第34話 カラクリ仕掛けの怪物③
人で賑わう食堂。
テーブルについた3人は、注文したランチが運ばれて来るのをぐったりと待っていた。
「無理……こんなん……キツすぎる……」
吐き出すように行ったのは、ルキオラだった。
「これ……あと10日も続くの……?」
アルデアも、同じ気持ちだった。
「2人とも……ごめんね……」
申し訳なさそうなウルラに否定の言葉をかける余裕は、2人ともない。もちろんウルラにも返答がないことを気にしている余裕は、ない。
楽し気な話し声が飛び交う食堂で、3人が座っているテーブルだけがまるで別世界のように沈んでいた。
「おーおー、みんなお疲れだねぇ!」
アルデアが重りが乗ったような頭を上げると、3人分の食事トレイを持ったミリカが立っていた。
「ミリカ……さん……」
「聞いたよ? またやらかして罰訓練だって?」
ひそめた声。いたずらっぽい口調で言った彼女は、快活な笑みを浮かべる。
「みんな元気でいいねえ! 卒業までに伝説何個作れるか競ってる感じ?」
「やめてくださいよ……」
ルキオラが、ステラと一緒にハンカチの上に横たわっているエペをつつく。
「いひ。冗談だよ」
肩をすくめたミリカは、トレイを各々の前に置いた。
ルキオラのトレイに一緒に乗っていた小皿が差し出されると、エペは瞬時に置きあがって中のサツマイモをかじり始める。
「やっぱりまだあのカラクリ怪異、使ってるんだ。えげつないよね~」
その声にふっと懐かしさのようなものが滲んだ気がして、アルデアは彼女を見上げる。
「ミリカさんも……あれと戦ったことが……?」
困ったような顔をしたミリカは「あれっていうか……まあ、ね」とだけ答えた。
「あのカラクリ、強かったでしょ?」
「強すぎっす……あんなん勝てるワケないですって……」
「だよね。あたしもそう思った。死んじゃうかも~って!」
おどけた調子のミリカに、ウルラが問いかける。
「ミリカさん……でも、栄養士さんなんですよね?」
「栄養士でも関係ないよ。ウィザードは怪異が出たら全員戦わなきゃいけないし、いつそうなってもいいように戦闘訓練にも参加しなきゃならないから。」
グラスの水を口に含んだアルデアは、「そうなんですか!?」と声を上げた。
「で、でも、ウィザードさんは魔法使えるから強いんじゃ……?」
「うん。でもさ、いくら魔法が強いからって、魔力切れしたら普通の人と変わらないってんじゃ意味ないでしょ」
その声に、いつもの明るさはない。
「ウィザードは、戦えないと。守れないと。」
3人とも、何も言えなかった。
湯気を立てるスープのカップに視線を落としたアルデアは、ミリカの言葉を反芻するように噛み締めていた。
――戦えないと、守れないと
さっきの訓練のことを思い出す。
友達が捕まっている横で、隠れているしかできなかった。
(あれが本当の戦闘だったら……ルキオラも、ウルラも……)
洗礼式の教会で、冷たい床に倒れていたルーナとスピカの姿がよぎる。
あの力なく投げ出された肢体のイメージと、目の前にいる2人のイメージが重なって――
「だからって、実戦出てない学生にいきなりP-D3867ぶつけんのはどうかと思うけどね。」
そこでアルデアの思考は途切れた。固く細められていたムーンストーンの目はすっかりゆるみ、いつもの太陽のようなミリカがそこにはいた。
「もう。ほんとそういう鬼畜なとこ、相変わらずなんだから」
くすりと笑ったミリカの頬は、うっすら桜色に染まっているように見えた。
(なんだか……嬉しそう?)
