第24話 絆の傷②


終業の鐘がなる。ミルヴァスはテキストを閉じると、3人に向かって言った。



「明日は魔法の実地だ。箒での飛行訓練をするので、各自箒を持ってくるように。」



 ウルラとルキオラが返事をする中、アルデアはぼうっと壊れた道具入れを見つめていた。教室に来て最初に道具入れを見つけた時の動揺は大分落ち着いていたが、それでもショックな気持ちが消えるわけではない。

 

 ただでさえ読めない板書は完全に謎の記号と化し、ミルヴァスの話は右耳から左耳に抜けていくだけであった。

 

 

「アルデア、聞いているのか? 」



 そんな彼女の様子をミルヴァスは見逃さない。

 


「え、は、はい。何ですか? 」



 正面からまっすぐ問われたアルデアは、しどろもどろになりながら返事をする。

 


「箒の話だ。」


「箒? 掃除ですか……? 」


「……あまりぼんやりしていては困るぞ。」



 無表情で言ったミルヴァスは、先ほど言ったのと同じことを繰り返す。

 


「君はまだ自分の箒を持っていないだろうから、しばらくは機関の物を貸し出す。おいおいで構わないので、自分で作ったものを使うように。」


(自分で作る……か。)



 ミルヴァスはテキストを抱えると、「今、少しいいか?」ルキオラに声をかける。相変わらず不貞腐れたように頷いたルキオラは、彼の後に続いて教室を出て行った。

 


「あの……大丈夫? 」



 2人の背中をぼんやりと見送ったアルデアに、ウルラがおずおずと声をかけてくる。

 


「ああ、うん。なんか……ボーッとしちゃって……。」



 ウルラの机の上でステラがワタワタと手振りをしている。



(ステラ、なんだか今日はやけに慌ててるなぁ……。)

 


「……箒、アルデアはどうするの? 」



 ステラを制したウルラが問うてくる。

 


「どうしよう。ウルラはどんな箒持ってるの? 」


「わたしはススキの箒よ。機関に来て最初に教官から教わりながら作ったの。」


「どんなのか見せてもらってもいい? 」



 頷いたウルラは、タルシアに手を突っ込み、ずるずると細い竹の棒を引っ張り出す。彼女の身長と同じくらいあろうかという棒の先には、ススキの穂がカラフルな紐でくくりつけられていた。



(タルシアって……箒も入っちゃうんだ……。)

  


「これがわたしの箒。」


「すごくかわいいね! 見せて! 」



 手作り品を愛してやまないアルデアは、さっきまでの落ち込みも忘れてウルラの箒をじっくりと観察する。


 竹の柄にくくられたススキの穂は、2つの丸いかたまりが連なるように整えてあって、まるで後ろから見たミミズクのような形をしていた。掃除で使うものと違って、何かを掃き集めることを目的にしているわけではないというのが一目見て分かる。


 彼女はいつものように隣の席を振り返り――

 


「ルキオラはどんな……。」



 そこまで言ってハッとした。



(ああ、いないんだった……。)



 いつもなら茶色いツンツン頭が頬杖をついている席は、もぬけの殻だ。


 空をさまよった視線が机の上の道具入れに行き、高揚しかけた気持ちが急激にしぼんでいく。


 

「ふん……。知らない。」



 小さく言って、ハンカチに包んだ道具入れをタルシアにしまう。その手元を、ステラがじっと見つめていた。



「……アルデアは、どんな箒がいいとかあるの? 」


「考えたことなかったなぁ……。」



 箒、箒、と考えて、思い浮かんだのはスピカの顔だ。



「ノーシアにいた時は、毎年おばあちゃんとコキアで箒を作ってたよ。お母さんが編んだレースをカバーにして。」


「レース……素敵ね。」


「秋は服と一緒にそれもお店に出してたんだ。それがなかなか売れ行きよくてね……。」



 スピカと庭のベンチに腰掛け、ああでもないこうでもないと言い合いながら箒を作った日のことが思い出される。


 風で舞い上がった葉や種がスピカの鼻に入り込んで、大きなくしゃみをしていたっけ……自然と口の端が上がる。



「箒、また作ってみようかな。」


「材料はどうするの? 」


「中庭にコキアが植えてあったよね? あれ、使わせてもらえたりしないかなぁ。」


「……どうなのかしら。中庭の整備は庭師さんがやってるから、聞いてみた方がいいと思う……。」

 

「庭師さんね。行ってくる! 」



 意気揚々と立ち上がったアルデアは、机の横にかけたタルシアをひっつかんでまっすぐ出入り口に向かう。

 


「庭師さんの居場所知ってるの? 」


 

 風のように教室を飛び出したアルデアの耳に、もうウルラの言葉は届かなかった。



 ――――


 

