第16話 発見された塩湖の噂

 清算日まで16日となった。

 予定通り御者たちは昨日荷馬車を置いた場所に来てくれていた。

 荷馬車が盗まれていないのは、この土地がローエンシュタイン家の管理地だからである。

 荷馬車があるなどとは思わないだろうから、命懸けで何もないところに忍び込む者はいなかったのだ。


 今回の策で重要なのは大引け後に大量の塩が持ち込まれるという事実である。

 なぜならば、投資家はその情報が入った時にはポジションを変更できないから、翌日の寄付きで大慌てとなるのだ。

 そして、昨日ここまでくる時間は計測済みである。

 今日はヨーナスの事務所には取引時間中に顔を出せないが、昨日のうちに注文は既に出してあるので安心だ。

 後はこの荷馬車が無事にヨーナス商会に到着すればいい。


 流石に自分の家の管理地と街中では盗賊に遭遇する事もなく、予定どおりヨーナス商会に到着した。

 そして、そこで声高らかに宣言する。


「我が家の領地で塩を産出する場所が見つかった。こちらに持ってきたので引き取って欲しい」


 ヨーナスから何も聞かされていない従業員たちはどよめく。

 彼らも商会に身を置く立場なので、それが塩の価格が暴落することを意味するのを理解したのだ。

 そして、そこにヨーナスが登場する。


「それが本当なら買い取らせていただきましょう」


「じゃあ、ここにあるものを存分に調べてくれ。嘘偽りなどないぞ」


「いえいえ、疑うわけではございませんよ」


 二人のやり取りを従業員たちとヨーナス商会に来ていた客に見せつける。

 そして、ヨーナスが瓶の中身を確認すると、そこには間違いなく塩が入っていた。

 勿論、僕が昨日のうちにアイテムボックスから出して、瓶に入れておいたので本物である。


「確かに本物でございます」


「だろう。いくらで買い取ってくれるのかな?」


「はい。本日の終値が256,600マルクですが、塩を産出する場所が見つかったとなると値崩れが予想されますので、6がけとさせていただけますでしょうか」


 そこで一度考えるふりをした。

 そう、演技だ。

 なにせその終値で先物を売っているので、現物価格が下がれば下がるほどいい。


「わかった。その代わり毎日持ってくるから、全部買い取ってくれ」


「時価との相談になりますが、承知いたしました」


 そして僕は商会をあとにしてもう一度荷馬車を停めていた場所に戻る。

 その時に御者たちにはここに荷馬車を置いていることを決して口外しないように念を押しておいた。

 通常貴族の指示を破れば斬首なので、彼らが喋るとは無いだろう。

 黙っていてもらう代わりに、それぞれに10万マルク金貨を手渡した。


「清算日まで秘密が漏れなければその金貨はあなた達のものだ。秘密が漏れたらその金貨と命を失うことになるよ」


「誰にも喋りませんよ」


 3人がそう約束してくれた。



 マクシミリアンたちが荷馬車で去ったあと、ヨーナス商会からは客が消えていた。

 勿論、彼らは塩の価格が暴落する情報を掴んだので、他人よりも早く売り抜けるためである。

 金融商品取引所は営業時間外となっているが、自分の店や他人の商会への持ち込みといった売買は閉店まで可能だ。


 そして、そうやっていち早く情報を察知した者たちの売りが膨らむと、他の者たちも怪しい、何かあったのではないかと気付く。

 そういうところに噂好きがやってきて、ローエンシュタイン家の三男が、ヨーナス商会に塩湖で採れた塩を持ち込んだと話していくのであった。

 勿論、マクシミリアンは塩湖などとは言っていないが、それは伝言ゲームのように間違った情報がどんどんと伝播していくのであった。


 そしてその日、領都の店が全部閉まったときには、塩の取引価格は120,000マルクまで下がっていた。

 これだけ見るとヨーナスも損をしているのだが、彼はマクシミリアンからの情報で引け前に先物の買い玉を決済して、ドテン売りをしていた。

 また、現物についても市場で売り抜けていたのである。

 その時間帯はまだ買い一色であったので、売り抜けるのは容易であった。

 それに、マクシミリアンの売り玉だって5000枚も建てるなんて、普通だったらありえない。

 なにせ毎月の建玉が500枚くらいだったのだから、そんな注文を出したところで約定する板が無かったのである。


 こうしてマクシミリアンが本尊となる仕手戦は始まったのである。

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