第31話 地下書庫-2 ②
翌朝。早く起きた4人は、教室で身を寄せ合っていた。
「これが夕べ書き写したものよ」
ウルラがスケッチブックを取り出す。
本当はあの後ロビーに集合して打ち合わせをする予定であったが、疲れがどっと押し寄せ、3人とも見事に寝落ちしてしまったのである。
「魔力……継承……?」
そこに書いてある小難しい言葉に、ルキオラの眉間にしわが寄る。
「どういう意味なの?」
首を傾げたアルデアに、ウルラは人差し指を立てる。
「簡単に言うと、自分の魔力を人に分けてあげることよ」
「そんなこと出来るのか? 聞いたことないぞ」
「地下書庫に隠されてるくらいだもの。きっとすごく難しい魔法なんじゃないかしら」
「それ、どうやってやるの?」
「まず、満月の夜に――」
言いかけた時、教室の扉が開く。ウルラはスケッチブックをさっと机の中にしまった。
入ってきたのは、ミルヴァスだ。
「おはよう。3人揃って随分早いな」
いつも通りの声音なのに、少しだけ疑われているような気持になるのは、後ろめたいことがあるからだろうか。肩をすくめたアルデアは「おはようございます」と小さな声で挨拶をした。
ウルラとルキオラも同じように感じていたのだろう。
「たまたま……みんな早起きしてて……」
「……うす」
2人とも、やけに歯切れが悪い。
ミルヴァスは3人をじっと観察するように見つめると、ウルラの机に腰かけているステラに視線を移した。
「ステラ、また服を変えたのか?」
立ち上がったステラは、ミルヴァスに向かって小さなノートを広げる。
『アルデア の オーダーメイド にあう』
どうやら事前に書いていたらしい。相変わらず『?』マークが謎の記号と化しているが、彼女は気にするそぶりもなくカーテシーをしてみせる。
ミルヴァスは特に何も言わずその一連を見ていたが、感想を求められていることに気付いたのか一つ咳払いをした。
「……服のことは、よく分からない」
その一言に、ステラはガーンと頭を抱える。
ミルヴァスは教卓にテキストの束を置くと、3人に向かって話し出した。
「授業に入る前に話がある。昨日中庭に――」
教室内の空気が、張り詰めた気がした。
「……どうかしたのか?」
紫金の瞳が、3人を捕えている――気がした。
「い、いや。何でも……」
アルデアがどもりながら言うのを「そうか」と聞き流したミルヴァスは、続けて話し出す。
「昨日中庭にあるダストシュートの中に、何かが入り込んでいたらしい」
「ダストシュート?」と思わず口をつきそうになって、ぐっと飲み込む。
(そっか、そういうことになってるんだ……)
「野生動物だった場合危険なので、しばらく中庭には近付かないようにと補佐官から通達があった」
テキストを開くと見せかけて裏返した彼は、「それと」と続ける。
「全員一度使い魔を出してくれ」
ぎくり、と音が聞こえるような心持ちだった。アルデアは髪の毛の中に潜んでいるピコットを手のひらに誘導し、机の上にそっと下ろす。
隣にいるルキオラは、ジャケットの中からエペを掴み出す。どうやら眠りこけていたらしい。目をこすったエペは、ルキオラに向かって歯茎をむき出しにし、不満げな表情を浮かべる。
「この中で、固有能力が開花した子はいるか? もしいるなら、今報告して欲しい」
体の中に、暑いのか寒いのかよく分からない熱が駆け巡る。黙り込んだ3人を見たミルヴァスは教卓を離れ、ルキオラの机の前に立った。
「ルキオラ、エペはどうだ?」
「いや……こいつは……まだで……」
しどろもどろのルキオラに「そうか」と言葉を返した彼は、今度はアルデアの前に立つ。
「ピコットはどうだ?」
「ピ、ピコットも……まだ……」
次は、ウルラだ――。
「では、ウルラ、いや、ステラ。君はどうなんだ?」
問いかけられたステラは、意気揚々とノートに文字を紡ぐ。
『ステラ とうめい なれる』
「え!? ステラ!?」
ウルラの驚愕の声が響き、アルデア――と、どうやらルキオラも――は心臓が握りつぶされる勢いでステラを見た。
(言っちゃうの!? )
「いつからだ?」
3人の動揺を知ってか知らずか、ミルヴァスは淡々とした口調で問う。
『ちょとまえ から』
「ウルラは把握していなかったのか?」
「あ、あの……」
決して怒ったり、責めたりしているような口調ではなかった。しかし、とにかく後ろめたい事情のある3人にとってその言葉はもはや詰問同然である。
『ひみつ してた サプライズ』