「庭師さん、庭師さん……多分庭にいるんだよね? 」



 アルデアは早足で廊下を歩く。


 医療部から退院した日、アズキはどこをどう歩いていただろうか……。正直、記憶は既に曖昧だ。


 微かな記憶と勘を頼りに歩みを進め、たどり着いたのは、大きな扉の前だった。

 


「あれ、中庭、こっちじゃなかったっけ? 」



 扉を開けた先は、倉庫のような部屋だ。壁一面に備え付けられた棚に、畳まれたシーツやケット、枕などがきっちりと収まっている。



(こんな部屋、来たことないよね……。)



 恐る恐る扉を閉める。用があるとはいえ、一人でここにいるところを見られでもしたら、またアズキに叱られるかもしれない。


 忍び足で踵を返そうとしたその時――

 


「何してんの? 」



 響いたのは、ハスキーな声だ。

 


「わ! あ、えっと……庭師さん……! 」



 驚いて後ろを見ると、そこには白いナース服の女が立っていた。

 


「ガハハ! あたしは庭師じゃないわよ! 」



 豪快に笑った女は、一部だけ色の抜けた前髪を手で払う。

 


「アンタもしかして迷子? 庭師に用なら案内するよ。」


「いいんですか? 」


「着いといで。」



 女は入り組んだ廊下を慣れた様子で歩き出した。

 


「あの……この間会った看護師さんですよね? お名前、何ていうんですか? 」



 アルデアが思い出したのは、ステラを追いかけて医療部の中に入り込んだ日のことだ。アルデアに話しかけてきたこの人に、アズキが珍しく冗談を言っていた記憶がある。

 


「あたしはサビア。サビア・ブルメ。医療部の副師長よ。」


「副師長ってことは、アズキさんの次に偉い人ってことですか? 」


「そう! 偉いの! やってんのは雑用ばっかだけどね。ガハハ。」



 メガネをくいっと上げたサビアは、腰に手を当ててまた笑ってみせる。

 


「サビアさんも、その、ウィザードさんなんですか? 」


「やっだ、そんな風に見える? 違うわよ! あたしは一般人! 」



 顔の前で大きな手がひらひらと揺れる。

 


「そうなんですか! ウィザードさんじゃなくても、偉い人になれるんですね。」


「もう15……16?年前だね。どえらいケガしてたとこを助けてもらったの! その恩返しがしたくて、頑張ったらなれちゃった!」


「16年前……? 」



 アルデアはふっと考え込む。自分が生まれるより7年も前のことだ。



「ほら……あったでしょ? フロマークの……。あれでお袋が死んじゃってさぁ。あたしもヤバかったんだけど、医療部のウィザードが頑張ってくれたのよ。」



(何が、あったんだっけ……?)



 記憶をたどろうとするアルデアだが、波のように襲い来るサビアのお喋りに遮られ、ついぞ思い出すことはできなかった。


 2人が中庭の片隅にある小屋に着いた時、アルデアの頭には彼女の生年月日や家族構成までがしっかりと刻み込まれていた。



(この人……すごいお喋りだなぁ……。アズキさんと正反対だ……。)


「さ、ここが庭師のアジトよ。」


「ア、アジト……? 」


「ちょっと! いるんでしょ! お客さんよ! ルクスに編入した超絶美少女、アルデア・ヘロディアスちゃん! もしもーし! 」



 大声で言ったサビアは、小屋の扉をドンドンと叩く。渡り廊下を歩いていた看護師たちがこちらを見ているのに気が付いたアルデアは、恥ずかしさで顔から火が出る思いであった。


 サビアがそうしてしばらく扉を叩いていると、ギイと扉がきしみ、中から白髪頭の老婆が顔を出した。

  


「なんだい。うるさいねえ……。」


「うるさくしないと出てこないでしょ? 」



 セダムと同じ、黒いワンピースと白いエプロンをつけた老婆は2人を一瞥する。

 


「何か用かい? 」


「ほら、話しな。あたしは仕事があるからもう行かないとなのよ。」



 サビアは、老婆に向かってアルデアの背を押し出す。

 


「あ、ありがとうございました! 」


「じゃ、そういうことで! 」



 白いナース服を翻した彼女の背中は、あっという間に小さくなった。



(ここの看護師さん、みんな歩くのが速いなぁ……。)



 サビアを見送ったアルデアに、老婆はにこりともせずに声をかけてくる。

 


「アンタ、あれかい? この間寄宿舎に来た。」


「はい、アルデア・ヘロディアスです。よろしくお願いします! 」


「ふーん。挨拶ができる子は嫌いじゃないよ。」



 風が地面の落ち葉を巻き上げ、老婆の後ろで束ねた白髪が、さらりと揺れた。

 


