第34話 カラクリ仕掛けの怪物②

 3人の背後に迫ったP-D3867は、ぽっかりと開いた眼窩でしっかりと3人を見据えていた。

 人間のような上半身がまるで呼吸するかのように上下し、関節が動くたびに、金属の擦れる耳障りな音がする。

 機械音。顔の半分ほどあろうかというその口が開き、名状しがたい獣のような遠吠えと共に蒸気が吐き出される。

 あたり一面の空気すら支配しようかという咆哮。それを間近で聞いてしまったアルデアは、キーンという耳鳴りに頭の中をかき回されるような心持ちであった。

 ウルラとルキオラも同じだったようで、3人は耳をふさいだまま動けなくなっていた。

 そんな彼らに、ルスキニアのよく通る声が容赦なく降り注ぐ。

「攻撃来っじゃ!」

3人はハッと我に返る。

 彼らが見たのは、観音開きになったP-D3867の上半身から、何かが発射されようとしているところであった。

 ボンッ!という音と共に、彼らの足元に黒いものがめり込んだ。

 短く悲鳴を上げた3人は、バラバラの方向に走り出す。

(無理……無理無理無理!)

 アルデアの頭の中はパニックである。

 金網に囲まれた訓練場の隅の方。

 木材や土管が積み上げられたスペースに体を滑り込ませたアルデアは、資材の隙間からP-D3867の方をそっと覗き見る。

 機体の前には先ほどの黒いものがまだ突き刺さっており、どうやらあれはウルラがナイフで弾いたのと同じものだというのがわかった。

 しばらくその場でじっとしていたP-D3867は、まるで準備体操でもするかのように体を動かす。

 動きの度に金属の擦れる不愉快な音が響き、どこから鳴っているのか――カチチチチ、という微かな作動音が聞こえた。

 ルキオラとウルラの姿は見えない。きっとアルデアと同じようにどこかに身を隠したのだろう。

 やがて作動音が鳴り止み、関節を軋ませたP-D3867はものすごい速さで走り出した。

 鈍く光る機体が向かったのは、ルキオラが逃げた方向だ。

 金網の根元。背の低い樹木が絡みつくように生い茂ったそこは、子供が身を隠すのにうってつけの場所だ。

 不気味な声を上げたP-D3867が、鞭のようにしならせた触手を迸らせた。

 触手は絡み合った樹木を突き刺し、中にいる者を暴き出そうとめちゃくちゃに暴れ回る。

 ――あんな攻撃を食らったら。

 縁起でもない想像が頭を過り、アルデアは両手で顔を覆う。

 その時だ。「シーディー!」と声が聞こえた。

 触手が突き刺さっている樹木の反対側、P-D3867の真後ろに立っていたのは、ルキオラだ。

 P-D3867に手を向けた彼の前には紫色の魔法紋が出現していて、その中心からものすごい速さで何かが伸びていく。淡い黄緑色をした楕円の葉、細長く丸っこい形の果実、アルデアには見覚えがあった。

(アケビの蔓……?)

