第30話 地下書庫-1 ②
三日後の夜。こっそり寄宿舎を抜け出したアルデアとルキオラは、魔法学校に来ていた。
「マジで来ちまったよ……こんな夜に忍び込んだなんて教官達にバレたら、オレたちどうなんだろうな……」
光石式の小型携行灯を持ったルキオラが、ガシガシと頭をかく。
「やめてよぉ。不安になってくる……」
対するは、アルデア。ルキオラの腕にギュッとしがみついた彼女は、暗がりから何かが出てきやしないかとあたりをキョロキョロ見渡す。
「歩きづらいんだよ。離れろ」
「無理。怖いんだもん」
「ほんっと、しょうがねえなぁ……」
曇っているのだろう。月明かりも差さない寒い夜だ。
小さな携行灯の明かりだけが、二人の足元を照らす。しばらく歩いているうちに、カタ……と音がして、アルデアはびくりと身を震わせた。
「……ステラか?」
ルキオラの声に応えるように、カタ、カタ、と小さな音が響く。打ち合わせ通りだ。
「よかった。裏口の鍵、ありがとうね」
アルデアは少しだけほっとして言う。
授業が終わった後、三人はミルヴァスに挨拶をして教室を出た。そのあと、トイレに寄るふりをしたアルデアが裸のステラを個室の中に隠し、校内に人がいなくなる夜まで隠れていてもらったのだ。
ルキオラがタルシアから小さなノートと鉛筆を取り出し、「ほらよ」と差し出す。すると、ノートはふわりと宙に浮きあがる。ちょうどステラの胸のあたりの高さだ。
「んで、ここでいいのか? お前が言ってたのって」
「うん。確かにここだった」
――――
作戦会議をした三日前の教室。
ウルラは間取り図を見ながら、ひとりごとのように呟いた。
「結界が張ってある以上、扉から忍び込むのは無理ね」
ルキオラが指先で鉛筆をくるくると回す。
「じゃあどうすんだ?」
「排気口がどこかにあるはずよ。地下は湿気が多いから、定期的に空気の入れ替えをしないと中のものがカビちゃうから……」
「なるほど! 排気口ならステラが入り込めるってことだね!」
ぽんと手を打ったアルデアに頷いたウルラは、「ああでも……」と口元に手をやった。
「間取り図には、排気口の位置までは書いてなかったわ」
「地下書庫ってことは、地下にあんだろ? 建物じゃなくて地面に作ってあんじゃねえの?」
「確かに!」
ルキオラの言葉にハッとし、ウルラは間取り図に鉛筆を走らせる。
「きっと、本棚の扉の中は階段になってるのよね。階段がこの向きだとして、こっち側に部屋が広がってるとしたら……」
どんどん書き込まれていく想像の地下空間。その一角はやがて――
「あれ? ここって中庭だよね?」
アルデアが声を上げた。そこは、医療部と学校の境にある中庭だった。彼女の脳裏に、たくさん植えられていたコスモスやコキアが思い出される。
「中庭……排気口……ああっ!」
記憶をたどるうちに、ピンとくるものがあった。
「思い出した。多分、多分だけど、ここじゃないかな!」
彼女が指さしたのは、中庭のちょうど真ん中のところだ。
「何で分かるんだよ?」
「この間、箒作るのにコキアをもらいに行ったの。コチレドさんのところに。その時、中庭の片付けを手伝うように言われて……」
――――
冷たい夜風が、アルデアの髪を弄ぶ。
「枯れたコスモスを片付けてる時、ここに格子がはまってるのが見えて、何だろうって思ったんだ」
ルキオラは格子のはまった四角い穴を携行灯で照らす。
「用水路だったら、水の流れる音がするはずだし、格子の隙間から下が見えるようになってると思うんだよね。でも、ここは格子があるだけで、中がどうなってるか全然見えなくて……」
「格子の下に布みたいなのが噛ませてあるな。これ外せば……ああでも、オレが触ったらバレるか?」
ふわりと格子が持ち上がり、彼の傍らに置かれる。
「ステラが……やったの?」
「お前、どこにそんな力……まあ、まあ、いいや。ついでに布もどうにかできるか?」
「ハサミ、持ってるけど使えるかな?」
アルデアがタルシアから取り出した糸切りバサミが、宙を泳ぐ。
地面に埋め込まれた布の端にぷすりと切っ先を入れたハサミは、縫い目をほどくように少しずつ、慎重に切り口を広げていく。
「魔糸、準備して来たんだよな?」
「OKだよ。髪の毛と同じくらい、いや、それよりかな。とにかく細ーく紡いでみたよ」
アルデアはタルシアから魔糸の先端をするりと引き出す。いつもはほのかに光っている糸だが、限界まで引き伸ばされたことでその光はもはや感知できず、ただの糸同然になっている。
「なるべく、ゆっっっくり、降ろしてあげればいいんだよね……」
ウルラが言ったのはこうだった。地下書庫のある初等部棟に立ち入るのは、基本的に魔力を持った共鳴者だけ。つまり、セネシアは物理ではなく、魔力を感知することに精度を絞った結界を張っているのではないか。
魔力を限りなく小さくする。そして、動いていることも分からないほどゆっくりと、周りの空気と馴染む。これで結界が突破できるのではないか――それが彼女の仮説だ。
『した ついたら ほん さがす』
「っつってもよ……お前らが言うような、何だっけ? 他人の魔力生成物を操作する魔法? が書いてあるもんなんて、そうそう都合よく見つかんのかよ?」
「分かんない。でも、きっと見つかるよ」
「ノーテンキだな……」
