第30話 地下書庫-1 ①
ステラが教官室に忍び込んだ後、ウルラは医療部に行ったきり戻らなかった。
残されたのは、彼女が書き写した間取り図。
アルデアとルキオラはそれを眺めてしばらく考察を重ねていたが、通りがかったミルヴァスに「もう帰るように」と促されたため、考察会は何の手がかりも得られないままお開きになってしまった。
次の日。教室に来たウルラ、ステラも交えて再度間取り図を確認したところ、4人は間取り図の中に不自然な空間を見つけた。
初等部棟の端――ルクスの教室に通じる階段がある部分だ。階段の横はちょっとしたスペースになっており、そこには『市民より寄贈』と書かれた大きな本棚と観葉植物が置かれている。
間取り図では、この本棚の背後に小さな空間が描かれていた。アルデアの目には、そこはただの壁にしか見えていなかったが――
「あの本棚、何であそこにあんのかずっと気になってたんだよな。まさか……」
ルキオラが腕組みをする。
「何かを……隠してる?」
ぽつりと言ったウルラの顔は、どことなく不安げなように見えた。
『いてみよ』
ワンピースのボタンを外し始めたステラを見て、ルキオラが慌てて背を向ける。
「ま、待って。そんな簡単に入れるようになってるはずないわ」
間取り図をじっと見ながら、ウルラはこめかみを指でトントンと叩く。
「機密書類がまとめてあるんでしょ? きっと誰かが結界を張ってるはずよ。セネシア補佐官か、実働部副隊長か……分からないけど。下手に動いて結界に触れちゃったら、すぐ気付かれると思う」
肌着になったステラは、昨日アルデアがやっていたように、脱いだワンピースを丁寧に畳んだ。そして、ノートに鉛筆を走らせる。
『いまは みるだけ』
『ちょと すきま あれば ステラ はいれる』
「でもよ、いくら透明でも結界はすり抜けらんねえだろ……」
背を向けたまま、ルキオラが言う。アルデアは人差し指を立てて3人に提案をした。
「試しに、透明になってあの辺で何かしてみたら? 走ったり、踊ったり」
「え、それはちょっと怪しすぎない……?」
『ほんだな みにきた ふりすれば』
「ああ。それいいかもな。普通にあそこから本借りるヤツもいるだろうし」
ステラは肌着を一気に脱ぎ捨てると、『さっそく いてくる』と書き残して机を飛び降りた。
「ちょ、ちょっと……!」
「大丈夫だよ。信じてみよ」
「そ……そうね……」
――――
ステラが教室を出た後、3人は間取り図を見ながらまた議論を交わした。
「でも……本棚の裏が地下書庫の入り口だったとして、どうやって中に入ったらいいのかしらね……?」
「うん。そこだよね。どこかに抜け道でもあればいいんだけど」
「そうそう都合よくあるかよ……」
ウルラは視界をステラのものに切り替える。ステラは倉庫を抜けて階段を下りているところだった。廊下と階段を隔てている扉、その上半分にはめ込まれているガラス窓から初等部の廊下が見えて、学生たちが登校する様子が見える。
階段を下りた先は問題の本棚スペースだ――
日当たりの悪いそこは、心なしかじめじめと湿っているような気がする。いや、ウルラ自身の緊張がそう見せているだけかもしれない。
「着いたわ」
ステラの視界で見る本棚は、やけに大きい。
「何か分かるか?」
「うーん……いつも通りの本棚にしか……」
そこまで言ったとき、ふいに背後の扉が開く音が聞こえた。 ステラは素早く観葉植物の後ろへ身を隠し、本棚の観察に集中していたウルラは、「ひっ!」と肩を震わせた。
「何かあった?」
『キャンディ、ちょっと待っててね』
アルデアの声にかぶって聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だ。
『えーっと……この間借りたのは……あっ、そう。これこれ。今度こそ最後まで読むんだから……!』
ステラが見上げた視界には、おさげにした金髪と、シトリンの瞳――
『ミコー! 何やってるの? 』
背後から呼びかけられたミコは、手に取った本を慌ててタルシアに押し込む。
『な、何でもない……!』
その背表紙に一瞬『恋について』の文字が見えたのを、ステラは見逃さなかった。
(ミコ、あんな本読むのね……。意外だわ)
「ウルラ、大丈夫?」
アルデアの心配そうな声が聞こえる。
「う、うん。ミコが来てちょっとびっくりしちゃった。本棚自体には特に何もなさそうね」
ミコが廊下の方に戻るのを見届けて、ステラは観葉植物の陰からそろそろと這い出た。
「本棚の後ろ、見れるか?」
「見てくれてるわ。暗くてよく見えない……」
ステラが本棚と壁の隙間を覗き込むと、一瞬小さく光のようなものが見えた気がした。
「ん? 今何か……」
そう言った刹那、ウルラの視界を金色の光が埋め尽くした。
――――
