第20話 マクシミリアンの罠

「ちょっとあなた、何をおっしゃっているの。高騰する塩の価格を下げたかったのではなくて?」


 ブリュンヒルデに訊かれたので、僕はその質問に答える。


「何でそんなことをする必要があるのですか?今後ローエンシュタイン家はシェーレンベルク公爵家から高い値段で塩を買うことになる可能性があるのだから、値上がりに賭けるのは当然じゃないですか。そこのハーバーなら知っていると思いますが、僕は残念な子供と言われていて、いつ家を追い出されるかわからない立場なんですよ。だから、こうやって毎日ヨーナスに鍛えてもらっているんじゃないか」


 ブリュンヒルデは視線でハーバーに確認をすると彼は首肯した。


「塩を産出する場所が見つかり、ヨーナス商会に持ち込んだというのは嘘でしたの?」


 ブリュンヒルデは視線を僕に戻して追及してきた。


「御自分で確かめてみたらいかがでしょうか?ただし、当家の管理している土地ですので、許可なく入ったとなればそれは侵略となりますよ」


 僕は更に煽ってやった。

 ブリュンヒルデの顔が真っ赤になっている。

 そして、それはハーバーにしても同じだった。

 たかだか13歳の子供にいいように手玉に取られたことで、彼のプライドはボロボロになっていた。


「早く帰って新しいポジションを作ったらいかがですか?どんどん値上がりしていきますよ」


 そう忠告すると、ハーバーはまだ何かを言いたそうなブリュンヒルデに戻る様説得して、ヨーナス商会から出ていった。

 後で知ることになるのだが、この時既に塩の価格は15万マルクを突破していた。

 ま、僕が現物の殆どを吸い上げてしまったのだから上値は当然軽くなる。

 売りたいと思っても、誰も塩を持っていないのだ。


 彼らが帰ったのを確認して、僕はヨーナスにお金を貸して欲しいとお願いする。

 担保は自分の身体だ。


「ヨーナス、僕にお金を貸して欲しい。担保は僕自身しか差し入れるものがないけど」


「どうしてですか?今だって相当稼いだでしょう」


「ここで確実にシェーレンベルク公爵の息の根を止める。稼いだお金は決済事故が多くて手元に直ぐには来ないしね」


 フィエルテ王国では金融取引が発達しており、決済事故については各商会が積み立てたお金で補填され、注文者は損しないようになっている。

 カウンターパーティーリスクというものがあり、リーマンショックの時に金融商品に値がつかなかったのも、相手がきちんと支払ができるのか誰もわからなくなったからなのだ。

 そういう時に活躍するのがクリアリング機構だ。

 決済の保証をしてくれるので安心して取引ができる。

 だが、フィエルテ王国にも同じような組織があるのだが、審査に時間がかかってすぐには支払われてこない。


「確かにマクシミリアン様の容姿と社会的なステータスであれば、変態貴族や大商人が買ってくれるでしょう。でも精々10億マルクまでですよ」


「それじゃ足りないよ。だからヨーナスだけには僕の魔法を見せてあげる」


 そう言ってすぐにいつもの黒コショウを作り出した。

 そして、それをヨーナスに手渡す。


「いつも持ち込んでいた黒コショウは魔法で作り出していたんだ」


「そんなことだろうと思っていました」


 ヨーナスは驚かなかった。

 最初から見当はついていたということか。


「黒コショウを作り出せるのなら回収するのは簡単そうですね。おいくら必要なんですか?」


 ヨーナスが訊いてきたので、希望額を伝えるとヨーナスは固まった。


「3000億マルクは欲しい」


「は?」


「公爵家との仕手戦だよ。お金が必要なんだ。クリアリング機構からお金が支払われたら倍にして返すから」


 お願いしてみたが、ヨーナスは渋い顔をする。


「計画を聞かせていただきましょうか。それで判断いたします」


「わかったよ」


 僕はヨーナスにこれからやろうとしていることを説明した。

 そして、ヨーナスは頭の中でそろばんを弾く。


「確かに、話に乗るだけの価値はありそうですね。いいでしょう。しかし、良かったんですか?」


「なにが?」


「マクシミリアン様の魔法の秘密ですよ。秘密にしておきたかったのでしょう」


「まあね。でも、その秘密を捨ててでもブリュンヒルデとハーバーは倒したい」


 マクシミリアン少年の努力が報われ、いや、それは建前だな。

 相手を倒したいっていうのが本音だ。


 ヨーナスから借金の約束を取り付けることができたので、あとは値動きを引けまで確認してから屋敷に帰った。

 もう、明日からは荷馬車を使うこともない。


 屋敷に帰るとゲルハルトが待っており、父のところに行くように言われた。


「父上、マクシミリアンです」


 部屋に入ると父は上機嫌なのがわかった。


「シェーレンベルクが抱えていた塩を吐き出させたようだな。あの小娘に大損させられそうか?」


「はい。全て順調です。公爵家が傾くくらいの損害を与えてやります」


「そうか。で、どうやって損害を与えてるのだ?」


 父はそう訊ねてきた。

 心配してくれているというより、儲かるなら自分も一枚かもうという感じだな。

 父が入ってくるとシナリオが崩れる可能性があるので、僕はその質問を躱す。


「それは父上にもお話できません。失敗したときはローエンシュタイン家には迷惑をかけず、全て自分が責任を負います」


「そうか」


 それ以上の追求はなく、僕は開放された。

 廊下に出るとアルノルトがいた。

 むこうもこちらに気付く。


「お前のせいでアンネリーゼをイジメていたブリュンヒルデの首を取る機会が無くなってしまったではないか」


 と、突っかかってきた。

 アンネリーゼというのはのろけ話で聞かされた、魔法学園時代の想い人だったな。

 第一王子と婚約していると聞いたが、なんでそんな女のために家を潰すリスクを負うつもりなのか理解できない。


「戦争を回避したのだから褒めてもらいたいのですが」


「塩しか作れない貴様は戦争では役に立たないからな。だからあんな姑息な手段を使ったのだろうが。家の管理地に塩が産出する場所があるわけ無いだろ。それに気づかぬブリュンヒルデはもっと間抜けだがな。お前らお似合いだ」


 もうよくわからないんだけど、折角だからこの状況を使わせてもらうか。


「ええそうですよ。その情報で最後にブリュンヒルデを嵌めるつもりです。兄上もご一緒にいかがですか?」


「なんでお前なんかと手を組まねばならんのだ。お前の策など成功する筈ない」


「そうですか、それは残念ですね。愛しのアンネリーゼ様に持っていく手土産がなくなりますよ。それに、大金も手に入るからどんな贈り物でも出来たのになあ」


「貴様!」


 アルノルトが大声を出した事で、父が気づいて部屋から出てきた。


「うるさいぞ」


 父にそう言われては、アルノルトも黙るしかなかった。

 しかし、アルノルトの表情から怒りは消えなかったので、いい感じに煽る事が出来たと思う。

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