第17話 公爵からの使者
清算日まで15日となった。
その日の寄り付きはパニック売りが殺到し、119,300マルクで寄付いた。
その値段でも買いが入ったのは、本尊ではないかという憶測から、前場はしばらくその価格帯で揉み合いとなる。
しかし、どうやらそれは本尊の買いではなかったらしく、次第に売りに押されて下がっていった。
こうなると今度は売り一色に変わる。
どんどん買いの板が食われていき、前引けでは取引価格は100,000マルクを下回り、99,700マルクで引けた。
この時マクシミリアンは荷馬車の御者台にいた。
今日は別に引け後に到着する必要もないので、昨日よりも早く動いているので、既に街の中へと辿り着いていた。
ヨーナス商会へはもう少しで到着する。
「今日はギャラリーが増えていますねえ」
ヨーナスはマクシミリアンの到着を待ちながら、自分の商会をうかがう視線を確認していた。
昨日街を駆け巡った噂の真相を確かめるため、多くの商会が従業員たちを監視のために送り込んできたのである。
その一部は客を装って店内にも入り込んでいた。
勿論大歓迎である。
彼らにもマクシミリアンが持ち込む塩を見せつければ、更に売りが膨らむであろうから。
そして、マクシミリアンからの買い取り価格は今日の市場取引価格の6がけ。
これなら誰も塩の産出する場所が見つかった事を疑わないだろう。
仕込みは上々、ヨーナスが心のなかでほくそ笑んだ時にマクシミリアンが到着した。
「ヨーナス、これが今日の分ね」
「承知いたしました、中身を確認させていただきます」
ヨーナスが瓶の中を確認し、それが終わると従業員たちに指示をして、瓶を店内に運び込ませた。
僕は周囲の視線が集まっているのを確認すると、笑いたくなるのをグッと堪えた。
これで益々噂は広まっていくことだろう。
積み荷の引き渡しが無事に終わり、僕は再び来た道を引き返していく。
御者台に座って前を眺めていると、前からゲルハルトがやってくるのが見えた。
「マクシミリアン様、旦那様がお呼びですので急いで屋敷にお戻りください」
「何かあったの?」
「はい。塩の取引で確認したいことがあるそうです」
僕はこの仕手戦を家族の誰にも相談しないで始めたので、父も戸惑っているのだろう。
ヨーナスが約束通り誰にも僕のポジションの事を話していなければ、家族からは塩の現物をヨーナス商会に卸しているだけにしか見えない。
そして、重要なのは僕はこの仕手戦で家族の力を借りるつもりはないという事だ。
関わる人間が多くなれば多くなるほど情報は漏洩する。
今のような仕込みの段階では特に自分だけで動いた方がいい。
なので、父に説明を求められると面倒だ。
いつかは訊かれるとは思っていたが、まさか翌日というスピードだとは思っていなかった。
優秀な領主であるという事を失念していたなあ。
「わかったよ、直ぐに行こう。御者のみんなはいつものところによろしくね。明日も同じ時間に待っているから」
御者たちに指示を出して、ゲルハルトと一緒に屋敷に戻ることになった。
屋敷に戻ると見慣れない豪華な馬車が玄関前に停車していた。
側面には家を表す紋章が描かれているが、生憎と僕はそういう事に疎いのでどこの貴族なのかはわからない。
「ゲルハルト、どこのお客さん?」
「私が出る時にはありませんでしたが、紋章からするとシェーレンベルク公爵家のものですね」
本尊が再び乗り込んで来たのか。
前回の使者が来てから間が空いていない事を考えると、使者の帰還を待たずに出発してきたのだろう。
それでも考える時間は与えてやったぞという事かな?
「いよいよ最後の交渉かな?」
「そうでしょうなあ」
馬車の中には貴族はおらず、既に屋敷の中に入っているようだった。
僕たちも馬車の脇を通って屋敷の中に入る。
するとそこにはマルガレータが待ち構えていた。
「マクシミリアン様、旦那様がお待ちです」
「え?来客中じゃないの?」
「それが、マクシミリアン様にも関係があるからということで、こうしてここでお帰りをお待ちしておりました」
こうして僕は父と客のいる応接に行く事になった。
ドアの前に到着すると声を掛ける。
「マクシミリアンです」
「入ってこい」
中から父の声が聞こえたので、ドアを開けて部屋の中に入った。
すると、そこには長男のアルノルトと同じくらいの年齢の綺麗な金髪の女性が座っていた。
「はじめまして。ローエンシュタイン家の三男、マクシミリアン・フォン・ローエンシュタインです」
そう挨拶をすると、彼女は立って挨拶してくれる。
「ブリュンヒルデ・フォン・シェーレンベルクですわ」
視線がアイスピックのような鋭さがあり、なんかとっても怖い。
まあ、敵地に乗り込んで降伏を迫るくらいだから当然か。
「マクシミリアン、こちらの御令嬢に我が領で塩が産出されるようになったと説明してやってくれ」
父からそう促される。
父も寝耳に水だったのだろうが、そこは勿論知っていますよという態度を示す。
交渉事だから当然だな。
特に貴族は顔色に出さないわけだし。
僕も父にあわせて、ローエンシュタイン家で共有している情報だと勘違いしてくれるように話していく。
「私が我が家で管理している土地で魔法の訓練をしているときに、たまたま足を踏み入れた場所が、あたり一面真っ白でした。何かと思って指先に少しだけとり、舐めてみたところ塩だったのです。そして、それを街の商会に持ち込んで確認してもらい、間違いなく塩であると認定されました」
ブリュンヒルデは静かに僕の話を聞いていた。
そして、聞き終わると質問をしてくる。
「私もその場所に案内していただくことは可能でしょうか?」
「塩は戦略物資となりますので、当家の者以外にお見せする事はできません」
と僕が返事をすると、父も頷いた。
彼女もそのお願いが通ると思っていなかったようなので、それ以上食い下がってくる事はなかった。
「そういうわけで、今回ご提案いただきました塩の提供のお話はお断りいたします」
父がそういうと、ブリュンヒルデはすました表情で頷いた。
「そうだ、シェーレンベルク公爵領には沢山の塩があるとうかがいました。早めに処分されるのがよろしいのではないでしょうか」
僕はわざとニヤリと笑って挑発してみたが、彼女はそれでも表情を変えなかった。
出されたお茶を飲むと、数日この街に滞在すると言って帰っていった。
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