第25話 絡まり①


 翌日。アルデア達はジャージを身に着け、グラウンドに集合していた。


 

「風がちょっと寒いね。」


「ほんとね。ひざ掛けが欲しいくらい。」



 ウルラと雑談しながらちらりとルキオラの方を振り返ると、アメジストの瞳とバチリと視線がぶつかる。


 びくりとして、思わず顔を背けた。ルキオラの盛大なため息が背中に聞こえて、アルデアもつられるように息をつく。


 相変わらず黒い服を着たミルヴァスが竹箒を片手に話し始める。

 


 「これから飛行訓練を始める。皆箒は持ってきたな。アルデアにはこれを貸し出すので……。」


「作ってきました! 」



 沈みそうな心を弾き飛ばすように言って、タルシアから箒を取り出す。昨日コチレドからもらった材料を使って作ったものだ。



「もう作ったのか? 」



 ミルヴァスは少し驚いたような顔で言う。

 

 

「はい! 夜中までかかって、セダムさんに怒られちゃいました。」



 コチレドと別れた後。寄宿舎に帰ったアルデアは、食事もそこそこに部屋にこもって箒作りに取り掛かった。コキアの房を丁寧に揃えて木の棒にまとわせ、生成した糸でしっかり固定。

 さらにその上からルーナのように手編みのレースカバーをかけるつもりだったが、見回りに来たセダムに早く寝るよう促されたため途中で頓挫してしまったのである。

 


(今日は絶対カバーまで完成させるから、待っててね……! )



 ミルヴァスはアルデアの箒を手に取り、品質を確かめるように観察すると「なるほど」と呟いた。



「しっかり作られている。実用にも十分耐えそうだな。」



 誇らしい気持ちに、にやけそうになる。白木の柄をひと撫でしたミルヴァスは、箒に視線を落としたまま問う。

 

 

「随分といい材料を使っているが、どうやって調達したんだ? 」


「昨日コチレドさんから中庭のコキアを分けてもらって……。」



 一瞬、沈黙が下りる。

 


「分けてくれたのか? 」


「え? はい。お手伝いしたらちょうどいい木の棒もくれて……。」



 アルデアが受け取ろうとした箒を、ミルヴァスが再度まじまじと見る。

 


「コチレドさんがか? 」


「はい、そうですけど……。」



 何故だろう。けげんな表情で首をかしげたミルヴァスは、「そうか……。」とだけ言って箒を返してきた。

 


(何か……びっくりしてる? )



「……授業を始めよう。」


 

 ひやりとした風が吹き、コキアの穂先が揺れる。

 


 「飛行訓練を始める前に、飛行の仕組みについて復習しておこう。ウルラ、説明してみてくれ。」



 ミルヴァスに指名されたウルラは、わずかにびくりとして顔を上げた。

 


「……はい。ウィザードにはそれぞれ得意な魔法がありますけど、その素になっているのが『共通魔力』っていう力です。」



 そう言ったウルラは、地面に手をかざして「マリオネッタ」と唱える。すると、地面に落ちていた石ころがすっと浮かび上がって彼女の手のひらに収まった。



「共通魔力はこんな風に物を浮かべたり、体を元気にして怪我を少し早く治したりできる力です。


 箒は要するに空を飛ぶための補助具で、共通魔力を外に出しやすくしてくれます。

 

 そして、体の向きや魔力の行き先をコントロールするためにも、使います。

 

 ウィザードは箒がなくても宙に浮かぶことができるけど、それをするにはたくさん訓練をしなくちゃならなくて。

 

 箒があれば誰でも簡単に浮かぶことができる。ですよね? 」


「よく勉強しているな。」



 照れくさそうに下を向いたウルラは、膝の上のステラをギュッと抱きしめる。



「今ウルラが説明してくれた通りだ。飛行については原理を理解するよりも体で感覚を掴む方が早いので、早速基礎実習にうつる。」



 それまで黙っていたルキオラが、手を上げた。

 


「教官、それオレもやんなきゃダメっすか? 」



 けだるげな、苛立たしげな声音である。ミルヴァスは彼を一瞥すると、少し考えるそぶりを見せて言った。

 


「君は既に基礎は出来ているからな。では、アルデアと組んでコツを教えてやってくれ。」


「え……。」



 話が思いがけず自分の方に飛んできてしまい、アルデアはぎくりと体をこわばらせる。


 ルキオラもそういう方向に行くとは思っていなかったのか、「い、いや……それは……。」と視線を泳がせ、頭をかいた。

 


「そうか……嫌か……。困ったな。」



 2人の様子を見たミルヴァスはそう言って腕組みをする。若干わざとらしい。

 