呆れたようなルキオラの足元で、鉛筆の擦れる音――
『とりあえず やてみること おはなし それから』
『かのうせい かける の』
携行灯の明かりに照らされた筆跡は、相変わらず豪快だ。
「お前はほんとすげえよな……」
『ステラ いく うしろ むいて』
ルキオラが「はいはい」と後ろを向いたのを確認したステラは、アルデアの前にふわりと姿を現す。
「ゆっくり降ろすから、しっかり掴まっててね」
アルデアは、ステラの胴に魔糸をしっかりと結び付けながら言った。
「魔糸は丈夫だけど、この細さになるとさすがにちょっと心配だから……いきなり引っ張ったりはしないようにね」
ステラがカタリと頷き、ふっと透明に戻る。それを見届けたアルデアは、魔糸をそっと持ち上げて、ステラをゆっくりと排気口の中へ下ろしていく。指先にすべての感覚を集中し、ゆっくり、ゆっくりと――
その横で、ルキオラがポケットから取り出したソノリスを起動する。手のひらサイズの黒い板の上に、ぼんやり光る紫色の魔法紋が浮かび上がった。
「ステラ、降り始めたぜ」
『ばっちり見えてるわ』
魔法紋から聞こえてきたのは、ウルラの声。
車椅子では寄宿舎を抜け出すのが難しい上、見つかった時に逃げられないというリスクがある。ゆえに、彼女は直接学校には来ず、ステラとソノリスを通して遠隔で作戦に参加することにしたのだ。
「迷彩、大丈夫なんだろうな? またこないだみたいに切れかけたりしたら……」
不安をにじませるルキオラに、彼女は「大丈夫」と告げる。
「練習したもの。この間よりずっと長くできるようになったわ」
この三日間、ウルラとステラは迷彩状態を長く保つために特訓を重ねた。その結果、維持時間は15分から20分、30分と、着実に伸びていった。
「中、どんな様子だ?」
『今のところ、煙突の中みたいな感じね。真っ暗で何も……』
言いかけて、息を飲む。
「どうした?」
『金魚が横切っていったわ……。』
「そんなとこにもいんのかよ……」
『でも、大丈夫。ステラには気付いてない……』
『お魚が通ったおかげで何となく周りの様子が見えたわ。あと2mくらいで地面に着くはず。魔糸、足りるかしら? 』
「ああ……」
思い出したようにアルデアの方を見たルキオラは、彼女の手の中にある過剰なほど巨大な糸玉を見て「ああ、うん。大丈夫」と鼻をこすった。
『着いたわ』
アルデアの手に、カタリと地面に当たる感触が伝わってくる。
『……すごい。光の金魚が空中をたくさん泳いで……。なんだか水の底にいるみたいだわ……』
「見とれてる場合じゃねえぞ」
『分かってる! 今探してるから……』
ルキオラに応えるウルラの声は、心なしか少し苛立っているようだった。
「どんな本があるの?」
『ウィザード名鑑……怪異データベース……ウォーロック、ん?……ウォーロックに係る……何て読むのかしら……』
聞きなれない言葉に、アルデアは首をかしげる。
「ウォーロックって?」
「悪い魔法使いのことだろ? 今時そんなんいないって聞くけどな」
ルキオラはあたりを警戒しながら答えた。ウルラの声は続く。
『シプレ教に……関する……暗くて見えないわ。』
(シプレ教……って何?)
これも知らない言葉だ。
『サフィロス・グラキリス……ニクス・ニ、ニウァリス……? 誰かしら?』
どちらも、アルデアにとっては知らない名だ。
「聞いたことないぞ……」
どうやらルキオラも同じらしい。
『多分、関係ないのよね……』
「次行こうぜ次」
彼が急かすように言い、ウルラは違う本――なのか、綴りなのか――のタイトルを次々と読み上げる。
『魔法機関……ん? じゅんしょく――でいいのかしら?――名簿……多分これも違う』
『えっと……フロ、マークの……大厄災……。これは報告書類のまとめみたいね』
(あれ? フロマークって……)
アルデアの脳裏に、サビアとセダムの顔が浮かぶ。だが、今それを口に出すのは憚られて、ぐっと飲み込む。
『使い魔の取り扱いについて……これも違いそうね』
ソノリスから聞こえる、ウルラの独り言が、闇夜に響く。
『これは……き、禁……? 読めないわ。どういう意味なのかしら……あ、でも……』
ウルラの声にかぶさるように、ザッ、と草を踏む音が聞こえた。
「誰か来た。一旦通信切る」
ルキオラは反射的に排気口を照らしていた携行灯を懐にしまい込み、ソノリスをポケットに入れた。
「ど、どうしよ……! 逃げなきゃ……!」
排気口に垂らしている糸を慌てて引き上げようとしたアルデアは、草の上に引き倒される。
「わっ!」
何が起きたのか、理解が追い付かなかった。
鼻をくすぐるキンモクセイの香りと、「シーディー」耳元で聞こえた囁くような声。それでようやくルキオラが自分に覆い被さってきたのだと気づいた。アルデアが声を発しようとした刹那、ガサガサと音がして、2人の体の上におびただしい量の枯葉が落ちてきた。
「な、何で、落ち葉が……?」
「静かに!」
汗の滲んだ手が彼女の口を塞ぐ。近付いてくる足音と、ぼんやりと光るアメジストの瞳だけが、アルデアの頭を支配していた。
登場キャラクター達による
ゆる~いボイスドラマ風スピンオフ短編集
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