跳ねるような陽気な文字を紡いだステラは、おどけたポーズのまま透明化してみせる。ミルヴァスは宙に浮いたワンピースを何も言わずに見つめていた。
(ステラ……お願いだからやめて……)
もはやアルデアの内心は祈りである。ルキオラにいたっては怒って威嚇するエペの腹に顔をうずめてしまっている。
「なるほど……。その力を君は日頃から使っているのか?」
静かなる阿鼻叫喚の空間に、ミルヴァスの声だけが降ってくる。透明化を解いたステラは、書くところがなくなったノートを傍らに置き、ウルラのノートに文字を書き始める。
『ミコ びくりさせる のに つかいたかた でも しっぱい』
『ほんだな かくれてたら うしろから おさかな』
そこまで書いた時、ミルヴァスの人差し指が鉛筆の動きを止めるように紙面に落ちた。
「分かった。もういい。君の固有能力については記録させてもらう」
教卓に戻った彼は、いつも通りテキストを開く。
「授業を、始める」
――――
終業の鐘が響く。チョークを置いたミルヴァスは、手袋についた粉をパンパンと叩き落とす。
「午前の授業はこれで終わりだ。各自昼食を摂って来るように」
終業の挨拶をし、彼の足音が遠ざかっていくのを確認したアルデアとルキオラは、「ステラぁぁぁぁぁぁ!」と声を漏らす。
「何であそこで言っちゃうの! バレちゃうよ!」
「もーダメだ! オレたち終わりだよ!」
絶望的な表情を浮かべる2人の横で、ウルラは少し怒ったような声で言う。
「もう、危ないことして。今度こそ裏切られたと思ったわ……」
頭をかくような仕草をするステラ。ルキオラと顔を見合わせたアルデアは、カラカラになった喉で言葉を絞り出す。
「……どういうこと?」
ステラは紙面にゆっくりと文字を書きだした。
『むじゃきな こども アピール よ』
「ミコを驚かせるために隠れてたら、うっかり結界に気付きかけちゃった。ってことにしたのよね?」
『そう ほんだな の おさかな におわせたら ミル なにも いえない』
2人のやり取りを聞いていたアルデアは、何とも言えない寒気のようなものを感じていた。
「そ、そこまで……考えてたんだ……」
ルキオラも同じだったらしい。ぶるりと背を震わせた彼は、ステラに訝しげな視線を向ける。
「オレ……お前のことたまにガチで怖くなる……」
ステラは2人に『こわくないよ いいこ いいこ』とやたらと丸っこい文字で書いて見せたが、2人からの引き気味の評価が覆ることはなかった。
「それより、ミルヴァス教官はきっとわたしたちのやったことにうっすら気付いてるわよね。さっきの感じからして……」
ウルラが真剣な顔で口元を押さえる。
「だな。明らかにカマかけに来てたもんな」
「うん……ドキドキした」
ミルヴァスの射るような視線がアルデアの頭に蘇り、背筋が冷える思いがした。もっとも、彼にそのような意図があったかどうかすら、実際は読めないわけだが――
「もし、全部バレたとして……。教育部長とか、セネシア補佐官にまで知られたりしたら……どうなるんだろうな」
ルキオラがぼそりと呟く。
「怒られる……よね」
「それで済めばいいけど……。調査部なんか出てきたりしたらもう最悪よ……」
調査部――アルデアにはまだ馴染みのない言葉だった。青ざめた顔で下を向くウルラの隣で、ルキオラは体を抱くように腕組みをした。
「独房に入れられたり、すんのかな……」
「そ、そんなに……?」
声が裏返る。2人の様子が、あまりにもただごとでないことを物語っていたから――
沈黙が降りた教室に、鉛筆の走る音が響く。
『かんがえても しかたない』
『やれること やるだけ』
ノートの片隅に、いつもの文字が並ぶ。
「う、うん……そうだね」
顔を上げたアルデアは、2人に向かって明るい声を投げかける。
「まだ始まったばっかりだよ。とりあえずできるところまでやってみよ!」
彼女の言葉に視線を交わした2人の間に、ふぅっと呆れたような笑いがこぼれる。
「お前は……ほんっとノーテンキだよな」
「でも、アルデアらしい」
『あさの つづき しよ』
ステラが再び文字を紡ぐ。机の中にしまい込んでいたスケッチブックを取り出したウルラは、あるページを開いて3人に見せる。
「これが、昨日書庫で見つけた魔法よ」
紙面に走る『魔力継承の儀』の文字。ウルラは、その内容についてとうとうと語りだした。
登場キャラクター達による
ゆる~いボイスドラマ風スピンオフ短編集
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