第31話:遠足

「では、出発いたしましょうか」


 遠足の引率は当然のようにセバスチャンがしてくれた。

 確かに俺は小学校時代に遠足に行った事がない。

 遠足に行くのなら、弁当が必要になるのだが、母が作るわけがない。

 あの母が、コンビニやスーパーで弁当を買う金を俺に与える訳もない。

 さすがに遠足で弁当なしは目立ち過ぎるから、当然遠足は休まされた。

 給食すら食べられない日が増えるから、遠足は大嫌いだった。


「「「「「はい」」」」」


 孤児たちがとてもうれしそうに返事をする。

 毎日大魔境に狩りに行っているのだが、遠足とは別物なのだろうか。

 全員がとても楽しそうに手をつないで歩いている。

 その両側をそれぞれの従魔がパートナーを護るように歩いている。

 孤児と従魔の組み合わせによっては、従魔に乗って行く事もできる。

 だが今回は近くの農村に行くという事なので、歩いていく事になった。


「皆さん、手を組んだ人が勝手にどこかに行かないように気をつけてください。

 それと、前後の組の人がいなくなったら直ぐに報告してください。

 安全な大公殿下のご領地ではありますが、王家が狙っている事を忘れないように」


 セバスチャンの警戒は当然の事だろう。

 あれ以来何も言ってこないが、王家が何時何を仕掛けてくるか分からない。

 セバスチャンが事前に調べていた事を教えてもらったが、正直驚いた。

 あのベンソン将軍と言う奴を見て、王ではなく将軍が黒幕なのかと思ったのだが、そうではなく、王が将軍に操られていると見せかけているだけだと言う。

 そうだとしたら、王はとんでもない曲者と言う事になる。


「「「「「はい」」」」」


 俺たちはいつもとは反対方向、大魔境とは反対の方向に歩いていった。

 従魔たちは運動不足でストレスが溜まるだろうが、一日だけは我慢してもらう。

 そうは言っても全く運動させない訳にはいかないし、パートナーとの絆を確認させるために餌付け、一緒に働いて食事を与える事は必要だ。

 体格的に可能な組み合わせには、騎乗訓練をやらせてみるか。

 将来の事を考えて、ウルフライダーやドッグライダーを育成しておくべきだろう。


「小休止にします、今のうちにトイレをすましておきなさい。

 ですが必ず二人組、従魔と人間のパートナーと一緒に行動しなさい。

 前後の組の者は、必ず自分の前後の組が戻ってきた事を確認しなさい。

 戻って来なかったら、直ぐに私かイーライ様に報告する事、いいですね」


 迷子の問題はとても大切なようだ。

 遠足に参加した事のない俺には、実際の遠足でどんな風に気をつけていたか分からないが、今セバスチャンが口にしたような事を言われるのだろう。

 しかし、これの何が楽しいのだろうか、分からない。

 俺が愉しめて領民のためになると事を考えてくれと言ったが、今のところ全く愉しくないし、領民のためにもなっていないと思うのだが。


「「「「「はい」」」」」


 だが、孤児たちは本当に楽しそうだな。

 二人組だけでなく、前後の組とも一緒になってトイレに行っている。

 ただ一緒にトイレに行くだけなのに、とても楽しそうだ。

 一緒にトイレに行くのが楽しいなんて、まったく理解できない。

 他の人間には楽しくても、俺には楽しくない事があるのかもしれない。

 だとすると、俺は普通の人間とは違うのかもしれないな。


★★★★★★


「はい、今からお昼休憩に入ります。

 トイレを済ませたら、食事をしてもらいますから、準備をしてください。

 とは言っても、今回はお弁当ですませます。

 次回は野営で食事を作ってもらいますから、普段の食事当番を真剣にやるように。

 では、最初に決めた班に分かれて食事を取ってください。

 イーライ様も今日は子供たちと一緒にお弁当を食べてもらいます」

 

 やれ、やれ、今日は孤児たちと同じお弁当か。

 この世界には生まれ変わってからは、随分と贅沢な食事ができるようになったから、前世よりも舌も贅沢になっている。

 まあ、公爵家の食事も、前世の学校給食のようにバラエティーに満ちてはいない。

 調味料に限りがあるし、テーブルマナーもうるさい。

 だがそれでも、孤児院で用意できる食材とは比べものにならない。


「「「「「イーライ様、今日は一緒に食事ができて光栄でございます」」」」」


 孤児たちが満面の笑みを浮かべて話しかけてくれる。

 特にベラは零れ落ちそうなくらいの笑顔を浮かべてくれている。

 全員が俺と食事ができる事を喜んでくれている。

 前世では、あいつ以外はこんな表情をしてくれなかった。

 今生でもテーブルマナーが厳しくて、一家団欒とは言い難い食事だから、こんな状況で食べるのは初めてだ。


「ねえ、イーライ様、イーライ様のお好きな料理はなんですか」


 テーブルマナーに反した不作法なやり方で孤児たちが話しかけてくる。

 ベラだけはテーブルマナーを習っているので話しかけるタイミングを選んでいる。

 だが俺には、不作法な孤児たちの方が居心地がいい。

 口に入れた料理をこちらに飛ばされるのは嫌なのだが、この世界のテーブルマナーは制限が厳し過ぎて、食べた気にならない。


 干肉と野菜の酢漬けを堅パンにはさんだだけの昼食なのに、公爵家時代に他家の貴族を招いた贅沢な料理より美味しいと感じるのは、何故なんだ。

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