「さ、思いっきり体動かしてお腹空いたでしょ? 冷めないうちに食べて!」
ミリカは日替わりランチの乗ったトレイを指さしながら言う。ソテーした鶏肉や野菜サラダ、卵のスープ、スライスされたパンなど美味しそうなメニューが並んでいるのを見た3人の腹が、空腹を思い出してグゥと鳴る。
口々に「いただきます」と言った3人は、目の前の食事にがっつき始めた。
アルデアもルキオラも、フォークで突き刺した肉に豪快にかぶりつき、いつもは上品に匙を運ぶウルラでさえ、今日は幼い子のように口の周りを汚している。
3人の様子を見て笑みを浮かべたミリカは、「ちなみに」と呟くように言った。
「怪異はね、おっきく植物型と動物型に分けられてんの。Pは植物型、Bは動物型。それはミルから教わってるよね?」
「はい……。んで、怪異の成長具合によって呼び方が変わるんすよね? 『
手の甲で口を拭いながら言ったルキオラに、ナフキンが差し出される。
「『
野菜サラダを口いっぱいに頬張ったアルデアは、(そういえば)と思い出す。
いつかの授業でミルヴァスが同じことを言っていた。確か、怪異は人間の負の感情を栄養に成長して、花蕾~開花段階で人を食うようになる、のだったか――
『人を食う』という言葉と、さっき戦ったP-D3867のイメージが重なり、背筋が冷たくなる。
「P-D3867はさ、つまり分類上では植物型の散布段階ってことなんだよ。どんな形してた? 攻撃形態は? 植物ってことは、何が好きで嫌い? そのあたり、よく観察して考えてみて」
「ルキオラは、分かるよね?」
フォークを持ったままぽかんとしたルキオラにパチリとウィンクし、ミリカは厨房へ戻って行った。
――――
ミリカが戻った後、トレイの上のものをあっという間に平らげた3人は、満腹の腹を抱えて余韻に浸っていた。
「あー……なんだか私、生き返った気がする」
あくび混じりに言ったアルデアが、紅茶を飲みながら息をつく。
「お前死んでたのかよ」
ルキオラがジャージの懐で眠りこけるエペをつつく。
「死んでたみたいなものよね」
『シんでレ ラ』
ウルラの言葉にステラが乗っかる。
空腹が満ちた3人は、それぞれ軽口を言い合うくらいの余裕が出てきていた。
「2人ともこの後、どうするの?」
ナフキンで口元を拭ったウルラが問う。
「うーん……ちょっとだけお昼寝したいかな」
「俺も。なんっにもやる気起きねえ。」
「やっぱり? わたしもヘトヘト……」
テーブルに敷かれたハンカチの上、ステラはうつぶせに寝転がって文字を紡ぐ。
『うるラ へとヘト だと スてラ ぐったリ』
「お前、やっぱなんか……」
ルキオラがステラのノートに手を伸ばした時、頭上から「ちょっと」と声が降ってくる。
そちらを見たアルデアの視界に入ったのは、金髪のおさげ髪に、シトリンの瞳――
「あんたたちさ、そんな辛気臭い顔されると食欲なくなるんだけど。どっか行ってくれる?」
棘を含んだ声音。食事トレイを持ったミコは、いつもの不機嫌そうな顔で3人を睨んでいた。
「なんかお前、久々に見た。まだいたんだな」
以前なら露骨に嫌な顔をしていたルキオラだが、彼は無気力にミコを一瞥しただけだった。
「わたしたちが辛気臭いのと、ミコの食欲不振は関係ないと思うけど……医療部で見てもらってきたら?」
『にュウいン すレバ いい とヲもう』
ウルラとステラがけだるげに棘を刺す。
「あ……えーと、今からお昼なんだね。」
いつもであれば一緒にどうかと声をかけるアルデアだが、今は気遣いよりも眠気が勝つ。
挑発に乗ってこない4人に苛立った様子のミコは、トレイのふちをギュッと握りしめた。
「な、何よそのリアクション! ワケありの……」
言いかけたミコの口が、後ろから伸びてきた手に塞がれる。
黒い手袋――ミルヴァスだ。
「それ以上はやめておけ。」
ミコにそう言った彼の目線は、何故か注文カウンターの方に向いている。
