第9話 草原での戦闘

「なんにもないね。木と草ばかり見えるわ」


 目前に広がる草原を見渡して嘆くありす。

 一日半もの間森を歩いてやっと抜け、ようやく見えたのがこの景色では、それも致し方ない。人影どころか獣の姿すらないため、この世界には植物しかないのかと疑ってさえいる。


 この世界の人に合わせて神が用意したという服は、淡い色に染められた貫頭衣に、ベルトと袖が広がった上着を合わせたような簡単なもので、これが平民の服なら文明レベルはそれほど高くないのではという懸念がある。

 もしかして人類はそれほど多くないのではとも。


 探索の範囲を広げながら彼らは、ひたすら続く草原を湖に向かって歩いて行った。 

 

「この先に、僕たちを襲ってくるものがいるみたいだ」


 立ち止まり、警戒する。

 夕彦の探索結果が見えるマップには、はっきりと赤く光る点滅がいくつも表示されている。

 ステータスもマップも意識して人に見せたいと思えば切り替えることができるようで、彼らはお互いのステータスを確認することができていた。


「できれば、魔物を倒したらキラキラ光ってアイテムを落としてくれることを願う」


 ゲームならそうなるだろうが、ここは異世界という現実のはず。圭人の希望が叶えられる可能性は限りなく低い。


「レベル上げに意味があるならやるけど、そうじゃないなら戦闘は避けたいわね」


 草原の、見た目よりも茂って歩きにくい湿り気のある地面を踏みながら光里はあたりを見渡す。

 こんなところで襲われて、自分たちは咄嗟に反応などできるのだろうか。

 今のところ回復が使えるのは光里だけ。

 賢者である夕彦は、レベルが上がったら使えるのだろうか。

 街で落ち着いたら、ありすに持ち運びできるポーションを多めに作っておいてもらったほうがよさそうだ。

 

「結構好戦的なようですね。風魔法・ウインドアロー」


グギャァーーーーー!


 夕彦の放った魔法が、周囲の草とともにネズミのような魔物の首を切り裂いた。

 四人の目には遠くでネズミがいきなり倒れたようにしか見えなかった。

 醜い叫びとともに、どさっと崩れ落ちる音。

体長八十センチほどの巨大なネズミは大きな前歯と長い尻尾、赤銅色の体毛が特徴だった。


「戦うしかなさそうだな」


 気がつけば同じ魔物が彼らを囲っていた。

 ざっと二十匹はいるだろうか、鋭い瞳は四人を獲物として捉えているようだ。


 純粋すぎる殺意。


 初めての感覚に、ありすは一瞬怯える。

 だが、今はそんな弱いことは思ってはいけない。

 それは自分たちを更なる危険に陥らせるものだ。

 圭人はロングソードを構えて、ありすと光里を守るように魔物と対峙する。


 横に薙いだ刃が、魔物の胴体を二つに分ける。

 初めてリアルで見る血飛沫。

 手に感じる肉を切り裂く鈍い感覚に嫌悪する時間もなく、ただ襲いかかってくる魔物を倒す。臭いが、風に乗って身に纏わりつく。


 ひどく、不快だった。


「光里ちゃん、私たちも戦おう」

「ええ。圭人、守らなくていいわ」


 二人もストレージから剣を出し、構える。

 戦った経験などないが、命を守るために決意する。

 見様見真似で振るった剣で、魔物の命を奪った。

 やらなければやられる。


 平凡な高校生だった彼らはその日、異世界で闘う者になった。

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