 蔓はP-D3867の方へまっすぐその身を迸らせ、金属の体に絡みつく。

 手足や首の部分を縛り、後ろへ反るような姿勢で動きを封じられたP-D3867は、攻撃を繰り出すことも出来ずもがいている。しかし――

「クッソ! お、重……!」

 大人一人分ほどある鉄の塊を、体が大きいとはいえ9歳の子供が一人でどうこうすることはできなかった。

 キシ……と嫌な音が響き、鉄の手が絡みついた蔓をブチブチと引きちぎり始める。

 全ての拘束が解かれるのに、10秒もかからなかった。

 自由を取り戻したP-D3867は自らを縛っていた蔓を思い切り引っ張り上げる。

「うわぁ!」

 強い力で引っ張られてバランスを崩したルキオラは、倒れ込んだままP-D3867の方へと引きずられていく。

「ま、待って……! やめ、やめろって……!」

 咄嗟のことに反応が追い付かず、彼は鉄の手が掴んでいる蔓をどうにかして自分から離そうと必死に噛みつく。

 だが、強靭なアケビの蔓がそんなことで切れるはずもない。

「な、なんで……! シーディー! シーディー!」

 半泣きのルキオラは、魔法紋を展開した手を振り回す。

 その反動で魔法紋の中からポロポロと種のようなものがこぼれ落ち、今の彼の周りには場違いすぎるほどきれいな花畑が出現した。

「もう! 何してんのよ!」

 草むらに隠れていたウルラが飛び出す。

 ナイフを構え直した彼女は、倒れたルキオラのところへよたよたと走り、アケビの蔓をぶつりと切断した。

「切ろうとしてどうするのよ! まず魔力を止めないとでしょ!」

 厳しい言葉とは裏腹に、その顔は青ざめている。

「そ、そ、そんな、こと……しょ、しょうがねえだろだってうるせぇバカ!」

 ウルラに助け起こされたルキオラは、支離滅裂に言葉を吐き出す。すっかり腰を抜かしているようだ。

「ケンカしとる場合かね!」

 ルスキニアの声が響く。

2人の前に立ったP-D3867は、上半身を再び開くと、2人に向かってまたあの黒いものを発射しようとしていた。

「キャアッ! い、嫌! 来ないで!」

 ボンッ!という音と共に黒いものが放たれる。

 先ほどと同じようにナイフでそれを弾き返そうとしたウルラだが、立ち上がる動作がわずかに遅れた。

 ナイフの切っ先が滑り、軌道を逸らしきれなかった。

「っう、ぁ……!」

 ナイフが金属音を立てて転がる。

 黒いものはウルラの腹に直撃し、脱力した彼女はルキオラの隣――花畑の中に膝をついてしまった。

「ウルラ!」

 資材置き場から飛び出そうとして、出来なかった。

 アルデアが見たのは、P-D3867が金属の触手で2人を捕らえているところだった。

「離せ! 離せよぉ!」

「ヤダ! いやーーー!」

 アルデアが困っている時に手を差し伸べてくれた、色々なことを教えてくれた。

 あれほど頼もしかった2人が、為す術なく縛り上げられている。

「ほら、友達が捕まっちょるよ? 動かんの?」

 いつの間にか資材置き場に来ていたルスキニアが、しゃがんでアルデアの顔を覗き込む。

「あ……ひ……」

 声なんて、出るはずはなかった。

「訓練だからって死なんと思っちょる? まあ、そいも間違いじゃなか」

 いつもとは違う抑えた声音。ルスキニアは、ゆっくりと言葉を続けた。

「ウルラ、食われそうになっちょるね?」

「ルキオラ、真っ逆さまじゃね?」

「今、誤作動であの口が思いっきり閉じたら、触手が急に離れたら、どうなっと思う?」

 ゆっくりと、でも確実に畳み掛けられる言葉。

「ど、ど、どう……なる……」

「パニクっとるヒマ、あっと思う?」

 答えようとしたアルデアの言葉を、甘やかな声が遮る。

「ス……スピン、ドラ……」

 アルデアは魔法紋を展開する。

 だが、そこからどうしたらいいのかは、分からなかった。

「そう、そんで? どう2人を助ける? 考えとるんじゃろうね?」

 ルスキニアの声が、頭の中を反響する。

「闇雲に糸突っ込んだら、2人もろとも殺してしまうじゃ」

(殺して……しまう……)

