佐伯の病室
僕は力尽きて搬送された。まただ.....またやって来たこの病室。僕の最期の場所。何もない白い空間をただ眺めて過ごす毎日、こんな毎日は定期的に僕の人生にはつきものだった。
僕は白血病と生まれつきの心臓病も患っていた。なんとか生き長らえてきたが、ついにどうしようもなかったらしい。
こんな最期を迎えるだけの僕に突然現れた陽菜乃さんは、希望も喜びも何にもないただ平凡な僕の人生を振り返るだけの白い紙に突如描かれたひまわりのようだった。
今日、病棟から外来診察に行く時に陽菜乃さんはやって来る。
話したい.....また陽菜乃さんの笑顔を見たい。
人間は欲を捨てきれないもんだなあ。死んだ人間ですらこうだ。
それにしても、かずちゃんさんは何してるんだ。一度くらいお見舞いに来てくれたっていいのに。
彼は自分を薄情だとか、情けないとかばかり言っていたが、僕にはとても優しい人にみえた。
だから、陽菜乃さんには彼との未来を歩んでほしい。きっと彼は陽菜乃さんを今度こそ幸せにする。
☆
僕は外来診察室の前に座っていた。
名前を呼ばれ立ち上がるが、よろめく。
近くにいた陽菜乃さんがしっかりと僕の脇を支えた。
「大丈夫ですかっ?」
大きな目、ただ驚いて僕を見つめるその澄んだ瞳に、僕は最期の恋をした。
「はい。ありがとうございます。」
「診察室まで一緒に行きますよ」
「あ、ありがとうございます」
診察が終わり、出るとそこにはまだ陽菜乃さんがいる。
「終わりましたか?入院されてるんですか?ここに?上に?」
こんな痩せて見るからに病気であろう僕に次から次に質問を飛ばしてくる陽菜乃さんが面白かったんだ。元気で明るくて。
それに、とびっきり可愛い笑顔なんだ。
陽菜乃さんはわざわざ何も用事などないのに僕の病室へお見舞いに来る。
かずちゃんさん何してるんだ.....。
今ここに居るよ。あなたが探している陽菜乃さんが精一杯の笑顔で僕を笑わしてくれる彼女が。
「その指輪、綺麗ですね」
「これは......私の大切な人が作ってくれたんです」
「青い石」
「はい。サファイアかな。陽菜はブルーが似合うって」
「彼ですか?」
「彼.....でした。かずちゃんっていうんです。」
「別れた彼の指輪を?」
「はい。大好きだったから」
「どんな人だったんですか?彼」
「無邪気で、素直で。付き合って何年たっても、私をまるで子供みたいに可愛がってくれて。料理すれば美味しー美味しーって何杯もお代わりして。海でも美術館でも私の行きたいところによく行ってくれました。
でも、毎回なにかトラブルがあるんですよっ。海ではまだ寒かったのに、走ってダイブしちゃってパンツまでずぶ濡れになるし。
美術館では、静かにって言っても『あ!これなら見たことある!』って騒いだり、絵画に触れようとしたり。」
陽菜乃さんは止まらない、かずちゃんさんの思い出を語ると。
僕まで楽しくなる。かずちゃんさんが、そういう人だって分かる気がするから。
「どうして、大好きな彼なのに別れちゃったんですか?」
さっきまでの元気な表情を、哀しい顔が打ち消した。
「かずちゃんには幸せな家庭を持ってほしいから。お父さんになって欲しいから。」
その先は知ってる。もう二回目だから。僕に最後に出来ること、それは精一杯陽菜乃さんを説得することだ。
この儚げな表情を浮かべる彼女を見て決心した。
そうしたら、きっと僕は安らかに旅立てる気がするんだ。
待っててよ。かずちゃんさん
僕はきっとあなたに陽菜乃さんを託すから。
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