アルデアが視線を追いかけると、ミリカがカウンターに手をついてこちらを見ているのが見えた。
にっこり笑って手を振るミリカの目が、何故だろう。笑っていないように見えて、少し怖い。
ミコはミリカの視線に気付かないまま、口元を覆うミルヴァスの手を振り払う。
「や、やめてください! 私、な、何もしてないですから!」
その顔は熟れたリンゴのように真っ赤になっており、トレイを持ったミコは逃げるようにその場を離れて行った。
「……あいつ、何しに来たんだ?」
鼻をこすったルキオラがひとつあくびをする。
『ドウせ わルグち い イに きただけ』
『イたイ こ』
「そうね。相変わらずイタい子だわ。」
「紛いなりにも同期になる子だぞ。そういういい方はよくない」
毒を吐くウルラ、ステラを、ミルヴァスがたしなめる。
「ミルヴァス教官、今からお昼ですか?」
瞼が下がりそうなのを必死にこらえ、アルデアは尋ねてみた。
「いや、少しミリカに用があってな」
ミルヴァスは疲労困憊の3人に視線を落とす。
「
「何なんすかあのカラクリ怪異。死にそうっすよ……」
「そう言えているうちは死なないものだ」
ルスキニアやミリカのよく通る声がまだ残っている耳に、ミルヴァスの落ち着いた声は心地いい。
「さっきミリカさんとも話をしたんですけど、ミリカさんもあのカラクリと戦ったことあるんですね。ウィザードさんはみんな訓練であれと戦うんですか? もしかして教官も……」
「カラクリと?」アルデアの言葉尻を、ミルヴァスが遮る。
「ミリカが、そう言ったのか?」
落ち着いた声の中に、わずかな緊張が含まれているような気がした。
「え……?」
「カラクリ機体と、『訓練』をしたと?」
ただならぬ空気に、ぐったりとしていたルキオラとウルラが姿勢を正す。
何故だろう。自分を見る紫金の瞳が、アルデアには痛かった。
「お疲れ様。ミル」
ミリカの声がした。
顔を上げたミルヴァスが「お前……」と声を上げるが、ミリカは聞こえていないように木箱を差し出す。
「はい、頼まれてたもの、用意してあるよ」
彼の口元が何か言いたげに動くが、ミリカのまっすぐな視線を受け、きゅっと引き結ばれる。
「ククゥが好きなブドウ多めに入れといたから」
「……ああ、ありがとう」
木箱を受け取ったミルヴァスは、3人に「しっかり休むように」と言い残し、食堂を後にした。
――――
時はほんの少し遡る。
アルデア達に雑な対応をされ、反撃しようとしてミルヴァスに口を塞がれたミコは、食堂から初等部へ向かう廊下をずんずんと歩いていた。
「ほんっと……何なのよ。ルクスのくせに……」
いつもなら、自分の言葉で多少なりとも怒ったり、悲しんだりしていたはずだ。少なくとも、ルキオラとアルデアは。ウルラは――気味が悪いということしか分からない。
それなのに今日はどうだ。3人そろって、自分なんてまるで目ではないとでも言うかのような態度だった。
見下しているルクスの連中に自分の存在を軽視された、馬鹿にされた、その怒りと屈辱感がふつふつとミコの胸を支配していた。
「あいつら、何であんな大きい顔していられるわけ? ワケありの寄せ集めなんじゃないの?」
脳裏をよぎる、記憶。屋上、白衣を着た2人分の陰、風になびく、癖の強い黒髪。
「あの教官だって……。ろくでなしの裏切り者の癖に……!」
栗色の髪に光っていた簪。訴えかけるような男の声。
『いい加減にしてよ!』頬を張り飛ばす、乾いた音――
「ルクスなんか……ルクスなんかあっちゃいけないのよ!」
窓の外で粉雪が舞っていた。
ミコの歩く速度に合わせ、タルシアに下げた銀色のキーホルダーが、微かな金属音を立てる。
きっと外を睨みつけたその瞳は、真っ赤に染まっていた――
次回第35話『傷痕と亡霊①』
12月9日(火曜日)18時公開予定。
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