 頭の後ろで、ビリビリとした寒気を感じる。

 P-D3867に向けた手が震える。

「アンタは、どうやって人を守る?」

 ルスキニアの問いに返せるだけの答えなど、アルデアは持っていなかった。

『守る』『守る』『守る』アルデアの頭がその2文字で埋め尽くされそうになったその時、ガツンと衝撃音が鳴り響いた。

 アルデアが視線を向けると、ルキオラとウルラを捕らえたP-D3867が停止していた。

 口を思い切り開いたまま、天を仰ぐように上を向いた顔。その顔を踏み付けるように上に立っていたのは――

「ステラ!」

 今まさにP-D3867の口元へ運ばれようとしていたウルラが、声を上げる。

 裸のステラはピースサインをきめ、P-D3867から飛び降りた。

 彼女が地面に降り立つと共にP-D3867の触手がゆるみ、捕らえられた2人が地面に落ちかける。

「あ、危ない……!」

 やっと体が動いた。アルデアは2人に向かって慌てて魔糸を飛ばし、その体を絡め取った。

「大丈夫!?」

 彼女が2人に駆け寄った後ろで、ルスキニアが感心したように話し出した。

「へぇ〜、なかなかやるやん。話に聞いとる通りじゃ」

 ステラの前にしゃがみ、その頭を指でつんつんとつつく。

「透明化して近付いて、口ん中に特殊警棒放り込んで、伸展さして閉じんようにしたと。よかね。優秀」

 ルスキニアの言葉に、ステラはえっへんとでも言うように気取ったポーズをとる。

 裸を見られることはやっぱり気にしないことにしたらしい。

「すげぇ! あいつ使い魔のクセにめっちゃ使えんじゃねえか! 内部にモーター突っ込んだらもっと……」

「黙りなさいリリィ。黙れないなら帰りなさいリリィ」

「リリィって呼ぶなっつの!」

 金網の外から、リリィとアズキの声が聞こえる。

 びっしょりと冷や汗をかいて肩で息をするルキオラ、顔面蒼白でガタガタと震えるウルラ、そして2人を前におろおろするアルデア。

 金髪をくるくると指に巻き付けたルスキニアは、花畑の中で座り込む3人に容赦ない声を浴びせる。

「んで? 使い魔がこげんガッツ見せとんのに、アンタらは何をしちょるん?」

 誰も、何も言えなかった――

「ルキオラ」と、甘やかな声が呼びかける。

「アンタは一番最初に飛び出しとったね。そこは評価するわ。けど、相手と自分の力量差も分からんで突っ込むんは無謀っちゅうもんじゃ」

「……うす」

 俯いたまま肩を震わせる彼がどんな顔をしているのか、アルデアは覗い見ることが出来ない。

 ただ、絞り出した声には悔しさや怒りのような感情が滲んでいるように聞こえた。

「ウルラ」、呼びかけられたウルラがびくりと身を震わせる。

「アンタはいつまで使い魔におんぶに抱っこなん?」

 嘲るような口調。顔を赤くしたウルラは「そ、そんなわけじゃ……!」と反論しようとするが――

「あるじゃね。ステラが動かんかったら、アンタら2人と棒立ちアルデアと3人でこいつにやられとるとこじゃった」

 容赦ない事実確認に、彼女はそれ以上言葉を紡げず黙り込んでしまった。

「ルキオラを助けようとしたんは評価するわ。でもな、アンタは今人を守れっくらい強いん? 助けに入っといて自分もやられちょるようじゃ世話ないと思わん?」

 唇を噛み、ギュッとジャージを掴んだウルラを見て、ルキオラがおずおずと話し出す。

「あの……そこまで言わなくても……」

「ほう? アンタはまた随分ウルラを庇いたがんねぇ。何で?」

 猛禽のような目がルキオラを捉え、彼は視線を泳がせる。

「いや……だって、まだちゃんと動けないじゃないすか……」

「へーえ、優しい子ぉじゃねえ」

 オーバーに両手を広げたルスキニアは、おどけた調子のまま言葉を続ける。

「そかそかぁ。アンタはつまり、ウルラんことを対等な戦友とは思っちょらんのね」

「ちがっ……そ、そんな……」

 きつすぎる言葉に、ルキオラは慌てて首を振った。

「だって、そげん言い方、見下しとらんと出てこんじゃろ」

 アクアマリンの瞳がまっすぐルキオラを見下ろす。

「こん子がアンタを守るために走ったとこ、私はしっかと見とったよ。遅いし、ろくにバランスも取れんくせにさ。トンチンカンなことしちょったアンタを助けっために」

 先ほどの戦闘を思い出したのか、ルキオラの顔が真っ赤に染まる。

「脚さえちゃんと鍛え直したら、こん子は自分で戦える。守りはいらんのよ。違う?」

 腰に手を当てたルスキニアは、「それに」と続ける。

「使い魔におんぶに抱っこ言うても、それはそれでちゃんと使い魔を自分の戦力として育ててるっちゅうことじゃ。そいも実力のうちよ。な? ウルラ」

 パチリ、彼女のウィンクを受け取ったウルラは、恥ずかしそうに視線を逸らす。

「この戦闘の間、アンタの使い魔――エペっつったっけ?――は随分快適に過ごしとったみたいじゃね?」

 真っ赤な顔を手で覆ったルキオラは、「うす……」と消え入りそうな声で言って黙り込んでしまった。