「あー、もう! 分かりましたって! 」


「では頼む。」



 ぶっきらぼうなルキオラの言葉尻を食うように全てを押し付けた彼は、3人に箒に乗る時の魔力の使い方を解説した。



「アルデアはまず、箒に跨がってまっすぐ浮かぶことが目標だ。」



 頭の中でミルヴァスの説明を反芻しながら、アルデアは作ったばかりの箒を握りしめる。

 


「箒飛行はルキオラの得意分野なので、フォームなどチェックしてもらうように。そういうことでいいなルキオラ。」


「はいはい……。分かりましたって。」


「返事が多いな。」


「はい! やりますから! 」



 拗ねたようなルキオラに背を向けたミルヴァスは、今度はウルラの方に向き直る。

  


「ウルラは私の箒に乗ってもらう。ステラを下ろしてくれ。」


「は、はい……。」



 そっと地面に降ろされたステラが準備体操のように体を動かし始めた。



「……君は見学だぞ。」



 静かに告げられた言葉に、彼女はガーンといった様子で頭を抱える。 


 ステラを一瞥したミルヴァスは、胸ポケットに刺さっていた銀色のペンを取り出し「ファイリス」と呟いた。瞬間、ペンは溶けるように形を変え、水晶のクラスターがついた箒へと形を変えた。



「うわぁ……きれい……。」



 そのきらびやかさに、ウルラが感嘆の声を漏らす。箒をウルラの車椅子の前で静止させたミルヴァスは、車椅子のひじ掛けを外してウルラの背中と膝下に手を入れた。



「少し、抱えるぞ。」


「え……? 」

 


 ふわりと浮き上がるウルラの体。



「キャッ! ちょっ、こ、怖い、です……! 」



 ウルラはミルヴァスの首元にしがみつき、ギュッと目を閉じる。彼女の体を横抱きに支えたミルヴァスは、箒に跨るような形で座らせると「ここを掴むんだ。」と箒の柄を指す。


 

「無理! 落ちちゃう! 」

 


 ウルラはミルヴァスにしがみついたまま、ガタガタと震えだす。



「大丈夫だ。背中を支えている。」



 彼女の手を片方ずつ箒の柄に誘導したミルヴァスは、腕を背もたれのようにしてその体を支える。


 

「どうだ? 」


「……す、すごくグラグラします……。」


「だろうな。」



 黒い手袋をした手が、今にも反転しそうなウルラの両肩をしっかりと支える。



「君は自宅での療養生活と、この半年間の入院で体力筋力共に弱っているはずだ。まずは箒の上で姿勢を保てるようになるところから始めよう。」


「で、でも……箒に乗れても、わたし、立てないから……結局誰かの手を借りなくちゃ……いけないし……。」



 ウルラは、だらりと垂れ下がった自身の足を見る。

 


「足の代わりになる何かがあればいいというだけの話だ。」



 そんな彼女に、ミルヴァスはこともなげに告げる。

 


「足の……代わり? 」


「今、技術部にそういうものが作れないかどうか相談しているところでな。納期はまだはっきりとは分からないが、それが出来上がるまで君にはこの訓練を続けてもらうつもりだ。」



 ウルラの頬に、微かな朱がさす。

 


「箒飛行は体幹が要だ。鍛えておいて損はないからな。できそうか? 」



 下を向いていた彼女は、ぐっと顔を上げた。

 

 

「はい……がんばります! 」


「ということで――。」



 ミルヴァスはウルラの両肩を支えたまま、彼女の後ろに跨る。



「きょ、教官!? 」



 突然のことに顔を真っ赤にしたウルラを見て、地面にいるステラが顔を覆う。

 


「私たちは少しその辺を飛んでくる。」


「え!? 」



 2人のやり取りを見ていたアルデアとルキオラが同時に声を上げる。

 


「ま、待ってください! いきなりは……! 」



 ウルラの動揺などお構いなし。彼女の背後からその体を包み込むように手を回し、箒の柄を掴んだミルヴァスは箒を更に浮上させる。

 


「止まっている箒に乗ったところで鍛えられる部分は限られているからな。何事も実地での経験が一番だ。」

 

「いや、心の準備が……! 」


 

 紫金の瞳がルキオラをとらえる。



「では、頼んだぞ。」



 次の瞬間。突風が起こり、2人が乗った箒はあっという間に空の点となった。

 

 ウルラの甲高い悲鳴が、静かなグラウンドに落ちてくる。



(行っちゃった……。)



 二人の間に気まずい沈黙が流れる。



「……箒、やるぞ。」


「う、うん……。」



 ルキオラは言葉少なく指示を出し、アルデアは素直に従った。

 