――同じ頃。執務室で書類を書いていたセネシアは、ピクリと眉を動かす。
「……今、何か」
――――
「キャッ!」
「ど、どうしたんだよ!?」
「大丈夫!?」
突然目を抑えてうずくまるウルラに、2人が驚きの声を上げる。
「……突然、光るお魚が前を通り過ぎたの……。あれ、確か入学の儀の時にセネシア補佐官が出していたのと、同じだった……気がする」
「もしかしてあの金魚の魔法? 『チューニア』……って言ってたよね?」
2人の話を聞いたルキオラが、腕組みをする。
「やっぱり補佐官が結界張ってんだよ。あそこになんかあんのは確定だな」
――――
執務室。突然顔を上げたセネシアに、ペタルが声をかける。
「どうか、なさいましたか?」
「……いえ。気のせいだったようです」
そういったセネシアが、背後にある球状の水槽に目をやる。ぷく――泡の弾ける音がして、金色のひれが、はためいた。
――――
「でもよ。補佐官の結界なら、何かひっかかったら間違いなく攻撃してくるよな。目の前まで来たのに、何でアイツはスルーされたんだ?」
ルキオラの言葉に、ウルラはこめかみを指でトントンと叩く。
「確かに。間取り図が機密扱いってことは、地下書庫自体タブーみたいなものだろうしね……。おかしいわよね」
「ステラのことが見えてなかった……とか?」
アルデアがぽつりと言った言葉に、ルキオラがハッとしたような表情を浮かべる。
「あいつの力ってさ……もしかして『迷彩』なんじゃねえの?」
目を見開いたウルラは、「そっか、それで……」と口元に手をやる。
「迷彩って?」
「透明化はただ体を見えなくすることで、迷彩は……そうね、空気みたいになっちゃうってこと。だから、結界に引っかからなかった――」
「それってすごい力なんじゃ……!?」
食い気味に言ったアルデアに、ルキオラは「静かにしろよ」と人差し指を立てた。
「ってことは、抜け道さえあれば、バレずに地下書庫に入れるかもってことだよな」
「抜け道……ね」
仮説に花を咲かせる2人の声を聞きながら、ウルラは視界をステラから自分に切り替える。
「……ねえ、今更こんなこと言うの、すごく申し訳ないんだけど……やっぱり、やめない?」
心の内にあったのは、昨日のことだ。教官室で聞いてしまった、アルデアの家族の話――
「どうしたんだよ急に」
ルキオラの怪訝な目を避けるように、目をそらす。
「いや……2人のこと、危ない目に遭わせちゃうかもだし……。私なんかのために……」
昨日寄宿舎に帰ってから、ずっと考えていた。知らなかったとはいえ、友達の大切な思い出を踏みにじるようなことを自分はしてしまった。そんな自分に、これ以上『良く』なる資格など、夢を叶える資格など、あるのだろうかと。
「ウルラ! そういうのナシって言ったよ!」
アルデアが頬を膨らませる。そうだ。この子はそういう反応をする。それが分かっているから、余計に胸が苦しい。
ウルラが「だって……」と言いよどむと、突然教室の扉が開いた。
小さな足音がして、ヒラヒラと紙が飛んでくる。
『ダメ きょうはん』
その文字を見て、ハッとした。あの話を聞いて胸に巣食った黒いものを、ステラは一緒に抱えると言ってくれた。
使い魔だから、隷属しているから、それももちろんあるだろう。しかし、彼女はウルラが物心ついた時から、彼女自身がただの人形だった時からずっとそばにいてくれている。誰よりもウルラのことを考えてくれている。
『あし うごくため よ』
そんな彼女の気持ちを、無下にしたくはなかった。
「そ、そうね……ごめんね。変なこと言って」
俯くウルラを見て、ルキオラが頭をかく。
「まあでも、今ならまだ何もしてないし……引き返すなら、いいタイミングかもな」
「どうしてそんな……!」
言いかけたアルデアの前に、紙切れが浮かび上がる。
『ルキオラ やめたい』
語尾に、まだうまく書けない「?」らしい記号が跳ていた。
「別にそういうワケじゃ……」
「私はやめないよ! 歩けるようになって、ウルラが夢を叶えられるように」
アルデアの強い口調に、小さな鉛筆は力強い筆跡を刻む。
『ステラも おなじ きもち』
2人の意志の強さを見せつけられたルキオラは、観念したと言わんばかりにため息をついた。
「あーもう、分かったよ。協力するよ」
「でも、ルキオラが本当に無理って思うなら……」
か細い声で言ったウルラに、彼はぶっきらぼうに告げる。
「別に、そんなこと言ってねえし……。お前が弱気なこと言うから、今のうちならって……」
バツの悪そうな目が、揺れる――
「みんな、ありがとう……。でも、大丈夫。私、頑張ってみる」
登場キャラクター達による
ゆる~いボイスドラマ風スピンオフ短編集
『木漏れ日の日常譚』も更新中!
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