佐伯の病室2

 自分でなかなか体力気力ともに弱ってきたのが分かる。

 2020年5月

 まだ死ぬまでに一年ある。けれどまた6月7日のタイミングで2018年に行くかもしれない。とにかく2020年に残された時間はあと1か月......。


「こんにちは」

今日も可愛い笑顔を振りまく陽菜乃さんはやって来る。

何やら大きなカバンをごそごそと探る彼女は本を数冊出した。

「なるべく明るい本を選びました。ハッピーエンドのっ」


そうだ僕が頼んだ。スマホで小説を読むと疲れるから紙の本が欲しいと。チョイスは陽菜乃さんに任せたんだけど、登場人物が誰も死なない『悲しくならない本』って。


「陽菜乃さん、お願いがあります。」


「なんですか?」


「僕は永くはありません。」


 ここに入院しているという事は言わなくても分かっているはず。でも彼女は涙を流した。こぼれる涙をキュッとふき取り笑顔に戻った彼女はまた声を弾ませた。


「なんですか。何でも言ってください。佐伯さんのお願いならなんだって聞きますよ〜。」


「陽菜乃さんが一生を共にしたい人と居てください。陽菜乃さんの人生ハッピーエンドにしてください。」


「え?」


「サファイアリングの人」


「かずちゃん......いえ、もう彼にはさよならしました。彼にまた会ったら、駄目なんです」


「どうして?」


「彼の未来は奪いたくないから」


「......僕には未来はありません。だからせめて、僕の希望の未来を生きてもらえませんか?」


「......」

 陽菜乃さんは俯きしばらく何かを考えている。


 きっと色々考えてかずちゃんさんと別れたんだろうけど、そんなの間違ってるよ。


 かずちゃんさんの話ばかりする君を見て、君に恋して、死に際に君の幸せを願った僕は、過去に戻ってかずちゃんさんを見つけたんだ。


 こんなお願いではなく、本当はね.....残り一年君と過ごした愛しい時間をもう一度過ごしたい。病室で毎日君と手をつないでどうでもいい話をした。笑顔を絶やさずおしゃべりが尽きない君に見とれた日々。

こっそり焼いてきたクッキーを僕の手に握らせて笑ってたね。

でも僕には君を幸せにすることは出来ない。


 きっと君は誰とも、もう恋も結婚もする気がないんだろう。だから僕みたいなのと、結婚までしてくれた。僕の死ぬ前に。

そんな風に生きてほしくなんかない。


君には幸せになる資格があるよ。魅力があるよ。


「どうしたの?どうして佐伯さんが泣いてるの?」


「僕は陽菜乃さんに恋をしました。だから、かずちゃんさんに会いに行ってください。

彼は今も君を探してますよ。または悲しんでいるかも。

次お見舞いに来るときは、彼と来てください。じゃないと面会拒否します。」


 陽菜乃さんは、こくりと頷き病室を出る。

扉の前で一度振り返り、ニコッとして手を振った。

やっぱり可愛い笑顔だった。


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