(まだ……怒ってるよね……。)


「やり方はさっき教官が言ってた通り。箒に跨ったら詠唱して……魔力が箒に流れるイメージするとちょっとずつ浮かぶから……。」


「分かった……。」



 ルキオラがするのと同じように箒に跨ったアルデアは、昨日のことをぼんやりと思い出していた。

 


(私、いきなりルキオラが犯人だって決めつけちゃってた……。ちゃんと話も聞かずに……。)


「……スピンドラ。」



 カッと胸が熱くなる。目を閉じ、胸を満たす熱が手から箒に流れていく様子をイメージする。

 


(でも……ドライバーまで持ってたし……。でも、あれ? )



 ふわりと、浮遊感。

 


(ドライバーって、物を壊すための道具だっけ? )



 目を開けたアルデアは、手の甲に浮かび上がった魔法紋から出た緑色の糸が箒に巻き付いているのを見た。そして、自身の足が地面から離れていることに気付く。



「わ……っと。う、浮いてる。」



 慌てて体勢を立て直し、箒の柄をギュッと掴む。箒はアルデアを乗せたままどんどん上昇し続ける。



「おい! どこ行くんだ! 」



 ルキオラが焦ったように声を上げた。



「え、な、何これ。止まらない! ルキオラ、どうすればいいの!? 」



 スピンドラ、スピンドラ、と唱え、何とか箒を思い通りに動かそうと試みるアルデアだが、箒は尚も上昇を続ける。そのうち焦りと緊張によって体がこわばり、バランスが崩れ始め――

 


「ああ! グラグラする! こ、怖い! 」



 アルデアの体は箒に跨ったままぐるりと逆さまに回転した。



「キャアッ! た、助けて! 」


「あーもう、何やってんだよ……。」



 箒に跨ったままぼそりと何か唱えたルキオラは、浮上し続けるアルデアを追いかけるように宙を滑る。


 

「下まで引っ張ってやるから。つかまってろよ。」



 そう言ってアルデアの箒を掴んだ彼の顔色が、変わる。



「あれ……止まんね。」



 箒の浮上は止まることなく、それどころか、さっきよりも更にスピードを増してきていた。


 

「お、おい! 魔力止めろ! 」


「どうすればいいの!? 」



 ルキオラは箒を抑え込もうとしながら何か言っているが、パニックに陥ったアルデアの耳には届かない。



「分かんない! 分かんないよ! 助けて! 助けてー! 」



 逆さまになった体に冷たい汗がにじみ、心臓が早鐘を打つ。箒を握りしめた手から、力が抜けていく。

 


「あ……もうダメ……。」



 ひゅっと息を吸った。その瞬間、彼女の体は宙に放り出された。



「アルデア! 」



 ルキオラがアルデアの手を掴む。しかし、一気に重みが加わった反動に耐えきれず、彼の体も箒から離れてしまう。



「うわあ! 」



 彼の悲鳴が、遠く聞こえる――。

 


(このまま……落ちる? )



 汗ばんだ手の感触。

 


(落ちたら、死んじゃう? )



 落ちていく自分たちの横を飛んでいく、鳥。

 


(ルキオラも……巻き込んで……? )



 耳を支配する、自分の鼓動。

 


(仲直り出来てないのに……。)



 近づいてくる地面。


 

(ちゃんと、お話しなきゃいけないのに……。)



 目から離れた涙が、空へ落ちていく。

 


(嫌だ……そんなの嫌だ……。)


 

「ルキ……」


 

 瞬間、何かが凍りつく音がして、2人の体は空中で受け止められた。

 

 目を開けたアルデアが見たのは、紫金の石でできた、籠のようなものだった。


 

「怪我はないか? 」



 聞きなれた声の方を振り返る。


 そこでは黒い手袋を口にくわえたミルヴァスが、2人に向かって右手をかざしていた。まくれ上がった袖から見えた手首には、引き攣れたような傷痕――


 

「た、す、かった……? 」



 それをぼんやりと見たアルデアは、跳ねる心臓を鎮めようと震える息を吐く。


 アルデアの隣で、真っ青になったルキオラがゼェゼェと激しい呼吸を繰り返す。



「し、ひっ……し、死ぬ……。」


「大丈夫だ。死なない。このまま下りるぞ。」

 


 どうやら気絶しているらしい。ぐったりとしたウルラを左手で抱き抱えたミルヴァスは、いつの間にか脇に2人分の箒を回収していた。



(教官……器用だな……。)



 思い浮かんだのは、九死に一生とは思えない、場違いな感想であった。

 

 

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