 何か声をかけなければと口を開きかけたアルデアは、鋭い声で名を呼ばれる。

「アンタは2人が頑張っちょる間、何しとったん?」

 突然水を向けられ、アルデアは何も答えられなかった。

 あの時の自分は、資材の中に隠れて2人の戦いを見ていることしかしていなかった。

「なあ、何しとったん? 説明し」

 ルスキニアは口ごもる彼女に容赦なく問いを投げる。

「あ、あの……」

「『あの』じゃ分からんよ。ちゃんと言わんな。『自分だけ安全なとこに隠れて2人がやられてっとこ見てました』って」

 顔から血の気が引いていく。

「ち、違います! 見てたわけじゃ……」

「だって、戦っとらんじゃね。P-D3867が動かんようになった後にやっと動き出したくらいで」

 痛いところをつかれ、胸がギュッと締め付けられる。

「怖くてパニックになんのも分かるじゃ。でもな、恐怖で思考停止すっようじゃあっちゅう間に怪異の腹ん中よ。仲間も、アンタ自身も――」

 必死に言い訳を探すが、もっともらしい言葉は見つからなかった。

 ルキオラとウルラが捕まった時、資材置き場から飛び出していくことだって自分には出来たはずだ。

 しかし、出来なかった。これは紛れもない事実だ。

「……ご、ごめん……なさい……」

 それしか、言えなかった。

 地面を見つめるアルデアを見たルスキニアは、「でも」と言葉をつづけた。

「アンタは2人が地面に落ちんように、ちゃんと魔糸で受け止めとったね。戦うことは出来んかったけど、大事なもんを守ろうとしたんは伝わったわ。そこは評価する」

 そう言われても、アルデアは胸の内の苦さを飲み下すことが出来なかった。

 苦さの正体は、悔しさ、情けなさ、恥ずかしさ、そして、自分への怒りだ。

「ほんっと、本物のP-D3867が暴れ回っとる時だったら、3人とも余裕で死んどるじゃ」

 沈黙に沈んだ3人を見下ろしながら、ルスキニアがおちゃらけた口調で話し出す。

「本物の……って、これの本物ですか!?」

 ステラに慰められていたウルラが声を上げた。

「そうじゃ。いやー、好き勝手暴れてくれてさあ。危なく街一つ終わっとこじゃったわ」

 どうしてだろう。口調は明るいのに、彼女の瞳はどこか冷たい光を帯びている。

 小さな違和感は、アルデアの疲弊した心の中に小さな波紋を立て、そのまますぐに沈んでいってしまった。

「そうそう! 最初にも言うたけど、こんカラクリは本物の怪異を忠〜実に再現しとんのよ。つまり――」

 背後からガシャンと機械音が聞こえ、3人が後ろを振り向く。するとそこには、先ほどのP-D3867よりも小さなP-D3867が数体鎮座していた。

「増える。」

 ルスキニアがそう言った途端、小さなP-D3867が3人に向かって突進してきた。

「うわっ! ちょ、無理無理無理!」

「いやっ! 来ないで!」

「こ、怖い……!」

 子供たちの阿鼻叫喚を快活に笑い飛ばしたルスキニアは、「ちなみに」と指を立てる。

「スペシャル訓練の課題は、残りの10日間でP-D3867の弱点を見つけっこと。そいだけじゃ」

 その後、P-D3867との訓練をひたすら繰り返した3人は、終業の鐘が鳴る頃にはすっかりボロボロになっていた。

「はい、そこまで!」

 掛け声と共にルスキニアがリモコンを操作し、P-D3867達は動きを完全に停止する。

3人はゼェゼェと息を切らし、すっかり踏み荒らされた花畑にぐったりと倒れ込んでいた。

「今日はこんくらいにしとくわ。ご飯食べたら早く帰ってスパッと休むこと! 明日もやるでね!」

 ルスキニアの楽しそうな声が響き、3人の「エーーーーッ!」という声が空に溶けていった。


 ――――


 倒れ込んで起き上がれない子供たちにアズキが疲労回復薬を飲ませ、しおしおになった3人を食堂へと送り出した後のことだ。

 機体のメンテナンスをしてから戻るというリリィと別れ、廊下を歩いていたアズキが、ぽつりと言う。

「いつ見ても、あの造形は不愉快です」

 独り言のような、誰に届けるでもないような、小さな呟きだった。しっかりとその声を拾ったルスキニアは、「まあ、な」と言葉を返す。

「でも、あれじゃなきゃダメなんよ」

 先ほどまでの明るさは微塵もない、硬い声音だ。

「分かっていますよ。個人的な感想です。お気になさらず」

 マスクを外したアズキは、腰ベルトにぶら下げた瓢箪を外してその先端に口をつける。たぷん、水音が、静かな廊下の空気に微かな波紋を起こす。

「私はな、未だに怖いわ」

 絞り出すような掠れ声に、赤茶色の耳がピクリと動く。

「夢に見るくらい」

 後ろを歩くルスキニアの方を横目で見たアズキは、振り返らないままに声を返した。

「……それなら、良かった」



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