「私はコチレド。庭師と寮母の掛け持ちさ。」


「寮母さんですか? セダムさんだけじゃないんですね。」


「住み込みだろうが休みは必要だろ? その時の補欠みたいなもんさ。」



 コチレドは右手に持った鎌の柄で、腰をトントンと叩く。

 


「んで? アンタは何の用があって来たんだい? 」


「あ、そうだった。あの、私、箒を作りたくて! 中庭のコキアを分けてもらえたりしないかなぁって……。」


「ああ、別に構わないよ。ちょうど刈り取ったところだ。」


「ほんとですか!? 」



 表情を輝かせるアルデアを、彼女は目を細めて見る。

 


「作り方、知ってるんだろうねぇ……。手伝わないよ? 」


「大丈夫です! 毎年おばあちゃんと作ってたので。」


「ほう……。」

 


 どこか怪しむような、試すような雰囲気を感じる声音である。

 


「コキアはあそこの隅の方に積んである。好きに持って行きな。種はもうとってあるから、そのまま使えるだろうさ。」


「ありがとうございます! 」



 軽い足取りでコチレドの指す方へ行こうとしたアルデアに、彼女は「その代わり」と続けた。

 


「アンタには仕事を手伝ってもらうよ。」


「えっ! 仕事? 」


「人はタダで手に入るものを大事にしないもんさ。アンタがあれを本気で欲しいってんなら、その熱意を見せて欲しいところだね。」



 まるで絵本に出てくる魔女のような物言いだ。アルデアは背筋を伸ばしてコチレドに向き合う。

 


「分かりました! 何をすればいいですか? 」



 コチレドは、アルデアに花壇に落ちている枯葉を掃除したり、盛りの過ぎたコスモスを引っこ抜いたりする仕事を言い渡した。


 彼女が小屋から持ち出してきたエプロンを制服の上に着けたアルデアは、言われた通りの仕事をせっせとこなす。



「アンタ、土に触ることが嫌じゃないんだね。」


「全然。どっちかっていうと、好きかもしれないです。」



 言いながら、コスモスを抜いた後の土に鍬を下す。もっくりと掘りあがった土の中に、立派なミミズがいるのが見えた。

 

 

「ここの土は栄養がたっぷりあるんですね。ミミズが太ってるのはいい土の印だって、おばあちゃんが言ってました。」


「ほう。もしかして農家の出身かい? 」


「農家じゃないけど、うちで仕立て屋をやってて。少しでも材料の足しになればって畑で綿花や紅花を育ててたんです。」



 懐かしいノーシアでの記憶がよみがえり、思わず笑みがこぼれる。

 


「あと、おばあちゃんが花壇に色んなお花を植えてて、そのお手伝いもよくしてました。」


「最近の子供はそういうことを嫌がるもんだが、感心なことだ。」



 ――――


 

「このくらいでいいだろう。」


 

 庭仕事の手伝いが全て終わった時、既に空は赤く色づいていた。少し肌寒い風に乗って、鈴虫の羽音が聞こえる。


 水場で手を洗ったアルデアはふう、と小さく息を吐き、額の汗を手の甲で拭った。



「ほれ、持って行きな。」



 ぐっと背中を伸ばし、腰をトントンと叩いたコチレドはコキアをひと房アルデアに差し出した。麻ひもで束ねたコキアは、まるで大きな花束のようだ。

 

 ふわりとボリュームのあるそれを両手で受け取ったアルデアは、コチレドにぺこりと頭を下げる。

 


「ありがとうございます! 」


「あと、これはオマケだ。」



 コチレドは、アルデアの背丈ほどある木の棒を差し出した。皮がきれいに取り除かれた白木はすべすべとしていて、不思議と手に馴染むような気がした。


 

「いいんですか……? 」


「ウィザードの箒は強度が第一だ。半端な材料で怪我でもされたらたまんないからね。」



 目を合わせずに言った彼女は、「せいぜい頑張りな」と呟いて小屋へ戻ろうと歩き始める。

 

 木の棒を抱きしめたアルデアは、遠ざかっていく彼女の背中に大きな声で叫んだ。



「ほんとに、ありがとうございます! 」

 

「……どいつもこいつも声が大きいんだよ。」



 ぶっきらぼうな言葉が少しだけ優しく感じて、アルデアは胸があたたかくなるのを感じた。



※本作に登場する人物たちの、もう少し柔らかい表情が見たい方へ。

『るみな・りねあ余話集』にて、ボイスドラマ風会話劇を公開しています。

Lumina Linea~木漏れ日の日常譚~

https://kakuyomu.jp/works/16816927859225434319

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る