないか!ヨーナス殿これはどういう事ですかな!!」


 ハーバーは空の瓶を持ってヨーナスへと詰め寄った。


「説明してもらいたいですわね」


 ブリュンヒルデもドラゴンすら殺しそうな鋭い視線でヨーナスとマクシミリアンを睨んだ。

 ヨーナスはそんな2人の視線をものともせずに、至って平然と答える。


「何も入っていないのは当然ですよ。マクシミリアン様が将来行商人になりたいというので、その練習のためにこうして毎日荷馬車で空の瓶を運んでもらっているのです。中に何か入れて事故でもあっては大変ですからね。もう少し経験をつんでいただいたら、中に商品をいれるつもりですよ」


 それをマクシミリアンも頷いて肯定する。

 そして口を開いた。


「ヨーナス、そろそろお願いしていた塩も集まったんじゃないかな?そろそろ本当の商品を運んでみたいんだけど」


「はい。ただいま他の商会経由で購入したものも集めておきますよ。ただし受渡日というものが有りまして、3日後にならないと商品は受け取れませんがね」


 ヨーナスは何も知らない貴族の子供に教えるようにそう答える。


「早くやりたいなー」


 とマクシミリアンは子供のような態度を見せたが、その表情はマクシミリアンとヨーナスに騙されたブリュンヒルデとハーバーを見下すものだった。

 そこでやっとブリュンヒルデは違和感の正体に気が付いた。

 ハーバーが値を下げないようにしていたのではなく、マクシミリアンが現物を拾い続けていたから下がらなかったのだ。

 そして、そのやり方はハーバーと同じで複数の商会を複数の名義で経由するから、手口にはヨーナス商会の異常な購入高として載ってこない。

 全て仕組まれて、マクシミリアンの手のひらの上で踊らされていたのだ。

 それに気が付いたが、表面上はまだ冷静を保っていた。


 だが、マクシミリアンの次の一言でブリュンヒルデは混乱した。


「そうだ、ヨーナス。現物もそろそろ売り切れるだろうから、期近の先物を買いで建てておいて」


「かしこまりました」


 ヨーナスがはきはきと答える。


「ちょっとあなた、何をおっしゃっているの。高騰する塩の価格を下げたかったのではなくて?」


 ブリュンヒルデは感情を隠すこともなく、慌ててマクシミリアンに質問を投げた。

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