先輩の初めての顔

「あっ、里中さん」


 放課後。

 待ち合わせの為に校門へ向かうと、先輩が正面から駆け寄ってきた。

 今は約束した時間の五分前だけれども、それよりも先に来ていたらしい。


「先輩、早いですね」

「さっき来たところよ」


 朝と違い、放課後はホームルームを終えないと教室を出ることはできない。

 先輩のさっき来たという発言も嘘ではないだろう。

 ……さすがに。


「……あら? 里中さん、それ……」


 先輩の顔がずいっと近づいてきた。


「っ、な、なんですか?」


 泣いた跡が残ってしまっている私の左目を、先輩はじっと見つめている。


(やっぱわかっちゃうのかなー、確かに赤みが残っちゃってるけど……でもほんのちょっとだし、気づかないと思ったんだけど……)


 私が校内で泣いたことを知ったら、先輩は何を思うだろうか。


 右目が潰れたせいだと思い、また自責の念に駆られるだろうか。

 贖罪の為に、力にならせてほしいと懇願し始めるだろうか。


 どちらにせよ、面倒なことに変わらない。


「その左目、もしかして……」

「いや、これは……その、かんけいな――」

「どこかにぶつけたの?」

「……そ、そうなんですよ! 落とした消しゴムを拾おうとして屈んだ時に、目測を誤って机にぶつけちゃって」

「そう……痛みは?」

「全然大丈夫です!」

「なら良かった。気をつけてね……本当に、気をつけて……」


 余計な心配をかけてしまったものの、泣いたことは知られなくて済んだようだ。


「保健室には行った?」

「い、いえ、そんな大した怪我じゃないので」

「でも、念の為に行ったおいたほうが……」

「だ、大丈夫ですよ。それより早く帰りましょう!」

「あっ、待って里中さん。まだカバンを持たせてもらってないわ。里中さん!」




「宿題は……あれで良かったかしら」


 帰宅途中。

 先輩が何か言いたげにしていたので問いかけたところ、宿題について訊かれてしまった。


(提出できませんでしたなんて、正直に言わない方がいいよね……)


 先輩は真面目な人だ。

 付き合いの短い私がそう感じてしまうくらいに、誠実な人だ。


 そんな先輩が人の宿題を手伝うなんてズルをして平気なわけがない。

 もしも平気だったなら、すぐにでも宿題の出来について訊いてきたはずだ。


 でも先輩はそうしなかった。

 本当は宿題がどうだったか気になっていたけれど、同時に後ろめたかったから。

 だから、私が訊くまで言い出せなかったのだ。


(なんか、もしもありのままを伝えたりしたら、この人自殺とかしちゃいそうだなぁ……)


 自殺まではいかなくとも、より一層心に影を落としてしまうのは間違いないだろう。


「はい! 先輩のおかげで無事に宿題を提出できました! 本当にありがとうございます!」

「そう……良かった。勝手に解説を付け加えてしまっていたでしょう? 余計なお世話だったらどうしようって不安だったの……」 


 余計なお世話だったことは間違いない。


「余計なお世話だなんて、とんでもないです。あれのおかげで授業の内容もわかりやすくて、とっても助かっちゃいました」

「ほ、ほんとう……?」


 これは嘘ではない。

 今日の授業を受けなかった私でも、あのノートがあればテストで困ることではないだろう。


「私が先輩に嘘なんて吐くはずないですよ。本当にありがとうございました、先輩」

「……良かった」


 それは、先輩が初めて見せた明るい表情だった。


 これで先輩の肩の荷も少しは下りただろうか。

 大げさに喜んでみせた甲斐もあるというものだ。


「それじゃあ、里中さん。今日は私は何を手伝えばいいかしら?」


 しかし、私が先輩から解放される日はまだまだ遠いようだ。

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